雪春との裏取引
ささやかな、しかし楽しいパーティーは終わり、麗音愛達団員は週末の任務にそれぞれ出て行った。
雪春の部屋に、琴音が現れる。
「頼まれていた物、持ってきましたよ」
「すみません、本当にありがとうございます」
ダンボールいっぱいに入った文書を抱えて、ゆらりと揺れたので雪春が慌てて支える。
「言われれば取りに行ったのですが」
「二人で運んでたら怪しまれますよ~団員の女性陣に配るキャミってふりして
持ってきたんですから」
確かにダンボールには、琴音監修のキャミソールの名前が書いてある。
「……ありがとうございます。こんな重要なものを……」
「今の加正寺家ではゴミみたいなものですよ。本家に行っても秘書さんに蔵に案内されてどうぞ~ってそのまま持ってきました。
本家はホテル業界にも手を伸ばしてるんで、最近の獣害事件で観光地の評判が落ちることのほうが焦っています」
雪春は苦笑しながらデスクにダンボールを置く。
その書物には『加正寺家・白夜団記録』と書いてある。
「でも、どうしてです?
絡繰門にだって歴史の記録はあるでしょう?」
「そうなんですけどね……
この腐った七当主……腐ってたのは桃純と咲楽紫千を抜いた五当主ですけど。
残したくない歴史はお互いに示し合わせて、記録に残さないでいた事が多かったようです……」
「じゃあ……そちらに書いてない事は、こっちにだって……」
「でも絡繰門家と加正寺家は実はしばらく仲が悪かったのですよ」
「そんな事が……それで?」
「なので、絡繰門家にとって都合の悪い歴史を敢えて残してはいないかと思いましてね」
理屈はわかったが、琴音はまだ眉をひそめ不思議そうな顔をする。
「……どうしてそんな過去を調べてるんですか?」
「色々な面から見て、白夜に潜む悪を炙り出したいんですよ」
「白夜に……? 裏切り者が?」
「昔の話で終わってると良いのですけどね。
椿さんを長年虐待監禁していた秋穂名家を影で操っていた者がいたのではないかと。
紅夜会の目も欺いていたわけですから……あんな小者が対処できるはずはない」
椿の事を思い出したのか、雪春は険しい顔をする。
しかし、琴音は冷めた顔だ。
「椿先輩のために裏切り者を探そうと?」
「椿さんのためだけではなく、今後の白夜団全体のためにもなりますよ。
玲央君のためにもね」
「なるほど……で、私の頼んだものは? 交換条件ですよ」
「正直、申し訳ない気持ちが多々ありますが……」
雪春はスッと茶封筒を差し出す。
「いい取引きだと思いますよ、確認させてもらいますね」
琴音は、微笑みながら封筒の中身を覗く。
「ふふふ! 確かに確認しました。
じゃあ……この書類は見終わったら、言ってくださ~い。その時はワゴンバスまで運んでくださいね」
「もちろんです。ありがとうございます。お借りしていた携帯電話もお返ししますね。
やはり相手の足取りは掴めませんでした。まぁ紅夜会に間違いないでしょう」
最新式の携帯電話を琴音に返す。
しかし琴音の片手には元から携帯電話がある。
今回のために二台目を持ち始めたようだ。
「紅夜会でしょうね……それか裏切り者か……? 椿先輩本人だったりして!」
本人的には可愛い笑みで、雪春には小悪魔の笑顔に見える。
「それは、まさか……」
「あるじゃないですかぁ~悪役令嬢が嘘ついて可哀想な私を演じて~主人公を追放しようとするやつ。
結構そういうところ、ありますよ~椿先輩って。
そうやって悲劇ぶって男の気を……。
あ、雪春さんは椿先輩ラブなのにごめんなさ~い」
「はは……そんなに椿さんが嫌いですか?」
「私が嫌いかどうかより……みんな悪い魔法にかかってるのかも? って思うことはありますよ」
「白夜団はそれなりの術者の集まりです……そんな心配はありませんよ」
「それでも、あの人は妖魔王・紅夜の娘……あーん怒らないでくださいよ。恋敵への嫉妬です☆」
琴音が言わないような冗談を言ったが、雪春はもちろん笑わない。
「怒ってはいません。とりあえず、もしまたDMが着たらすぐに連絡をください」
「はぁ~い。それで、私と玲央先輩の戦闘力向上のデータ出ました?」
「残念ながら……好きな人の隣で戦意が向上しているだけでしょうね」
「ええ!? そんなはずないですよ! 絶対! 力が湧いてます!」
「色んな面から、測定もしましたが……干渉はしていないようでした」
「……うそ。じゃあ玲央先輩との特別配置は?」
「あなた達は大事な戦力です。失うわけにはいきませんからね……
大きな作業のは玲央君と椿さんに当たってもらう事になります」
「え~……」
「呪いをどうにかできる能力も……正直、僕の言葉で惑わせてしまって申し訳ない気持ちです」
「え! それもまさか……」
「今のところは、否定されるべき状況ですね。実証できません」
「そんな……!」
◇◇◇
琴音は自宅に帰ると、心配そうな母に適当に返事をして自室に入る。
骨研丸をぶん投げて、お気に入りの大きなソファにどっさりと身を沈めた。
前まで人気の『もふもふ君』のぬいぐるみを並べていたが、椿が好きな事を知って全部捨てた。
「そんなわけない……絶対なのに……」
そして団服のポケットの携帯電話が鳴った。
DMを知らせる音。
「また……?」
うっとおしい顔をして、それでも携帯電話を見る琴音。
今日も沢山の『いいね』
『キャミソールプレゼント企画☆シンデレラバストに悩む先輩にも喜ばれました』という投稿には
琴音の優しさ気配りに、皆が称賛するコメントを書いている。
しかしそんなものは無視してすぐにDMを開く。
そこに映し出される言葉。
『騙されている――彼を救えるのは、貴女だけ』
キュッと琴音の心臓と瞳孔が動いた。