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直美語る~14歳直美、楽しい文通そして寂しさ~

 

 初めての手紙には暗号文が組み込まれていた?

 そう気付いた時には、もう返事を書いた後――。


「イタっ!!」


 研究所からは少し遠い山中。

 栗拾いの中、篝の事ばかり考えて指を刺してしまった。


「大丈夫かい」


「はい」


 声をかけてくれたのは、もう定年で戦闘員を退団した男性職員の近藤だ。

 田舎暮らしがしたいと希望して、この研究所の生活に参加している。

 今は戦闘員だった面影もなく、作業服の似合う小太りのお爺さんだ。 


 直美が物心ついた時には、もうこの場所にいた近藤だが

 結婚もしておらず子供もいない、その原因が子供が苦手という事が小さい頃から直美にはわかっていた。


 なので、お互いに微妙な壁がある。

 それを近藤が申し訳なく思い、直美が更に気を遣い、また距離は遠くなる。


「今年は豊作だな。栗ご飯にするかい、渋皮煮かい」


「私、マロン・グラッセ作ってみたいんです」


「なんじゃそりゃ」


「お菓子です、甘くて美味しい……大人な」


「美味いのか」


「食べた事はないけど……

 ぶらんでー? を入れたりして、美味しいそうですよ」


 それも小説の中に出てきた。

 大人の女性が魅了されるお菓子だった。

 

「まろ……ぐらっちぇか

 次の物資要請が明後日だよ。

 ブランデーなんかは調理場にはないから、頼んでおきなさい」


 距離はあるが、仲が悪いわけではない。


「はい!」


 直美はニコニコと、また栗を拾った。

 秋に栗を拾う事も、飽きた出来事だった。

 それなのに、誰かに報告できるかもしれないと思うと一気にその出来事は色付いていく。

 一緒に舞うイチョウの木がバラ色に思える。


 どうやって素敵に伝えようか、

『イチョウの葉が舞う中、私はマロン・グラッセを作るために栗を拾いました』

 マロン・グラッセを作る乙女って素敵。

 それをお姫様・桃純篝への手紙に書こうと思うだけで心が踊る。


 一番の不安は返事が来ない事だ。

 柴崎に手紙の封は破かれ、無造作に仕舞われた便箋を篝はどう思うだろうか。

 不安で不安で堪らなく、篝の事を考えてばかりで渋皮を剥く時に手を切りそうにもなった。


 しかし不格好なマロン・グラッセが出来上がった頃に手紙は届いた。


 しかも今度は美しいクッキーの缶も一緒だ。

 柴崎は眉をひそめながら、直美に渡す。

 そんな事は何も気にならない程、直美は興奮して部屋に戻った。


「素敵……!!」


 まずは、そのまま手紙を一気に読み上げる。

 直美からの返事がきた事の喜びや、同じ小説が好きだった事の興奮などが明るく綴られており

 同世代との話はこんなにも楽しいのかと直美はまた目を潤ませる。


「私も! 私もそう思った……!」


 うんうん、と頷き頷き読んでいく。


「えぇー! 遊びに行けたなんて羨ましい!」


 クッキーは篝が都会に出た際に買ったものだという。

 中には6種類ものクッキーが入っている。

 こっそり一つ口に入れれば、今まで食べた事のないバターの芳醇な香りと

 ベリーの香りが際立つジャムの味に驚く。


「美味しい……これが本物のクッキー!?」


 綺麗なお花の絵が描いてあるクッキー缶に手紙を保管する事に決めた。


「えっ……年上の男の人と映画……?

 篝さんのボーイフレンド……? 恋人とか?」


 桃純家の屋敷も山の中にあると書いてあったが

 それでもたまには都会に出て、満喫しているようだ。

 その時に案内してもらうのは咲楽紫千雄剣という大学生だという。


「なんて読むのこの名字……さらしせん? っていうんだ。

 私の名字も大概だけど、さらしせんってすっごく変な名字ね

 ふ~ん、さらしせんゆうけんさんかぁ。ふ~ん変な名前」


 直美は白夜団の存在はもちろん知っているが

 他の一族については知らないし、明橙夜明集などを見た事はなかった。

 どうせこの村で終わる人生。余計な事を知らなくて良いという判断なのは知っていた。


「いいなぁ……」


 今は夢中でたまらない存在の桃純篝と一緒に遊べる男が少し腹立たしく思う。


 そしてメモ帳を取り出し、また暗号が入っていないかを確認する。

 しかし頭の文字を並べても全く意味のない言葉の羅列だ。


「ん~今回は違う? 前回も勘違いだった?

 追伸・最近ななめばかり見ていたら首が痛くなりました。

 意味の無い文章……あ……もしかして……」


 今回も見事に綺麗な文字で書かれていたが、ぴったりと文字列が方眼紙で書いたように整列している。


「やっぱり今回は斜めだわ」


『あいたいね つらくないか しんぱい そこからでたいですか』


「……篝さん……!」


 会った事もない少女からの心配。

 何もかも持っている少女からの言葉でも、哀れみには思わなかった。


 直美も必死に考え、篝へ伝えようとした時に考えた言葉。


『ここからでたいです さびしい あなたにあいたい』


「……寂しい……」


 その言葉を暗号にして書いた時、直美の目から涙が溢れた。

 今まで誤魔化していた、奥底の気持ちが溢れたように感じた。

 誰にも言えなかった心。

 当然の感情。

 少女は寂しさにずっと耐えて生きてきたのだった――。


 ◇◇◇


 村に初雪が降り、ストーブの火が灯る頃。

 柴崎のイラつきが目立つようになってきた。

 寒い廊下をセーラー服にカーディガンを着た直美が歩いていると大声が聞こえてくる。

 事務所のドアが少し開いていたので、そっと覗く。


「だからもう、手紙のやり取りなどやめさせてくださいよ!」


「何もそんな、目くじら立てる事じゃないだろう……」


 柴崎と近藤だ。

 他の研究員もいるが、二人のやり取りを眺めている。


「桃純家当主から、環境についての質問がきたんですよ

 絶対にあの手紙のせいですよ!」


「何も、問題があるわけでもないし……

 今の生活そのままを伝えればいいだけじゃないか」


 虐待が行われているわけでもない。

 老人の近藤にしてみると、豊かな自然に囲まれた良い生活だ。

 しかし多数の研究員は直美の事を不憫に思っている。

 実際は軟禁状態、桃純家の女当主もよくは思わないだろう。


「今後の研究に影響が出たら困るんですよ

 あんな好都合な実験体は手に入らないんですから」


「柴崎さん!」


「全ては、紅夜に対抗するための研究ですよ!

 綺麗事じゃあ化け物には勝てない!」


 開いたドアからの隙間風に気付いた職員が、閉めようと近づいてきたので慌てて逃げた。

 柴崎が自分をどういう目で見ているのかなど、敏感な思春期の少女にはわかっていた。


「嫌だ……嫌だ……」

 

 それでも、直美にとって篝との文通は彼女にとって生き甲斐とも思える程重要なものになっていた。

 それを取り上げられる事は、何よりも恐怖で苦痛な事だった。

 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] クッキーの缶って、素敵なものが多いですよね。 私も今日行ったお店でときめいたのですが、3000円って書いてあって諦めた所です。 まだ若い直美の恋が始まる?! 続きを楽しみにしています。(全然…
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