キャンプ場の二人・不穏なニュース
淡い光のなか……
まだ若い、女性の声がする……
「愛月は……愛月は
ずっとお傍にいたいんです……」
泣きそうな切ない声。
その声を聞くと、胸が痛くなる。
「愛月……お前が辛い目に合う事は……俺はしたくない」
「離れ離れになる事が、何よりも辛いのです……どうかお傍に」
「愛月……俺だって……」
「必ずお役に立ちます……だから……どうか………………様」
愛月姫……
愛月……
……俺は……
「……んぁ……」
もう日もすっかり上がりきった昼過ぎにロフトの布団の中で麗音愛は目を醒ました。
何か夢を見ていた気がして思い出そうとしたが、よく思い出せない。
隣には、椿がまだ眠っている。
「椿……」
「……にゅ……」
「……可愛い……」
「……れお……んにゅ……」
まだ寝ているのに、もぞもぞと名前を呼んですり寄ってくるのが可愛くて、そっと毛布をかけて抱き寄せる。
幸福感――。
それでも、この生活が長くは続かない。
現実は理解している。
白夜団はどうなっているのか、桃純家当主を連れ去った誘拐犯にでもなっているかもしれない。
ただでさえ、やつれていた直美はどうしているだろう。
皆に自分達は兄妹だと話したのだろうか――。
これから写真を公開して捜索なんて事もあり得る。
紅夜会も今後、どういう動きをしていくのか、今も把握されているのか不明だ。
どこかで二人で暮らしていきたい……そんなのは子供の絵空事。
何の経験もない、素性を隠した17歳。
せめてもっと大人だったら……。
ふと、あの椿と出逢った夜。あの日、麗音愛の本当の誕生日だったのだなと思う。
18歳の誕生日……その日はどんな日になるんだろう。
「ん……」
胸元で寝ていた椿が、目を醒ました。
まだ夢見心地だが、ぎゅうっと抱き締められる。
「おはよう……椿……」
「ん……あ……お、おはよう……麗音愛……」
完全に目醒めたのか、少し離れて恥ずかしそうに朝の挨拶をする椿。
麗音愛もちょっと照れくさい。
「おはよう」
「うん……おはよう」
肌寒いなかでも、二人で抱き締め合えば暖かくて顔もほころぶ。
◇◇◇
「麗音愛! 見て~、変なキノコ生えてる」
「本当だ。絶対毒キノコだ」
「うん、危険!」
二人で軽くご飯を食べ、山中を散策している。
今日は平日。本来なら学校に行っている時間だ。
お互いが学校の事を思い出したのは、わかってる。
それでも二人が笑顔でいる事が今は一番大切だった。
椿が今まで見た野草の話を山道でして、木に登ったり、岩に登ったりして
最後にパタパタと麗音愛の元に戻ってきて抱きつく。
『小猿みたい?』と聞かれた時は笑ってしまったが
何も言わずに飛び出して、きっと自分達を心配してるであろう友人達の事を二人で思い出した。
手を繋いで帰り道を歩く。
「お惣菜やお弁当は食べちゃったから、今日の夜は何にしよう?」
「カレーにしようか? 椿のカレー食べたい」
「前みたいにスパイス……ないけどいいかな?」
「うん、一緒に作ろう。足りない物は買いに行ってもいいし……」
「あ、焚き火やってる! 木炭コンロでお外でご飯作ってる
いいなぁ」
数名いるキャンプ客が、外で炭火の調理を始めていた。
夫婦だろう男女に、幼子。
幼子にバイバイと手を振られ、椿と麗音愛も笑顔で手を振る。
「借りれると思うから、俺達もやってみる?」
「本当!? やってみたいな。でも炭火でカレーは自信ないから……焚き火がやりたい!
ずーっと憧れていたんだ」
山で遊ぶのが唯一の楽しみで慰めだった椿。
色んな遊びをしてきたが、さすがに火遊びに手をだしたことはない。
「うん、センターハウスで借りよう。椅子も必要だな……軍手は買って」
「うふふ、楽しみ!」
まだ人がいるセンターハウスに入ると、なんだか険しい顔で
昨日受付してくれた男性オーナーと肩までのウェーブヘアでメガネの若い女性が話していた。
麗音愛達を見て、話をやめて笑顔になる。
「あ~どうも、結局人数は増えてないかな?」
「はい。二人のままです」
若い男女二人で泊まっていても、特に詮索はされない。
焚き火台や椅子を借りたり、薪を買う話をして手順を済ます。
「それで、此処は大丈夫だと思うんだけどね
なんだか獣害事件が各地で起きてて、申し訳ないんだけど少し早めに
コテージに入ってくれるかなぁ……」
「え? 獣害……?」
「ネットニュースは少し大袈裟なんだと思うんだ、ここ一帯では起きてないけど一応ね一応」
あはは、と誤魔化すように笑う。
「……どんな、内容なんですか?」
もちろんニュースは把握していない。
今どき、携帯電話を二人も持っていないと言えば怪しまれるかもしれないのでそれは隠す。
隣の女性が、麗音愛の動揺を気にせず笑って話し出す。
「全国で、正体不明の化け物に襲われて死者多数! これは事件ですよ!!」
「多田君……! お客様の前でさ、やめなさい。多数っていっても過去に比べて……でね」
「化け物……?」
椿が青ざめた顔で、多田と呼ばれた女性に聞いた。
「いやいや多分熊……」
「食いちぎられたような死体が……沢山見つかってるんです!!
熊か!? 野犬か!? それとも猪か!? はたまた蘇ったオオカミか!!」
「多田君!!」
「私は……化け物の仕業だと思ってます!! 妖怪!! 悪魔!! いや妖魔だ!!
妖魔は今、流行ですから!」
「いい加減にしなさい! 爽子!」
「ん~オーナー。職場では姪っ子だって隠さないと」
「……流行って?……」
怪異を呼ぶには、ありふれた名前ではあるが流行という言い方に麗音愛は気になった。
「ネットでね、終末論みたいな~
あの曲が流行ってから、そういう言い方をする人が増えてるんですよ
妖魔が腐ったこの世界を浄化する……妖魔は神! 妖魔信者っていうのかな」
「……そうなんですか……」
あの曲とはもちろん『明けの無い夜に』の事だろう。
オーナーが溜め息をついて『くだらない』と呟く。
「妖魔には熊よけの電流ビリビリ囲いなんか効きませんよ。
やはり結界を……」
「みんながみんなオカルト好きじゃあないんだよ!
ただでさえ、冬は人気ないんだから変な噂たてて此処が潰れたらどうするんだ。
あ、この子は私の姪っ子でね。少し趣味が悪いんですか気にせずに!
SNSなんかに変な評判書き込みしないでくださいよ~
さ、焚き火楽しんでください。あ、マシュマロサービスしましょう」
姪の口を止めるより、麗音愛達をこの場から遠ざけた方がいいと思ったんだろう。
マシュマロは口止め料か。
「また、お話聞かせてください」
「おお! 興味がおありですか!!
私、今日から数日、此処に泊まって管理させてもらう多田爽子です」
爽子はニヤリとメガネを光らせ笑った。
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次回
携帯電話のない麗音愛達は、情報源を爽子に頼るしかなく……