麗音愛、家族への宣言そして
手を繋いだまま、麗音愛と椿は雄剣の病室に入る。
「玲央、椿ちゃん……助けてくれてありがとう」
ベッドに横たわる雄剣が微笑む。
傷は塞がり容態は安定はしたが、まだ顔は青白く声も細い。
体力が戻るのも、これからのリハビリも相当な時間がかかるだろう。
祖父の剣五郎もいた。二人を見て柄にもない、泣きそうな顔をした。
雄剣の横にいた直美は立ち上がる。
「本当にありがとう、二人には感謝しかないわ……」
二人にとっては当然の事だ。
雄剣が助かった、間に合った事に改めて安堵する。
麗音愛は、そっとベッドの傍に行く。
「紅夜会……誰が父さんをこんな目に?」
「多分、闘真という男だろう。高校生くらいの男児だった……」
「私の居場所を知るために来たんですね」
「いや、咲楽紫千の父親の僕を狙ったんだろう」
椿の言葉を濁した雄剣の微笑みが、真実を二人に教えた。
そこで剣一が闘真が咲楽紫千家の血を求めていたことを話す。
「どうしてさ……本当の事を話せば襲われなかったかもしれないのに」
血が繋がっていない事を話せば、ここまでの怪我は負わなかったかもしれない。
「あの男はそんな話は聞かないだろうし、母さんを守るためだった。
お前の状況もわからなかった。
少しでもお前が奴らに見つかるまでの時間が稼げるなら、それでいいと思ったんだよ」
「俺のせいだ……」
「馬鹿を言うな……子供を守らない親がどこにいる」
「父さん……」
「ただでさえ、いつもお前にばかり闘わせて……今回もこんな怪我をして
助けてもらい、情けない父親ですまない」
「父さん、俺は……父さんを情けないなんて思った事はない。俺は……」
麗音愛は涙がこみ上げてくるのを、耐えて直美を見た。
「母さん」
「玲央……」
「俺、椿と結婚する」
「れ、麗音愛っ!?」
突然の宣言に驚いた皆が、椿が、麗音愛を見る。
「俺は、普通の人間じゃない。
人間の規則に沿う必要はない。
俺には椿が必要なんだ。
これからの絶望の闘いも椿と一緒なら乗り越えていける」
「普通の人間じゃない……なんて……」
直美はそう言うが、紅夜の子供であり晒首千ノ刀の継承者である事は真実だ。
今も呪怨の影は麗音愛を殺そうと揺らめいている。
普通の人生は歩めないだろう事は、麗音愛自身が一番よくわかっていた。
「愛してる人を守るって……俺は咲楽紫千家に生まれてそう学んだよ。
父さんと母さんを見て、家族と一緒に過ごして育って
みんなに守られて育って……
母さんに愛されて育って……
だから俺も、父さんみたいに
かっこいい父さんみたいに
大事な人を、椿を守って生きていきたいんだ」
「玲央……」
どれだけ涙を流してきたのか、直美の目からまた涙が溢れる。
雄剣の目からも涙が流れたのを見て、直美がハンカチで拭った。
しかし両親は下を向き沈黙が流れる。
麗音愛は、椿の手を離さないまま立ち尽くす。
決意はわかっても、どう答えればいいかわからないのだろう。
すると、拍手が聞こえて皆が顔を上げる。
「いいじゃん、俺は賛成だ。応援するよ」
拍手の主は剣一だった。
「剣一……あなた」
「兄さん」
「剣一……あなたにも話さなければと思っていたの……」
直美の顔からすると、まだ話していないようだ。
しかし剣一は笑顔のままだ。
「あぁ、二人は兄妹なんだろ? 知ってたよ」
驚きの言葉をあっけらかんと言う。
「なんですって」
「知ってた……? いつから……兄さん」
「まぁ、そうじゃないかな? って思ってたってとこかな。
お前が椿ちゃんの写真だと思って、屋敷から持ってきたあの赤ん坊の写真
あれはお前だ、玲央」
「えっ……あの写真が……?」
椿が軟禁されていた桃純家の屋敷。
その地下の部屋、篝の書斎に飾られていた赤ん坊の写真。
椿の写真だと思い、麗音愛は火事の中持ってきたのだ。
「そうだろ? 母さん」
「……気付いていたのね」
「裏に書いてた数字、何かと思ってたんだ。
母さんの様子もおかしかったしさ。
あの写真の裏に書く数字は新生児の体重、身長じゃないかなと思って
まぁ~母子手帳を見たら玲央のと一致したってわけさ」
「母子手帳を? あなたって子は……」
「そんなに前から……兄さんは知ってて?」
「同化剥がしの時も、どうしてお前も一緒に行けたのか? とか考えると辻褄も合う
実際強さも半端ないしな
まぁそれはいいとして、祝福すればいいじゃん」
「私だって、二人を祝福できるなら……したいのよ……」
血の繋がった兄妹が愛し合う事を、認めていいのか直美自身も葛藤し続けてきた。
「玲央が言ったように、二人は一般の人間じゃない。
これから先、誰かと出逢って恋とかできるの? 普通の家庭を築けるの?
それでお互い諦めて辛い闘いをしながら一人で生きていかせるのかよ。
それならお互い守り合って支え合って二人で生きていけばいいじゃんか」
「それは……」
直美も口をつぐむ。
「ただでさえ、辛い宿命を背負ってるんだ。一緒に背負える人がいるんだから幸せじゃないか」
「兄さん……」
「お前が真実を知っても、俺を兄だと呼んでくれて嬉しかったよ。
俺だって何があってもお前は俺の弟だと思ってる」
太陽のような明るい笑顔で剣一は笑う。
弟ではない、と気付いても何も変わらず死ぬ気で修行でも指導をしてくれていた。
椿への想いも、二人の仲もずっと応援し続けてくれた。
麗音愛が涙をグイと力任せに拭うと、剣一も笑いながらも鼻を啜った。
二人の兄弟を見つめていた父が微笑む。
「……そうだな。
剣一の破天荒ぶりは、篝ちゃんが自分に似ていると言った時があった。
あの篝ちゃんなら、今も此処で『いいんじゃないの』なんて言うかもしれない」
「えっ……母様が破天荒……?」
椿が朧気に覚えている母のイメージとは全く違う。
そしてまるで親しかったかのような言い方に椿は驚いた。
「椿ちゃんにも玲央にも、色々と話さなければいけない事もあるんだ……
父さん達のような、枠の中の考えで決まる事ではないのかもしれない」
「そうだ! 儂も二人を応援するぞ!」
小さく話を聞いていた剣五郎が声を出す。
「じ、じいちゃん……」
「おじい様」
「玲央がここまで男気出して……決めた事
二人を引き離しても何にもならないだろう……」
「どうせ反対しても、ま~た駆け落ちするぞ玲央は」
「うむ、駆け落ちするだろうなぁ……」「絶対するよ」
「なっなんだよ、駆け落ちじゃないし!」
また剣一が笑って、麗音愛をいじりだし雄剣も微笑んで
まるでいつもの和やかな咲楽紫千家の日常のような雰囲気になる。
それを見て、椿がポロポロと泣き出した。
「私が……、罰姫だと思われて反対されるのが怖くて
黙って嘘をついていたんです……麗音愛にも言わないでって……だから……」
「椿」
「こんなに素敵な御家族を、ごちゃごちゃにしてしまって……心配をかけて……」
「椿ちゃん、罰姫だなんて思った事は本当にないの、今回もあなたのせいじゃない」
直美が二人に近付き、そっと椿を抱き締めた。
「ごめんなさい、本当に。
篝に玲央を、麗音愛を引き取ってからはお互いに近寄ることはしないようにと……約束をしたの。
あなたの事をとても大切に想っている……と信じてもらえないかもしれないけれど
嘘ばかりついていたのは、この私なの……ごめんなさい」
「おばさま……」
「玲央を……私達をいつも守ってくれてありがとう
私が……間違っていたのかもしれない……人智を超えた場所にあなた達はいるのだものね……」
「私……麗音愛と、一緒にいたいんです」
「……あなた達の想いを、踏みにじってごめんなさい……
この指輪を見てしまった事、してはいけない事をしてしまったわ」
そっと離れて、椿の左手を握る直美。薬指には指輪が輝いている。
「……私の宝物です」
指輪を大事そうに見つめる椿。
「母さん、認めてほしい」
麗音愛は、最後に訴えるように直美に言った。
「母さんと呼んでくれて、ありがとう……戻ってきてくれてありがとう
きっとそういう運命だったのよね……
私が認める認めないじゃない……あなた達の幸せが何よりだったんだわ……」
麗音愛も直美に抱き寄せられ、二人は直美に抱き締められる。
椿は、まるで母の篝にも抱き締められている感覚になって
麗音愛も長い長い旅から帰ってきた、そんな気持ちになる。
これからどうなるかは、わからない。
それでもこの傍らの愛を守ることができたと麗音愛と椿はまた手を握りあった。