春が来る
雪春は薄暗いなか、自分のデスクで琴音から借りた資料を見ている。
「まさか……絡繰門家がこんな研究を……」
そこには『蛇願直美』の簡単な研究経過が書かれていた。
完全に消去されたデータのはずだったが、加正寺家は記録に残していた。
写真などはないが今の白夜団団長の咲楽紫千直美に間違いないだろう。
「『桃純家介入により、研究継続中止、解体』
……篝さんが、直美さんを助けたのか……?」
しかし直美の物言いは、ただの顔見知り程度のようだった。
もちろん、先代の焔が介入し子供同士は知り合い程度な場合もある……。
だが喫茶店の店主の証言。
篝に特別仲の良い女生徒がいたのは確かだ。
そして名前は『ナオミ』
それが咲楽紫千直美以外にいるだろうか。
数年、調査部に携わり多少の勘は働く。
――団長は何かを隠している。
「篝さん……あなたの周りは……謎ばかりです……」
雪春の手帳。
そこに挟まれた1枚の写真。
そこにはセーラー服の篝と、包帯をした少年が写っていた。
痛々しく感じるが、少年は篝の横で微笑んでいる。
その顔は雪春に、よく似ていた。
死んだ父の絡繰門鐘山が篝に執着していた醜い姿も思い出す。
「これも絡繰門家の呪いですかね……春雪兄様」
雪春が呟いた兄への言葉は、誰も聞くことなく消えていった。
◇◇◇
麗音愛と椿、二人での夜の任務。
麗音愛は椿を守りながら、妖魔を斬り落としていく。
「麗音愛、一人で頑張りすぎだよ!
私、なんにもしてない……!」
「いいんだ、こいつらに指一本触れさせたくない」
椿が電車事故の治療の疲れで三日眠り続けた結果。
麗音愛の過保護は更に増して、些細な作業だとしても椿が任務の時は必ず同行する事にした。
今も左腕で椿を抱き上げ、守りながらの闘いだ。
「麗音愛っ! 昨日も一人で頑張ってたのにっ!」
「昨日も今も大した事はない……ほらもう最後だっ!!」
麗音愛が斬り落とした妖魔を、椿が浄化の青い炎で焼き尽くす。
「浄化してくれてるから助かるよ」
「浄化だけだもん……あんまり無理しないで!」
「その言葉をそっくりそのまま返すよ」
「むぅ」
「この前、俺がどれだけ心配したか……」
晒首千ノ刀は黒い霧状になって、麗音愛の身体と同化していく。
冷たい頬に擦り寄るように、椿も麗音愛を抱き締めた。
「もう百回くらい、聞いたもん……
心配かけて……ごめんなさい」
「俺もごめん、謝ってほしいわけじゃないんだ」
「……うん」
「俺が守れる時は守らせてほしいんだ。さ……終わった。帰ろう」
桜の花の蕾も膨らんできて、夜風にも少し温かさが残っている。
麗音愛は椿を抱き上げたまま、白夜団の車へ向かった。
「あ、西野からメールきてた。返信早くくれって」
「西野君から?」
ワゴン車の後ろで並んで座った麗音愛が携帯電話を見て呟く。
「急になんか、バイトしたいって言い出してさ」
「え? こんな時期から……?」
「本当だよ、受験生なのに。
また猫でも拾ったのか? って聞いたら違うっていうんだけどさ。なんか変なんだよね……」
「変って……?」
「学校でも、ぼーっとしたり、急にニヤニヤしたり」
「ぼーっと……ニヤニヤ……恋人ができたとか?」
自分の事を思い出すように、椿は言う。
「それなら教えてくれても良いのになぁって思うけど……
この前もソワソワしだして早退したし」
「そうなんだ……心配だね」
「んー、近くじっくり話を聞いてみようかな。
兄さんの友達の絡みでバイトはありそうだし」
「どうしたんだろうね
『明けの無い夜に』を聴いたりして……じゃないといいけど」
「少し聴いてた時はあったけど、悪い噂聴いてすぐやめてたよ。
俺はやっぱり、また猫を拾ったんじゃないかな~って思うんだけどね
実は、犬だったり……ウサギとか……」
「西野君、優しいから」
「うん、また、みーちゃん達も誘ってムンバでも行こう」
「うん!」
「俺達も春休み、どっか行けたら行こうね。任務がてら……泊まりでとか」
「と、泊まり……っ?」
「あのコテージ以来、二人でゆっくり……できてないし」
運転手に聞こえないように、麗音愛は抑えた声で話す。
「うん……」
「いや?」
「ううん……行けたら……行きたい。私も」
恥ずかしさからの戸惑いが伝わってきたが、拒絶ではなかったので麗音愛もホッとする。
実際に二人で泊まる事など不可能かもしれないが、妄想くらいはしたいのだ。
「多田さん、元気かな」
二人で逃げた際に泊まったキャンプ場にいた、多田爽子。
泥酔した姿を思い出す。
「あの人はいつでも元気そうだよね。
一応俺達の事、ネットに書いたりしてないようで良かったけど」
あの後にネット上で『夜明けの騎士団』の『祝福の愛天使レモンシャワラン』が麗音愛達の情報を無造作に流したようなことはなかった。
しかし彼女がこのまま静かに黙っているわけはないだろう。
今夜も『夜明けの騎士団』でなにか会議をしているのかもしれない。
その辺りは、雄剣にも相談し、後任に伝えているようだった。
暗い山道でも、木々の芽吹きが見える。
「春が来るね」
「うん」
しかし、どこかで春雷の音が聞こえ椿は麗音愛の腕に寄り添った。
あけましておめでとうございます!!
2022年最初の更新は予定どおりではありましたが前回更新からかなり時間が経ちまして
私が落ち着かない気持ちがありました。
更新できてホッとしております。
本年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m戸森鈴子