嫌な予感
焚き火を消そうとしているのに、麗音愛の椅子にドサッと座った多田。
自分は聖女などと、おかしな事を言う。
「……聖女……ですか?」
それでも話を聞こうとしてしまう、優しい椿。
「そうです……去年から流行ったあの歌知ってますよねぇ
『明けの無い夜に』
あの曲は大人気にも関わらず~何故かテレビはもちろんネット配信も禁止されたんす……」
「あぁ、なんだか変な歌詞でしたもんね」
あまり知らないという素振りをする。
「そうです! 実はあれは高等な術式なんですよぉ!!」
麗音愛と椿は、ギクッとしてしまう。
「あれを人類を滅びを歌う歌だと賛美している輩がおりますがぁ! けしからん事です!!
あれは人類に対しての妖魔達、悪魔達、からの挑戦なんすよぉ!!」
「え、あ……あぁ」
「絶対ヤバいんすよぉ!!」
更にビールをもう一つのポケットから取り出し、プルトップを開ける。
煽って飲む。
この女は、実は相当な術者だというのか?
素人ではあの術式はわからない。
ネット上でも『分析!』など言われて歌詞の考察などがおこなわれていたが雪春曰く、ただのこじつけ推測だったという。
「これから、とんでもない事が起きる……」
ギリと缶を持つ手に力が入る。
「……と思うんす……」
「「思う」」
一気に脱力した麗音愛と椿。
「でも、絶対そうだと思うんれすよ!」
ただの素人の予想だったようだ。
ここまでなら、滅亡陰謀論者と同じ見解だ。
麗音愛と椿はアイコンタクトでお互いの安堵を確認した。
「私の調査で……大晦日に、至るところで聖域と呼ばれる場所が
封鎖されたり、倒壊や崩落が起きたんす……」
「えっ」
もちろん、大晦日の出来事は機密事項だ。
情報調査で色々と、別の事件として報道はされている。
「……何かが……起きてるのは間違いないんす……」
「車が突っ込んだとかはあったかな?」
崩落や、落雷、車が突っ込んだ、などそういう話になっているのだ。
「隠蔽っすよ!!
あと、パワースポットなんて言われてる場所は意図的にズラしている事が多いように思うんす!!
そこから1キロ以内に……壊れた社に新たに作られた社を、あっしは発見したんすよ!
明らかに隠蔽っす……」
多田の言っている事は、確かな話だった。
菊華聖流加護結界の脈となる場所は街中でない限り、意図的に人が集まらないように隠してあるのだ。
二人にも緊張が走り、しばしの沈黙が流れる。
「……それで多田さんはどうしようと……」
「ぐぅ……」
「えっ?」
「ぐぅぐぅ……」
下を向いた多田の顔を覗き込んだ椿が困ったように、麗音愛の方を見た。
「……寝ちゃってる……」
「えぇ……」
こんな時間に何かの鳥の鳴き声が聞こえて、焚き火はもう消えていた。
◇◇◇
あの後は、麗音愛がセンターハウスの事務所まで運び
ソファに寝かせブランケットをかけて手紙を残し鍵をかけて、二人は休んだ。
朝、麗音愛はふと目覚めた時、隣に椿がいないので一瞬焦るが、
コテージの部屋は味噌汁のいい香りでいっぱいだった。
「おはよう麗音愛。お味噌汁飲みたいなーって思って」
「……おはよう……」
幸せな平和な香りだが、麗音愛は台所で振り返った椿を抱き締めた。
「……いないから、びっくりした」
「麗音愛……ご、ごめんね。起こしたら悪いかなって思って……」
「うん、椿と一緒だとよく寝れるから寝過ごした……でも起こしてよ……いないと不安……」
「う、うん」
「おはよ……味噌汁食べたい」
「うん……おはよう麗音愛」
いつも自分ばかり甘えてすがって求めているように思っていた椿は
少し寝ぼけた麗音愛の言葉に嬉しくなって抱き合いながら微笑んだ。
ブランチはカレーと味噌汁だったが
椿はその小鍋とお椀を持ってセンターハウスに行くと言う。
「きっと、お味噌汁飲みたいと思って」
「椿は優しいね」
「剣一さんがよく二日酔いだと飲みたが……」
言って口ごもる。
「兄さんの事思い出してセンチメンタルになんてならないから大丈夫だよ」
「……うん」
「多田さんには注意しないとだけど、ネットの情報も無い俺達だから
今の現状を聞き出したい気もする」
「そうだよね」
「ある程度情報を聞きだしたら、街の方でネット環境のあるビジネスホテルかネットカフェでも行こうかと思ってたけど……どこまで捜索されているか」
都会方面では顔写真も配られているかもしれない。
麗音愛の方は認識しにくいため、椿だけでも特徴を記されている可能性がある。
大勢の前で、呪怨の羽根で逃げるわけにもいかないので慎重に動かなければいけない。
「私……しばらく此処にいたいな」
たった二泊しかしていないが、麗音愛も椿も
二人で過ごしたこのコテージに妙な愛着も湧いてきたのも確かだ。
延長は可能だと聞いている。
「うん、じゃあ夕方にこっそり買物に行くよ
食糧あれば此処でもしばらく過ごせるから」
「うん!」
椿が嬉しそうにして、二人でセンターハウスに行くと
まだソファに横になったままの多田がいた。
「み、水~~」
とんでもない聖女様だと、呆れながらも表の自動販売機で水を買い
渡すと、死にかけた自称聖女は聖水かのようにありがたがって飲み干した。
以前に剣一が二日酔いの時に、冗談で椿に紫の炎で治して~と甘えたが麗音愛が一蹴したので椿が治せるのかは、わからない。
今回も唸る多田を見て、椿はどうにかしてあげたいようだったが麗音愛が止めた。
まだ何者かわからない。
味噌汁を飲ませて、鎮痛剤や胃薬など渡すと少し落ち着いたようだ。
「すいましぇん……」
「いえ、大丈夫ですか? まだ休んでください」
「うう……聖女様ぁ……ありがとうございます」
爽子は椿の手を握る。簡単に入れ替わる聖女体制らしい。
「昨日も此処に来たし、いろんな情報も入ってハイテンションになってしまいました……子供の頃にも何度か来てたのに、此処がものすごい聖域だとは思ってもみなかったんで……」
多田が言う程に、ここはものすごい聖域ではないのだがもちろん黙る。
「私は……終焉なんて望んでおらんのですよ……」
「多田さん」
「殆どの人が、世界の終わりなんて望んでいないはずなんです……
だから……もしそんな緊急事態になった時に助かる術を調べたい……避難できる場所を作りたいんです……」
今の世間から見れば、多田も同じように狂った立場にあるといえる。
しかし真実を知っている麗音愛と椿から見ると、結構な情報を掴んで真実に近づいている。
「今の時代、いろんな情報も入ってくるんすよ
それが全部間違いだとは言えないじゃないっすか」
「そ、それはそうでしょう」
気持ちもわかるが、そろそろ話を終わりにしよう。
麗音愛はそう思い椿を見る。
「新情報もあって、やっぱり確信したんっす」
「新情報……?」
椿が気になるように聞いたので、麗音愛も話を続ける事にした。
「あれ? 話してませんでしたぁ?」
多田は立ち上がると、まだ頭が痛むのか少し顔をしかめたが両手を広げ叫んだ。
「やっぱり、妖魔だったんですよ!!
叔父さんが帰った後に情報が入って……目撃者がいたんです!!」
「そ、それで……?」
「山中で出くわして襲われた人が
救急車に乗る前に叫んでいたらしいんです!」
どうやら、その被害者を目撃した人物がインターネット上に書き込みしたのを見つけたようだ。
それは大勢が見るようなSNSではなく、多田のような『人類を守る側』の人間達が集まっているグループらしい。
なので一般的には認知されていない情報だと多田は言う。
「人間の形のような化け物で……
『サラ』なんとかって言葉を発したようなんですよ」
麗音愛の背筋が寒くなり、その腕を椿が怯えたように強くしがみつく。
「サラ……皿? なんなんでしょうね
サラと鳴く妖魔……呪いの言葉?
思いつくもの、ありますかね?」
多田にとっては、ここでインパクトのある言葉が欲しかったなぁというように照れて笑う。
「……いえ……」
しかし麗音愛は直感で悟った。
紅夜会も自分を、いや椿を――探している。