冷酷無情通知
花吹雪が舞うなか、残酷な目の前の現実が椿を襲う。
雪春が大切に抱えているのは椿の母、篝の遺骨。
それを白夜団から許可なく奪ったのだ――明らかな反逆行為。
「申し訳ありませんが、舞意杖を返してもらいます」
雪春はいつもの表情、何も変わらない。
「雪春さん……どうして……」
「すみません、どうしても叶えたい事がありまして。手土産に必要なものですから」
苦笑しても、いつもの笑顔だ。
今まで何度も見た、支えてもらった時の笑顔。
動けない、身体がこわばる。
術なのかも精神的ショックからなのか、わからない。
「当主の身でありながら、謀反者ですかっ!」
琴音が叫ぶ。
「まぁそういう事ですね、申し訳ありません。あと携帯電話の使用は控えてください」
まるで柔らかな会議中の注意のようだ。
すぐに本部へ連絡しようとした琴音の腕が、降りる。
「なに……これ」
花吹雪は止まない。
琴音の額を冷たい汗が落ちる。
それを横目に見て椿は震える声を落ち着かせるように、息を吐いた。
「舞意杖は、私に同化してるって……知っていますよね」
「えぇ、もちろんです。確かに舞意杖は貴女と同化している」
美子を槍鏡翠湖から解放した『同化剥がし』は無闇にできるものではない――。
「私を連れて行く気ですか? ……紅夜会に」
雪春が行く先など、わかる。
まさか篝の遺骨と失踪するわけではない、舞意杖を欲している。
紅夜会へ行く気なのだ。
「……いえ。色々と考えまして、この方法が良いかと思い此の舞台を用意したわけです」
「舞台……」
此処にいる……三人。椿と琴音がお互いを見て雪春を見た。
「……まさか、あなたがUnknownなの……?」
雪春は何も言わないが、その無言で琴音は悟る。
椿も、琴音に連絡をしていた裏切り者という事だと察する。
この場に現れたのは、椿が呼んだからではない――。
全て予定通りだったのだ。
今までの数々の言葉が崩れていく……。
椿の肌が寒気で泡立つ。
「私を利用して、何をする気でいたのぉ!? この裏切り者ぉ!
涼しい顔をして!! 恥を知りなさい!」
「罵詈雑言を受ける覚悟はありますよ。騙したことは申し訳なく思っています。
無論意味もなく椿さんを傷つけてほしいわけではないのです」
「じゃあなに!? この罰姫の魅了の呪いを消させようって?」
琴音がこだわっている魅了の呪い。
それを消すことを条件に、琴音を誘ったのだろうか。
本当に自分にそんな呪いが……椿は心がざわめく。
「いいえ、加正寺琴音さん。あなたの力は呪いを消すことではありません」
まさかの答えに、琴音は目を見開く。
「人を馬鹿にしているの!?」
「馬鹿にはしていませんよ。ただあなたの王子様を守りたい清い恋心を利用させてもらいました。すみません」
「貴様ぁ……っ!」
「でも貴女には素晴らしい特殊能力があるのですよ」
先程から、椿も琴音も雪春が微笑むたびに
心がざわめく、ずっとその微笑みを見てきたからわかる、今の不気味さ。
「あなたは奪う力。吸収しようとする力があるようです。
ドレイン……でしょうかね。
貴女が玲央君と一緒に闘って強くなっていた気がしたのはそういう事です」
「なんですって……?」
「麗音愛の呪怨を吸収……?」
何度も何度も何度も、琴音が主張していた力。
麗音愛と共闘すれば力が増すと言っていた原因だ。
「それに加えて黄蝶露は呪怨タイプの刀ですからね。
玲央君が晒首千ノ刀から受けている呪怨を吸い取り、更に凶暴化していたのです」
「何もない、勘違いだって言ってたのは嘘だったのねぇ!?」
「そうですね。玲央君の元々の……呪い……まで影響を及ぼすのはすごい力です」
呪いというのを躊躇したような言い方だった。
琴音は怒りで顔を歪める。
「私を騙し、白夜団を騙し、皆を騙し、腐り果ててるわぁ! このド腐れ外道め!!」
「一つ、御礼にアドバイスです。椿さんに魅了の力があるのなら
貴女が傍にいればドレインできると思いますよ? 玲央君の場合のように……
是非、玲央君を目の前に今後実験してください」
激昂する琴音の話を聞いているようで、聞いていない。
琴音の怒りなど騙した事など実際はどうでもよい、という事が見てとれる。
「貴女は素晴らしい人ですよ。加正寺本家の骨研丸……まさか
貴女があそこまでして手に入れてくださるとは……感謝しかありません」
「絡繰門んん!!」
怒りのままに琴音は雪春に斬撃を繰り出そうとする。
「そこで止まってください」
「ぐ……なんなの、一体これは……」
その言葉通り、琴音は動けないようだ。
「これは……絡繰門家の秘術です。
絡繰門一族でも、使える者はほんのわずか。
そして知る者もほとんどいない。私が使えたのも運命でしょう」
「この花吹雪が……?」
花吹雪は止む事はない、無限に舞い散る――桜。
「えぇ、欠点がかなりありますし、操った記憶が残ってしまうので使えるタイミングはほとんどありませんね。
……なので最後の切り札です……」
最後……。
悲しく椿の顔が歪む。
「雪春さん……一体何をするつもりですか?」
「琴音さん、強制同化剥がしをします。
そのドレインと黄蝶露、更に骨研丸で椿さんから舞意杖を引き剥がしてください」
「……なにを言っているの……」
「強制……同化剥がし……」
『強制同化剥がし』その言葉のおぞましさに椿と琴音は息を飲む。
「椿さん、舞意杖を剥がしても貴女が死ぬことはないでしょう
私も桃純家当主を最後までこの術で縛り付けることはできそうにありません。
でもその代わり、貴女が逃げればこの娘は殺します」
絡繰門家に伝わる秘術はまだ花びらを散らす、冷酷な花びらを――。