麗音愛・椿の駆除旅行、そして雪春の直美訪問
春休み、麗音愛は椿の故郷にやってきた。
もちろん高校生の二人きり旅行とはいかず、かといって人手不足の今
剣一などの有能な戦闘員を集める事はできない。
なので椿の秘書の字気が付き添いで三人での任務旅行だ。
字気には二人の交際は知られているが、それ以上の真実はもちろん知らない。
「もうすぐですよ、椿さんのお屋敷」
「ありがとうございます」
今回は新幹線からのレンタカーで字気が運転をしてくれた。
字気は桃純家の椿の秘書になれた事を年上ながらに喜んでいて一生懸命サポートをしている新卒の女性だ。
少し太り気味なのを気にして、秘書には必要のない体力トレーニングも一緒にするようになった。
そんな字気には椿も心を許して仲良くやっているのを麗音愛も嬉しく見守っている。
「それじゃあ少し待っててください」
字気を車に残して、二人は残っていた桃純家の門をくぐる。
焼け落ちた屋敷の跡地は、ものすごく広く感じる。
何も、ない。
綺麗に整地されて、その空いた空間に胸が締め付けられる。
「……母様……」
春風に、髪をなびかせる椿を後ろから眺めていた。
あの地下室で篝は、麗音愛の写真と
そして、直美がたまに送る幼い麗音愛が描いた絵や折り紙を大事に飾っていた。
今、屋敷が残ってれば麗音愛も、もっと篝の事を知れたかもしれない。
あるはずの無い親子三人での暮らしを少しだけ麗音愛は想像した。
「麗音愛、行こっか」
でも振り返った椿の顔を見れば、それは幻。
妹ではない、大切な愛しい女の子。
冷たい風から守るように、手を差し出すと椿は微笑んで握り返してくれる。
「ここは、どうするの? 結界の祠は建てるって聞いたけど
こんな広い土地……そのままで」
「……まだ、わからない」
「前に家を建てて住むって……言ってたからさ」
いつかは故郷に戻りたいのかと、聞きたかった。
「麗音愛……一緒に住んでくれる……?」
「えっ!? そ、それは、もちろん」
「なんてね! 麗音愛は大学行くんだし」
「椿もだよ」
「……うん……」
「それからでも遅くないよ」
「……そうだね」
「二人で一緒に決めていこう」
「うん……!」
まだまだ遠い二人の未来。
でも真っ暗な、ありえない未来にはしたくない。
「こっちはまだ桜も咲きそうにないね」
まだ桜の蕾は固く閉じている。
「北に上っていくから……桜いつ見れるかな」
「椿もお花見したいよね」
「したいなぁ、ソメイヨシノあんまり見た事ないんだもの」
「絶対しよう」
二人が此処に来たのも、麗音愛達が住む中心部は加護結界強化の成果が出ているが地方では妖魔の数がやはり多い。
今回の旅も二人で出来るだけ駆除するのが目的だ。
「また……気配がするな」
山からの風に、妖魔の気配がする。
腐った穢れの臭いを、呪怨が嗅いで騒ぎ出す。
「麗音愛」
「俺が行ってくる、椿は字気さんと一緒にいて」
「でも」
「字気さんも一人にしたら危険だよ、あいつらは俺達の大事な人を狙ってくる」
「……うん、わかった」
「すぐ戻るよ」
「うん」
軽くキスをすると不意打ちに頬を染めた椿に微笑んで、麗音愛は飛び立つ。
少し飛んで山中に入り妖魔を見つけた麗音愛は
一転して、瞳を殺気で燃やしそのまま晒首千ノ刀を抜いて突っ込んでいった。
◇◇◇
白夜団本部。
直美はまた大量に積まれた書類に目を通しながら、ため息をつく。
雪春を調べるなどと言って、そんな時間もない。
実際、大晦日の処理もまだ終わってはいないのだ。
しかし、息子達のように闘えない直美は団長としての仕事を果たすのが使命だ。
「篝……」
はぁ……と目を閉じて、親友の顔を思い浮かべる。
篝がいなければ、確実にあの山奥で中年になった今も一人暮らしていただろう。
そのもしもの未来を考えると恐怖で目眩がする。
そして改めて篝の偉大さに感謝するのだ。
「……私、ちゃんとやれてる? 篝……
全然よね……会いたいわ……篝……」
夫への愛情とはもちろん別に
命の恩人の、この世で一番美しく強かった親友はやはり直美にとっては特別だ。
篝が死んだ時も、詳しい説明もなく逝ってしまった。
七当主の誰かしらがいた葬式で、大声で泣く事も縋る事もできない。
平常心をどうにか保ちながら、白夜団団長として挨拶だけをして後にした。
帰宅しても、家に帰れば息子達が待っている。
雄剣に許しを得て、車で少し走り山の中で一人泣き喚いた。
いつも彼女がいない事を実感するたびに涙が溢れる。
そういえば、雪春も葬式に来たと言っていたが
白夜団としては見かけない青年がいた。
あれがもしかして、雪春の兄だったのだろうか。
真っ青な顔をして立ち尽くしていた――あの青年は誰だったのか……。
「団長」
ノックされ、ビクッとする直美。
この声は絡繰門雪春。
「はい」
「すみません、団長。お忙しい時に」
「絡繰門さん、こちらこそ沢山不在中にご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。代理して頂いた間の処理で今かなり助かってます」
「いえ、当然の事です」
「おかけになってください。コーヒー淹れますね。インスタントで申し訳ないですけど……」
団長室に用意されているのはポットとインスタントコーヒーだ。
「いただきます。前から思ってたのですが当主会議室には最新のコーヒーメーカーがあるのに、団長はインスタントでよろしいんですか」
「あなた達には美味しいもの飲ませてあげたいのよ。私は少しでも節約ね」
今の若当主達は、直美にとっては剣一と麗音愛と変わらない子供達のような存在だ。
彼らが少しでも働く事を苦にしないように希望は聞いてきたのだった。
二人分のコーヒーが用意され二人は向かい合いソファに座る。
「今日はどういう……?」
「すみません、白夜団のことではないのです」
「はい……では……?」
「僕の事をお話しようかと思いまして」
「絡繰門さんの」
直美は少し動揺するが、そこは団長として今までの経験もあり
気付かれないように平常心を装い微笑む。
「僕が何故、篝さんの死について色々と知りたいのか
僕の事情を聞いてほしいと思うのです」
真っ直ぐに直美を見つめる雪春の瞳。
そうだ彼はずっと白夜団に貢献を続けてくれている真面目な青年だ。
きっと何か重大な事情があるんだろう。
「わかりました、お話お伺いします」
屋敷の周りに植えられた桜の花が風に揺れていた。