彼は何を探すのか
老舗の喫茶店に、雪春が一人訪れる。
今もアンティークな雰囲気は残してあるが、かなり改装もされているようで若い客も多い。
「ん~……そんな二十年以上も前の事ですか~……」
ブレンドコーヒーを飲んだ後、少し人が少なくなった頃に、雪春が店主に訪ねた。
「この近くの金環女学校にまだ寮があった時の生徒さんで、篝さんという女性がいませんでしたか?
当時の他の生徒さんからこの店の常連だったと伺ったんです」
面倒臭いような態度だった店主が、『篝』の名を聞いて目を開く。
「篝さん! 彼女の事はもちろん知ってますよ!!
僕も当時は高校生で、店の事なんか関わってなかったですけど凄く美人で憧れで
用事もないのにコーヒー飲みに来て親父に怒られたり!! って、すみません」
興奮して急に饒舌になった店主は少し照れたように、白髪交じりの頭を撫でた。
「いえ、ご存知で良かった」
「懐かしいな~青春思い出しちゃいましたよ」
「……その時に一緒によく来られた友人や……恋人なんてご存知ですかね」
「あぁ、仲の良いお二人がいましたよ。男女でいつも三人で来てたなぁ
というか、今でも年に一回はお二人で来られてるようで……夫婦になってるのかな。
親父がいたら話もしてたのかもしれないんだけど、倒れちゃって僕が継いだから……。
改装で昔あった個室も無くしてしまったけど、そこに入ってってたなぁ
相当なセレブだったでしょ? 彼女」
興奮したような店主とは反対に、雪春は冷静な瞳で彼を見る。
「御夫婦……その御二人のお名前はご存知ないですか」
「いやぁ……えっと……いいのかな。プライバシーっていうか個人情報なので」
「実は僕はこういうものです」
雪春は警察手帳を見せる。
白夜団の調査部や、雄剣のように白夜団団員の行方を追うような部の一定の役職には
警察としての調査の権限が与えられているのだ。
もちろんそれは限られた範囲であり、白夜団の存在を隠すための策である。
「え……何か事件なんですか」
「いえ、御夫婦に直接の関係はないと思われますが、篝さんの古い友人に少しお伺いしたい事があるのです」
「ん~僕も、直接は話した事はないし女性の下の名前くらいしか……えっと……あきこさん、違うな
なおこさん……」
「なおみさん?」
「あぁ、そうだ!!
『なおみ!』って篝さんの呼ぶ声を思い出しました!!
なおみさんも可愛らしい感じで、男性は大人に見えましたね」
「そうでしたか……また何か聞く機会があるかもしれませんが、どうもありがとうございました」
神妙な顔で雪春は店を出る。
「……篝さん、あなたの死には、やはり団長達が関わっているのですか」
誰の耳にも届かない声を、まだ冷たい春風が散らす。
「あ、加正寺さんですか。実は……手伝ってもらいたい事があるんです」
雪春は、琴音に電話をかけたのだった。