祟り蟲
直美の団長室。
数日前に雪春と話したように、対面ソファで直美の前には雄剣が座っていた。
二人の前に置かれたインスタントコーヒーからは湯気が上がっている。
「そう、雪春さんに話したんだね」
「……話すつもりではなかったんだけど……」
「きっと間違ってないよ。君が話をして、彼が信用たる人間だと思ったんだろう」
「えぇ……彼の話を聞いていたたら……そうだと思うのだけど」
直美は、雪春に了承を得て夫の雄剣にも事の顛末を話した。
雪春は逆に麗音愛と椿には自分が知っている事は隠しておくと伝えた。
二人も事情を知っている人物が増えれば、余計な不安があるだろうとの配慮だ。
「残酷な話だ」
「先代の七当主時代はひどすぎるわ」
「それなんだが……実はね。
絡繰門鍾山氏の首に気になることがあると、司法解剖の後に研究所に委ねられた件は知ってるね」
紅夜会によって首を切られ惨殺された、雪春の父。
雄剣から研究所に移された報告だけは聞いていた。
「えぇ……どうだったの?」
「やはり脳に寄生されていたようだ。紅夜の祟り蟲にね」
「まさかとは思っていたけど……!」
祟り蟲は紅夜の呪いだ。
脳内に巣食い、攻撃的になったり常識的な判断が衰え性欲が異常に増加したり暴力行為を好んだりする。
一般人では精神障害が起き死に至るが、腐っても七当主の血筋が祟り蟲の成長を緩めてしまい今回死ぬまで発見できなかった。
「疑う声に従っていれば当時でも何かしら対応できただろうに……あれの死滅には数ヶ月治療が必要だから。
経営なんかの忙しさを優先した結果だろう」
直美の顔が青ざめる。
「七当主が紅夜の蟲によって狂わされていただなんて……無駄に権力をもってしまったために傷つけられた子供達があまりに多いわ」
「じーさん達は当時から指摘はしてたらしいが……敵対などして馬鹿当主ども……まだ寄生されている元当主がいるかもしれないね」
「皆に不安を与えないように、可能性のある人達だけ内密に検査を……雪春さんにはこの事は?」
「彼にとって最低の人間でも、父親だ。伝えたよ
身近にいたわけだから、彼も検査を受けると言っていた。
入院している彼のお母さんもね……もしかすると体調不良は蟲のせいかもしれない」
雪春の母はずっと入院していると言っていた。
「ねぇ、あなた秋穂名家の人達も……?」
「可能性は高い。もちろんあれは増幅装置だ、彼らの心に元々深い闇はあったんだろうが……」
直美は、天海紗妃の事を思い出す。
本名は狭間滝江。
紅夜会に流れ、椿に激しい憎悪を燃やす少女。
その憎悪は、白夜団の大人に向けられなければいけないものだ。
直美は紗妃の事を思う度に胸が痛む。
二人の間に重苦しい空気が流れた。
「とりあえず、一層皆で協力していこう。紅夜会を滅ぼすために」
「えぇ、そうね。
玲央達は大丈夫かしら……さっきトラブルで二人で温泉宿に泊まるって聞いたから電話しておいたんだけど」
「えっ……一体なにを」
「布団を離して、仕切りを旅館に頼んで……」
「玲央だって、もう高校生なんだし」
雄剣は男同士ということもあり、息子に少し同情してしまう。
「まだ高校生です!」
「玲央が椿ちゃんを傷つけることはしないよ」
「……それは、そうね」
「帰ってきたら、みんなで花見でもしよう」
「そうね、でも……」
ふと、窓の外を見ると桜の花は防犯用の意味でもライトアップされている。
花は美しく咲き誇り揺れていた。
何か違和感を覚えたが何かわからなかった。
「きっと喜ぶわ……二人とも」
直美は頷き麗音愛と椿の事を想う。
◇◇◇
温泉宿に泊まった次の日の朝、字気が二人を迎えに来た。
「「おはようございます。字気さんお疲れ様です」」
「おはようございます~~あーん椿さん温泉卵肌になってる~」
「えっそうですか」
「ほっぺたつやつや~」
「きゃ~」
じゃれ合う二人を見つめる麗音愛。
朝、起きると椿はもう腕の中でもぞもぞと起きていた。
麗音愛が起きた事に気付くと照れて飛び起き、そのまま朝風呂に行き
朝ご飯をレストランで食べてバタバタと支度をして今に至る。
キスすらできなかったわけだが、椿を抱き締めて眠った事で麗音愛も久々にぐっすり眠れた。
女の子を抱き締めて安眠してしまうとは、自分もなんだか情けない。
「さぁ帰りましょう」
「「はい!」」
両手にいっぱいのお土産。
字気にはもちろん、家族や友達、白夜団の皆へ。
ニコニコして微笑み合う二人を見ると字気も、この二人の肩に平和が乗っているのが信じられないと思ってしまう。
「父さんが帰ったら、みんなでお花見しようって」
「嬉しい……!」
車中で二人が笑顔で話すなか、異変が少しずつ起きていた。
公園で、血溜まりが発見されて近所のランニングが日課の男性が行方不明になった。