父・雄剣の帰宅
大怪我を負った雄剣が退院し、咲楽紫千家に戻ってきた。
左腕には義手が着けられ、リハビリもこなしている。
悲壮感はなく、玄関で出迎えた息子たちに微笑んだ。
「ただいま玲央、椿ちゃん」
「おかえりなさい、父さん」「おかえりなさいませ、おじさま」
「あぁ、心配ばかりかけてすまなかったね。椿ちゃんも本当にありがとう」
「いえ、そんな」
いつものように麗音愛の隣に椿がいると、雄剣も直美も逆に安心してしまう事に気が付いた。
「俺も家ではできるだけサポートするね」
「ありがとう、日常生活はなんとか自分でできるように慣れていきたいものだね。
それに少しずつ仕事も復帰するつもりだよ」
「えっ……もう?」
「あぁ気になる事も少しあってね」
「気になる事? どうしたの?」
麗音愛と一緒に隣にいた椿も心配そうな顔をする。
「いや、何でもないんだ。経理的な話さ」
「白夜団も金がかかるもんな……」
「そんな事は気にするな」
「ほらほら! なに玄関で突っ立ってんの!? 弁当では持っていけなかった刺し身や汁物もあるしさ!
話なら食べながらにしろよ!」
スーツケースを運んできた剣一が笑顔で言って、皆でリビングに行くとマナが鳴いた。
「マナ~しばらく見ないうちに大きくなったなぁ
じいさん、ただいま」
「こんな時くらい、父さんと呼ばんか」
「はは。そうだな。ただいま、父さん」
「心配させおって……」
最近の剣五郎は、涙腺が弱い。
泣く剣五郎を見て椿も直美も涙ぐむ。
「さぁ、みんな席につきましょう。椿ちゃんも座って」
「はい……!」
幸せな家族団欒。
しかし、此処にいる者全員、明日どうなるかわからない闘う運命の人々。
当たり前だと思っていたこの瞬間が奇跡のように思える――。
誰も何も言わないが、皆がそう思った夕飯だった。
夕飯後の談笑の後は麗音愛が椿を送りがてら、梨里達と珈琲を飲んでくると言って出て行った。
もうベッドに横になっていると思った雄剣が、机で右手だけでパソコンに向かっているのを見て直美が声を上げる。
「あなた! まだ身体にさわるわ。今日はもう休んで」
「うん……少し気になる事があってね」
「玲央にも言ってたわね。経理の事で気になるなら私に言ってちょうだい?」
「いや……絡繰門君の事でね」
雄剣から出てきた名前に、直美は驚く。
「絡繰門……雪春さん?」
「あぁ、何か……僕達の事を調査しているような痕跡があって」
「えっ?」
「僕も元調査部だし、気付いたわけなんだが……
なんだろうかな、と思ってね」
雄剣には、雪春が直美について調べている事がわかったのだがそれは伏せる事にした。
蛇願家の末裔としての哀しい過去を、もう思い出させたくないからだ。
「……あの人は、いつも椿ちゃんの事を気にしているのよ」
「面倒見が良いのはわかるんだけど……篝ちゃんの事も調べているようだね」
「どうして、そこまで彼はこだわるのかしら……
先代の篝への執着は度を越して気持ち悪かったけれど……」
雪春の父、鍾山は美しい篝に心を奪われた。
妻子のある身でまだ未成年の篝に何度も言い寄り、篝の母の焔に七当主会議で報告され
接近禁止を言い渡されたという話がある。
「そうだね、あれは酷かったな。それも関係あるかもしれない……。
そして彼には兄がいたんだ」
「えっそうなの? ……知らなかったわ。
私が団長になった時にそんな話聞いた事なかったけど……七当主のなかでは珍しい一人っ子だと思ってた」
「半分隠されていたような子だったから。知っている人は数少ないね」
「過去形……今は? 亡くなったの?」
「そうなんだ、篝ちゃんが亡くなった後だったかな……」
「そうだったの……彼は篝の死をすごく気にしているようなのよね
お兄さんの死と何か関連しているとか……?」
「玲央達に1つ1つ思い出しながら話している時に、ふっと思い出したんだ。昔、篝ちゃんが少年を助けたという話覚えてないかい?」
「ん~……あの子はいつでもどこでも人助けしてたから」
しかし、そういえば自殺しようとした幼い少年を救ったという話を、
あの喫茶店で聞いたような覚えがある。
「家の名までは言わなかったが、団の関係者と言っていた気がするんだ」
「それが、あなたは雪春さんのお兄さんだと思うのね?」
「なんだか気になってね……ただの勘だけど」
「私も調べてみるわ。篝の死の原因を探ってるんだとしたら玲央の事が知られたら困るもの……」
「彼に知られたら、どうなるだろうか。
いや、白夜団がどうなるか……白夜団の実力ナンバーワンツーが
紅夜の子供だと知れたら……」
「椿ちゃんへの偏見もやっと薄れてきたっていうのに……
何より、紅夜会に知れたら、紅夜が玲央をどうするか……不安よ」
「絡繰門君に打ち明ければ、秘密を守り味方になってくれる可能性もあるだろうけどね」
「慎重に、事を進めていかないといけないわね……
でも、今日はもう休みましょう。疲れているはずよ」
「あぁ……子供達とじいさんとマナと楽しい夕飯だった。
今夜は君と、同じベッドでゆっくり眠れる」
急に雄剣に見つめられ、直美は少女の頃のようにドキリとしてしまう。
「も、もう……あなたったら」
「君ともう死に別れるんだと思って、生き残ったからね。
こんな姿でも、一緒にいる間はもう篝ちゃんにも君にも遠慮しないと決めたんだ」
「……馬鹿ね」
「そうだね、もう後悔しないように生きていきたいと思ったんだ」
「私もよ。もう、あんな風に離れないで……」
「……君を守る事になれば、同じように闘うよ」
「……雄剣さん……」
血の通わない手を重ね合わせたが、それでも直美には温かく感じる。
「おかえりなさい、雄剣さん」
「ただいま直美ちゃん」
篝を間に三人での出逢い、想い合い。
ほんの少し認識がズレていた想いも、また結び直されていく――。