だって、それはニヤけてしまう
加正寺家のワゴンバス。
琴音と海里が揺られているが、琴音の機嫌が悪い。
「琴音ちゃん、どうしたの?
そんなにイライラして」
「だって……妖魔の駆除にかこつけて
旅行みたいな事して、職権乱用っていうか……
清純そうに見えてやる事が汚いんですよね」
「清純そうに見えて? 誰?」
「駆除旅行に行ってる人~いるじゃないですか」
「あー、椿さんと玲央君?
あれは団の意向だし、あの二人が回るだけで
何十人規模の何十回という派遣分の仕事できちゃうんだから
すごい節約なんだって話だけど」
「私だっていいじゃないですかー?
堂々と先輩連れ回して……って話ですよ」
有名店の高級チョコのミルク味をひとかじりしたが気に入らないようでゴミ箱に捨てる琴音。
次にビターを口に入れる。
「恋敵同士で色々あるんだ……?」
「恋敵なんて思ってませんよ。
海里さんにだけ教えますけどね、玲央先輩はあの人の呪いにかけられてるだけなんですよ」
「えぇ? 椿さんの呪い? まさか」
「紅夜の娘なんですから。皆さん危機感なさすぎなんですよ」
「魅了の呪いかぁ
じゃあ僕も、かかってるのかな……」
「冗談でもそういう事言わないでください」
「あはは。ごめんごめん」
琴音の気迫に押されて、海里は慌てて謝る。
しばらくお互い無言でコーヒーを飲んでいると琴音の携帯電話が鳴った。
『Unknown:そろそろ計画を立てようか』
◇◇◇
「大丈夫ですか!?」
「一体なんだったんだ、あの化け物は」
山中の任務時、侵入禁止にも関わらず入山した山菜採りの老人が
妖魔に襲われて怪我をした。
椿がすぐに、紫の炎で治療して怪我は完治したが
目撃者には色々と説明や他言無用の契約書を書かせる事が必要になる。
特に今回は老人とはいえ、携帯電話で山の風景を撮影していたため映像確認も必須だ。
字気が病院まで付添い、今後の説明をすることになった。
救急車と警察も現場に来る。
「あ~あ、今日で旅行も最後だから
ちょっといい旅館予約したのに~~」
と、字気が嘆く。
「字気さん、間に合わないんですか?」
「うん、もうすぐ夕飯ですしね
私は病院近くのビジホに泊まります。
咲楽紫千君、宿には伝えておきますからチェックインとチェックアウトお願いします」
「わかりました」
人手も足りず、かと言ってタクシーもいない山中。
麗音愛は椿とスーツケースを抱えて飛ぶことを字気に告げる。
「気をつけてください咲楽紫千君……それと……」
ちょいちょいと字気に呼ばれ、耳を寄せる。
「三人部屋の和室なんで、まぁカップル二人で楽しむのは結構ですが
椿さんを傷つけないようにしてくださいね」
「えっ」
「良い思い出にしてください」
「……字気さん……ありがとうございます! ありがとうございます!」
大事な御礼なので二回言った。
字気は親指を立て微笑み、去っていく。
「麗音愛どうしたの?」
「いや……」
「呪怨で飛ぶの疲れない?」
「全然大丈夫、あの今日さ」
今までは安いビジネスホテルに椿と字気、麗音愛に別れて泊まる数日間だった。
今日は宿ということで三人一緒に予約したんだろう。
「久々に一緒に眠れるって」
「あっ……」
当然にわかる事だったのに、予想外の事故で気持ちが落ち着かず
椿は気付いてなかったようだ。
「美味しい部屋でのご飯があるって
字気さんの分も食べていいって言ってたよ」
去っていく救急車を見ながら、そう告げると
意外にも椿はむくれたような顔をしている。
「……あれ、嬉しくなかった……?」
「う、嬉しいよ」
「温泉宿だって、今回の御褒美」
「う、うん……」
「初めてだよね、温泉宿
いつか一緒に行きたいと思ってたけど」
「うん……」
「椿……? 気乗りしない?」
「だ、だって……久しぶりの二人っきりで
温泉宿なんて……緊張しちゃう」
むくれていたのは恥ずかしさを隠すためだった。
夕日に照らされて、染めた頬に気づかなかった。
「可愛い」
「も、もう~~」
誰よりも愛しく思う、可愛い女の子。
誰だって魅了されてしまうと、麗音愛は思う。
いつか琴音に言われた、椿の魅了の呪い。
そんなものは信じていないが、それにかかった自分は幸せだとすら感じる。
そして、こうやって椿を照れされる相手が自分だという幸福。
「ほら」
「わわっ!」
夕日の山奥で、椿を抱き上げる。
「美味しいご飯食べて、温泉入って、一緒に寝よう!」
「なんか麗音愛……」
「ん?」
「笑顔がやらしい」
最近の椿は、勘がいい。