表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

313/472

その微笑みは

 

 真夜中の公園。

 摩美は漕ぐわけでもなくブランコに座っている。


 闘真によって負った怪我はまだ痛む。

 紗妃が蘇った方法で怪我を治すことを研究員から勧められたが色々な理由を並べて断った。


 もちろん紅夜会の子供達は、怪我の治りは格段に早い。

 もう少しの辛抱だ。


「……これ……どうしたらいいのよ……」


 桃純家の屋敷にあった文箱。

 椿が開けようとしても開かなかった箱。

 紅夜会でも封印は開かなかった。

 紅夜の力では、中身が粉砕してしまう危険があるということだ。


 そんな箱を任され、自分に一体どうしろと。


 桃純家のある山奥に行って情報収集するべきか、それとも

 椿の住む、この街で情報を探すべきか……。


 色々考えていたが、闘真と紗妃の顔を見るのがうんざりして

 心配するヴィフォから100万円ほど貰ってしばらく帰らない事を告げた。


「紅夜様……」


 今日はセーラー服を着ている。

 自分に命じたという事は、もしかすると麗音愛や椿の身近の高校生をターゲットにして白夜団を脅せとの隠れた命令かもしれないと思い

 結局、摩美はこの……猫と出逢った公園にまたいる。


 あの時、倒してしまった妖魔に詫びるように摩美は池で妖魔を育て始めた。


 妖魔は自分と同じ、大切な存在――そう思う。

 可愛い慈しむ存在、そう思う。そう、思う。


 ブランコに座りながら、妖魔達を思い出す。

 どろりとした身体、ギラギラとした目玉。

 不揃いだがヌラヌラ動く牙……血と臓物の腐った臭い……。


 闘真のように、妖魔を愛しい、愛しい愛しいと想うのだ……。

  


 にゃ~……


「猫!?」


 しかし空耳だったのか、驚いて逃げたのは暗闇にいたカップルだった。


「あっち行け! この……殺すぞ!」


 苛ついて、またブランコに座る。

 逃げたカップルは高校生のようだった。

 学ランに、セーラー服。余計に苛つく。


 出てくる前に改めて、麗音愛と椿の高校の情報と制服、校章を覚えてきた。

 そういえば、あの猫を一緒に見た男子生徒はどこの生徒だったのだろうか……。


 にゃ~……


 また、か細い声が聞こえた気がする。

 人影が見えて、匂いがして、摩美はブランコから立ち上がった。


「や、やっと……また会えたっ……俺」


 それは西野だった。

 少し成長した猫に首輪とリードをして、制服の上にコートを着ている彼は

 驚きとともに、泣き出しそうな顔をして小走りに近寄ってきた。


 しかし、摩美の睨みにグッと止まる。


「……あんた……なんで……」


「……怪我してるの? 大丈夫?」


 眼帯をして三角巾で左腕を支えている摩美を見れば、誰でも不安になり心配するだろう。


「別に……なんでここにいるの?」


「えっ……あっごめん、この子が……散歩に行きたがってそうで……」


 まだまだ離れた二人の距離。

 しかし猫が、摩美に触れたいと言うように鳴いて動く。


「それ、あの猫?」


「えっ……う、うん! もちろんそうだよ! 少しなのにおっきくなったでしょ!

 もう一匹は家にいる! 毎日交代なんだ、散歩は……」


 消え入りそうに、最後は西野も呟くように言った。

 会えた奇跡に、胸が詰まりそうだったからだ。


 摩美がブランコの囲みを越えてしゃがみこみ、猫に手のひらを向ける。


 西野は思わず、猫のリードを離した。

 猫はすぐに、摩美の腕の中に入ると、また摩美は気にせず

 スカートのまま冷たい地面に座り込んだ。

 綺麗な足がまたあらわになって、西野は慌てて駆け寄った。


「こ、これに座りなよ」


 コートの方が汚れたら困るだろうに、抜いで地面に敷こうとする。

 急に近づいた距離。

 あの時の時間が蘇るような、猫の温もり。

 男子生徒の、かっこよくもない、つぶらな瞳の、輝き。


 しかし、その時に摩美は気付く。


 学ランにある校章。

 麗音愛と同じ、水環みなわ学園の生徒だ。

 しかも、麗音愛と同じ同学年の色。


 ニヤリと影で摩美が、微笑んだ。

 

 ◇◇◇


 衝突したものが原因不明で大破した電車事故。

 しかし奇跡的に死亡者はゼロ。

 公表はされていないが、大きな後遺症の残る患者もいなかった。


「みー! まじ、運がよかったね」


「あはは、病院には運ばれたんだけどね

 ばあちゃんとこにも、重体だって連絡いってたから二人共心臓麻痺起こすくらい慌てたって言ってて……すごく謎なんだけど」


「良かったじゃん! 

 あれだけの事故で無事とか奇跡! 放課後みんなでお祝いにムンバ行こー?」


「……うん……お祝いっていうかね……

 それに、椿がお休みで心配だし……」


 みーちゃんの視線の先には、椿の席。

 椿はあの事故の次の日から丸三日休んでいる。

 麗音愛はまるで説明するかのように二日前に登校し『椿は心配いらない』と皆に伝え半日で早退して、また休みだ。


 二人は修学旅行も欠席し、突発で二人で休む事も多い。

 それについては学園の人気者の椿なので、色々と推測もされるが

 実際にはわからない。

 その期間はメールも来ない。既読もつかない。


 休みだとしても、普通なら既読はついて逆にメール三昧だ。

 メールも送れない、どんな状況なんだろうか不安が募る。


 みーちゃんはまた、椿にメールを送る。

 すると、瞬間既読がついた。


「あっ……」


『みーちゃん、心配かけてごめんね』


「……椿……」


 怪我もなかった、と言われても

 激しい痛みに、目眩、吐き気に……このまま死んでしまうのではないかという恐怖を覚えている。


 動かない身体に絶望を感じた。


 ――その時に、感じた温かさ。

 そして聞こえた声。

 うっすらと目を開けたその時に見えた……顔は、確かに椿だった。


 きっと誰にも信じてもらえない、それでも、と思い

『椿、助けてくれてありがとう』と、メールを打った。


 それを受け取った椿。

 心配して付き添っていた麗音愛に必死に笑顔を見せようとしたが

 微笑みから、涙が溢れてしまった。

 


 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ