怪しい誘い
直美と雄剣の話を聞いた後、剣一と夕飯を食べて帰宅し
今、麗音愛の部屋に椿と二人きりだ。
「……麗音愛……」
「うん」
部屋に入るなり、座り込んでずっと椿を抱き締めている。
剣一にからかわれたせいでお互いにドキドキはしたが、また温もりに安心して、麗音愛は椿の髪を撫でた。
「椿も……色々聞いて、びっくりしたね……」
「……うん」
二人の頭を巡る過去の話。
椿は子猫のように、麗音愛の胸にすり寄る。
「辛い事思い出した……?」
「大丈夫……でもおばさまも、おじさまも本当に大変な思いをしながら白夜団を守っていたんだなって……」
「椿が一番辛い事に耐えてきたよ。
俺が……一番ぬるま湯にいた」
「だから、それは……!
知らなかったんだもの。もう自分を責めないで
それに今は一番麗音愛が、辛い想いしてる
呪われた刀を持って……呪怨に喰われないように……いつも……」
「俺も大丈夫だよ。
この力で椿を守れるなら、なんだって耐えられる」
晒首千ノ刀を扱うのは苦痛を伴う。
今この一瞬も牙を剥く亡者達――。
それでもあの時、刀を抜く事を選んだ後悔はない。
この刀が無ければ、紅夜に椿を奪われ死んで終わりだった。
「私達……白夜神様なの?」
「う~ん……俺は本当に、ちっともわかんないよ」
「でも、小さい頃にタケルって名前にしたいって……」
「それは、ヒーローにそういう人がいたってだけで……
何か深い想いがあってとかじゃないんだよ! 本当に偶然だよ」
直美はその事について、今でも悩む事があると言っていた。
篝が亡くなった後に、タケルと名乗ろうとする麗音愛を叱ってしまったが、それが白夜威流神の意識復活を拒む事になってしまったのかと――。
そして母として、修羅の道を歩かせる運命を拒みたい気持ちもあったのだと。
謝られたが、麗音愛にとっては直美と雄剣が自分を白夜神への復活に誘うようにせず、一人の息子として守ろうとしてくれた気持ちの方が嬉しく有り難かった。
「母さんをずっと悩ませていたなんて……悪かったと思うくらい」
「……そっか……」
「このまま、今までどおり闘っていくだけだよね。俺達は」
「うん」
「椿は変わってない……?」
「何を?」
「俺達の関係への気持ち……」
「大好きな恋人……」
「うん、俺もだよ……」
二人で顔を寄せ合い、口付ける。
過去の話を聞いてもお互いに寄り添う事に嫌悪どころか、なおさらお互いの存在が必要にしか感じなかった。
運命が導いてくれるのなら、これでいいのだと思う。
そう産みの母に、伝えたくなった――。
◇◇◇
数日経っての夜。
白夜団、雪春の元に団服姿で帯刀した琴音が訪れていた。
携帯電話に届いた不審なDMを見せる。
「これは……紅夜会からの接触の可能性が高いですね」
「ですよね」
「報告ありがとうございます、しかしまた……」
「なんですか」
「内容が過激ですね」
『加正寺家のお姫様へ
悪しき力を破る力が、あなたにはあります』
『罰姫に罰を与えませんか』
『あなたの本当の力をお教えします』
『王子様を解放しませんか』
『罰姫に罰を与えましょう』
『あなたの本当の力をお教えします』
『あなたの正義の力で罰姫に罰を与えましょう』
『憎い罰姫に罰を』
DMの内容はこのようなものだった。
相手のユーザーはすでに退会している。
「ですよね~
紅夜会は私が椿先輩をどうにかしたいとか思ってるんですね
ほんと短絡的で浅はか……」
「しかし、椿さんを姫様と崇める彼らが、椿さんを貶めるような行為をするかは疑問です」
「まぁ……確かにそれも一理ありますね。
どちらにしても、私が椿先輩に何かするなんてありえないですけどね」
「へえ……」
「なんですか?」
「いえ、恋敵に対しては何か思うことがあるのではと思っていたので」
「じゃあ、雪春さんも玲央先輩が憎いって思うのですか?」
「僕が……」
驚くような顔をした雪春を見て、ふふんと琴音は笑う。
「雪春さんが椿先輩を狙ってることくらいバレバレですよ~」
「狙ってるって……ひどいな
彼女は妹のように思っているだけだよ」
「ふふ、そうですか。
椿先輩のこと、雪春さんがもっと上手に口説いてくれて
二人で幸せになってくれたら良かったのに~」
「椿さんが幸せならば、いいと思っていますよ僕は」
「好きな人が幸せだったらそれでいいってやつですか~
私もそうは思いますけど……」
雪春のデスクに寄り掛かると、琴音は無意識のように骨研丸の柄に触れ揺らす。
骨が当たるようなカチカチ……という不快な音がした。
「雪春さん、前に言ってた
加正寺家の、呪いをどうにかできる力って私にありそうですか?」
「研究調査はしているよ。でもそれがあったとしても
玲央君は望んではいないと言っていた。
認識されない呪いは、闘いにも有利だから彼には必要なんだよ。
戦闘力を下げる事を今はしてはいけない。
彼がモテたがりだとも思わないしね」
「そっちじゃなくて……魅了の……」
「え?」
「なんでもないです! まぁいいですよ~
雪春さんも……なんでしょうし」
最後は小声になって、琴音はピョンと飛んでデスクから離れた。
「携帯電話って提出しないといけませんか?」
「そうですね、できれば……とは言っても女子高生から
携帯電話を奪うのもね。
週末に数時間預けてもらうような形で調査準備をしておきます」
「やったぁ、良かった」
「また不審メールがきたら、その都度知らせてください
これは惑わされる事が無いという前提ですが……不安であれば預けて」
「もちろん、大丈夫ですよ!
雪春さ~ん、当主のみんなでのお食事会
玲央先輩も呼んでいいですよね」
「彼がいいのなら」
ぶれない琴音に、雪春は苦笑する。
「やったぁ。じゃあ、失礼しまーす
この前の玲央先輩との実験調査の結果も早く教えてくださいね」
「えぇ、もちろんですよ。お疲れ様です」
にこり微笑んで、琴音は団服のスカートを翻し廊下を歩く。
すると、また携帯電話が鳴る。
今度は違うSNSのDMだ。
「……ふん、うっとおしい
さすが紅夜会……うっとおしい血筋なんだわ
うっとおしい、あざとい、汚い血……!」
画面を確認する。
『王子様の呪いを解きたくありませんか』
そう、書いてあった。