雄剣、夫として君に伝えたい言葉
麗音愛の父、雄剣は抱き締めていた直美をそっと離す。
「あなた……?」
「行かなければならないようだ」
「ど……どこに……?」
そっと、雄剣が使用している刀『伝明雲』をそっと手に持った。
もうずっと咲楽紫千家は『晒首千ノ刀』を継承できる者はおらず
血が途絶え譲られた『伝明雲』が実質、咲楽紫千家の受け継ぐ刀になっていた。
それを見て直美を危機が迫っていることを感ずる。
「ゆ、雄剣さん! 待っていかないで!」
なんと愚かな事を言っているのかと直美は自分でも思う。
息子も、若者達も最前線で闘わせておいて、何を言っているのかと。
「愛する女性は、自分で守るよ」
「……いや……ダメよ……」
雄剣は優しく直美を見つめる。
「直美……大好きな篝ちゃんの為に
僕の嫁さんになってくれてありがとう」
「何を……言ってるの……」
「篝ちゃんには僕の心を見抜かれていて、
僕もそれを利用してしまった……」
二人の心に蘇る想い出。
間に篝の笑顔、古い遊園地。
雄剣からの愛の告白。
直美の心に閉まってある、篝からの決意の言葉。
全てが心に流れ、今の二人に繋がっていく。
「違う……私は本当に……あなたが……」
「うちに嫁いでくれて、じーさんともばーさんともうまくやってくれて、剣一を産んでくれて……」
「待って……何を言ってるの」
「可愛い玲央も連れてきてくれた……ありがとう」
雄剣も心から、麗音愛を息子だと思い愛してきた。
心の中で、息子だと思わない感情など微塵もなかった。
むしろ天真爛漫で天才肌の目立つ剣一に比べ
穏やかで、控えめで優しく好きな本の話をする麗音愛の方が自分に似てると思っていたほどだった。
「わ、私はみんなを不幸に……待って、いかないで……」
「不幸? 君は僕に幸せを沢山くれたよ」
「蛇願家なんかの呪われた私をあなたが……」
「君はただ最後の生き残りだっただけだよ」
「……お願い死なないで」
直美の瞳から、乾かぬ涙が伝う。
「もちろん生きて戻るさ、大丈夫。
ただ言わなければと思ってた事を言っただけだよ」
「……わ、私……」
「君にとっての全てだった篝ちゃんの意思を僕も継ごう
僕にとって……君との家族が僕の全てだ」
「雄剣さん……」
どこかで爆発音がして、警報が鳴り響く。
「結界を張っていく。護衛もすぐ来る、君も身を守るんだ。できるね?」
「……雄剣!!」
直美の伸ばした手は、雄剣に触れる事はできず
そのまま優しく頷いて雄剣は去っていった。
◇◇◇
多田爽子から妖魔が『サラ……』と言葉を発していたという事を聞いてから数日経った。
椿は不安げな表情になる事が増えて麗音愛から一層離れなくなる。
買い物も山中から、椿を連れて飛び
近くの小さな商店でパンやカップ麺を買うことにした。
キャンプ場のオーナーは爽子に任せて温泉旅行に行ったらしいので
爽子相手に特に詮索もされず、数日滞在を延長にすることができた。
テレビでニュースも見続けたが、獣害に気をつけるようにとだけしか流れない。
「ごめんね、こんなものばかり食べさせて」
乱れた食事時間、夕方にカップ麺を啜る椿に、麗音愛が言う。
連れ出して、たった数日でこんな暮らしをさせて情けなさを感じてしまう。
「カップ麺大好きだもん!
……それに私が一緒にいたいって言うからスーパー探しに行けないのは私のせい」
「俺も離れるの不安だし一緒だよ」
食べ終え片付け終わると、すぐに麗音愛の傍に来る椿を抱き締めて髪を撫でた。
「……紅夜会が人を襲ってるのって、私のせいだよね」
「俺を探しているんだ。椿をさらったのは俺だし
それにどんな理由があっても人を襲ってるのは紅夜会の罪だよ」
「……うん……」
「だからあいつらのやる事に、椿が罪悪感を覚えることないんだ」
「うん……」
「さ、散歩にでも行こう」
気晴らしにと、外へ出る。
夕陽がキャンプ場を照らしていた。
初日にいた人達はもういない。
今日は麗音愛と椿だけしか客はいないようだった。
「あれ……」
センターハウスの前に、ワゴン車が停まっている。
警戒したが、警察ではなさそうだ。
爽子が大きな声で御礼を言っているのが聞こえる。
二人に気が付いて、大きく手を振られたので応える。
「肉と野菜仕入れたんすよー!!
今日はバーベキューしようと思うんすけど、御二人どうですかぁ?
この前の御礼がしたくって! 炊飯器もあるんで米も炊けるんす」
コテージには炊飯器まではない。
商店にはレトルトご飯もなかった。
「どうする? 椿」
「う……うん……」
「いい肉たっくさん買ったんですよぉ! 牛豚鳥にジンギスカンもあるっす!!」
「お肉……」
ぐ~っと椿のお腹が鳴った。
「あ、やっぱり……カップ麺
一個でいいなんて、足りるわけないと思ってたよ」
「や、やーん違うんだもん!」
真っ赤になった椿が叫ぶ。
「いや、俺が不甲斐ないなって話だよ」
「そんな事ない~!
お腹少し空いてるくらいがいいって聞いたからだし……
麗音愛は不甲斐なくなんかない~~!」
ぽかぽかと軽く叩いてくる椿を、麗音愛は抱き締めた。
「お~い、バカップル~
遠慮せずにどうぞ~準備手伝って~」
「じゃあご馳走になります!」
椿はいつまでも遠慮するだろうと、麗音愛が大声で答えた。
「じゃあ炭起こし手伝ってくださいよ~
君達見てると、あっしも妖魔調査ばっかしてちゃダメかもって気になってきたっす」
すっかり慣れた遠慮のない会話だが、麗音愛も椿も爽子に嫌悪感は不思議とない。
「なにか……新しい情報入りました?」
麗音愛も正直、情報が欲しい気持ちがある。
言われるままに、コンロを運び炭に火を点ける。
「あとで報告会あるから一緒に聞いたらいいっすよ~」
「一緒に聞く?」
「SNSで音声でやり取り……しないんすか?」
「俺達そういうの苦手で……はは」
「へっへ~君達二人でいられればいーって感じっすもんねぇ」
「そこまでじゃないと思うんですが」
「自覚なしかぁ……まぁでも君みたいな男にあんな聖女みたいな可愛い彼女いたら、そら夢中になっちゃうのわかるっす」
椿はセンターハウス内で、米を炊いたり野菜を切ったりしている。
炭に火が着くように、うちわで扇ぐ。
思い切った嫌味を言った爽子は、麗音愛がどう反応するか少しワクワクして眺めている。
センターハウスの台所から、桃純家の子守唄の歌声が聴こえてきた。
「夢中……そうですね、夢中ですね」
「そういうとこだぞ! バカップル!」
まだ何も状況を知らない麗音愛は、笑う。
なんともダサい男だと思っていたのに、何故か夕陽に照らされた麗音愛が美青年に見えて爽子はドキリとしてしまった。