直美語る~14歳直美、初めての手紙~
直美が病室でぽつりぽつりと語り始める。
舞台は麗音愛が話を聞いてる時代から20数年ほど前に遡る。
田舎の村に建つ不釣り合いなコンクリートの建物。
研究所の周りは畑で、秋の野菜が色づき実っている。
その中でセーラー服の少女は白衣の女性から封筒を受け取った。
「え? 私にお手紙ですか」
「えぇ、桃純家のお嬢さんから」
「どうして私に……」
「さぁ? お嬢様の暇つぶしってとこでしょう」
14歳、少女の直美にはこの女性研究員の柴崎は愛想もなく苦手だった。
女性ならば、少女の良い相談相手になるというのは間違いだ。
中年でどことなく爬虫類っぽい感じで
『どうして祟られるのに子供なんか産んだんだろ』など
何も考えずに言う言葉が直美の心を傷つけている事も気付かない。
数年前までいた女性は優しく姉のように慕っていたが結婚を機にこの村を去ってしまった。
手紙を書くと言われたが、一度も届いた事はない。
自給自足のように畑作りや鶏を飼ったりもした生活。
物資も毎週届くが、本を月に数冊与えられるだけで他に娯楽はない。
友達もいない。
季節と年齢にそった授業以外、代わり映えはしない。
そんな時に届いた、綺麗な桜色の封筒。
住所は書いていなかった。
「返事を書いてもいいんですか?」
「いいですよ。ですが、中は拝見しますよ。
余計なやり取りは困りますから」
目玉をギョロっとしたまま、猫背で柴崎は行ってしまった。
「あ……今日、調理のお手伝いだ」
学校も無いのに日中はセーラー服で過ごし研究員に勉強を教えてもらう。
共同生活なので、調理や掃除などもできる事は手伝っていた。
祟りが白夜団の研究で軽減されているのか、直美はとりあえずは無事に過ごしている。
しかし一生を此処で過ごす事になるのだろうかと考えると
祟りは確かに存在している、と思ってしまうのだ。
人の人生を蝕む呪い。
絶望で自らの命を断ってしまいたい気持ちになる時もあった。
結局食事を終えて、片付けをし自分の部屋に戻ったのは消灯の一時間前――。
「私へのお手紙……」
ドキドキして、綺麗にハサミで封を開ける。
「Dear蛇願直美さん……!! Dear!! 素敵!!」
初めての手紙に、直美は興奮した。
とても綺麗な字で、流暢に書かれた手紙。
「是非……私とお友達になってください……!!
ええーー!! わ、私と!? えええー!!」
感激で立ち上がると、椅子が倒れた。
それも気付かない程に、直美は感動感激で心がいっぱいになる。
そして一気に返事の手紙を書き上げ、次の日には柴崎に渡した。
「じゃあ拝見しますね」
「あっ」
せっかくお気に入りの可愛いシールを貼ったのに、それを破かれてしまい直美は失敗したと悔やんだ。
次からは宛名の横に貼ろうと決める。
「ふん……まぁいいでしょう。
此処での生活など聞かれても書いてはいけませんよ。
不満などもってのほかです」
「わかっています」
一応は柴崎が、直美の相談員のような役割なので直美が不満でも言うものなら柴崎の評価は下る。
「では。今日は野菜の収穫も手伝ってください」
「はい」
綺麗に折った便箋も、また柴崎に適当に折られ封筒に押し込まれた。
直美は涙が出そうになるのをこらえて、畑へ走った。
あんなにボロボロになった手紙をもらったら、絶対嫌な気持ちになる。
きっと嫌われてしまう。
もう返事は来ないかもしれない。そう思うと直美の心はズキズキと痛んだ。
それでも毎日、篝からの手紙を読んだ。
自分だけの為に書かれた手紙が宝物のように思えて、会った事もない『桃純篝』のイメージが
創り上げられていく。
彼女と喫茶店でクリームソーダを飲む妄想をするのは楽しかった。
そんな時にするのは絶対に『恋の話』だ。
まだした事のない恋……此処にいる限り叶うはずもない夢の夢の夢……。
「え……?」
ある日ふと、気が付いた。
綺麗な美しい文章にしてはおかしな改行部分がある。
横書きにされた文章の頭の文字を縦に読むと、一つの文章になっている。
「そ・こ・は・こ・こ・ち・い・い・で・す・か・お・し・え・て
そこ……此処? ここちいい……
心地良いか……? なんて……まさか……」
それは手紙の中にもあった、篝がハマっている推理探偵もの小説の中で実際に使われた簡単な暗号文だ。
直美もこのシリーズは楽しみにしていて全巻持っている。
なので興奮して手紙の半分はこの物語について熱く語ってしまった。
「い・や・な・こ・と・さ・れ・て・な・い・か・で・た・い・で・す・か
でたいですか……?」
理解した時に、直美の胸が高鳴った。
「出たいですか……? まさか……」
この施設から、一生の檻から出たいかどうか。
考えても無駄だと諦めていた、まさかの未来。
こんな事はただの偶然、そう思いながらも――その日は眠れなかった。