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二人の愛選択

 

 椿を抱き締めたまま、真実を話そうとするが。

 どうなってしまうのか、怖い。


「……麗音愛、無理して話さなくても……」


「いや、話さない時間が長くなれば……それだけ椿を傷つける」


「そうなの?……私は……」


 暖かい椿の身体。

 まるで守られてるかのように、心が安らげる。

 呪怨の統制も楽になる。


「こうやって、椿を抱き締めていると

 なんだか楽になるんだ」


「うん、私もあったかくて幸せ」


「呪怨の統制が楽になるような……気のせいか

 椿が好きだからだと思ってた」


「私も、麗音愛がそばにいると力が出るよ」


 それは今もそう。

 一緒にいると楽になり、力が湧いてくるようだ。

 双子同士で力の共鳴でもしているのだろうか、と今は思う。


「菊華の時も麗音愛が一緒だと、すごく力強くて私も強くなったもん……いつも……」


 椿も感じていた、二人での強さ。


「同化剥がしの時も……俺も一緒に心の世界に入れた」


「うん……? そうだったね」


「きっと……俺にも舞意杖を使えるから……だったんだ」


 ぎゅうと椿を抱き締める。

 椿の中に宿る舞意杖、麗音愛もその力に干渉できているのではないかと思う。

 それは麗音愛にも流れている桃純家の血の力のせいだった。


「……麗音愛? どういう事?

 麗音愛の新しい力なの……?」


「俺も……桃純家の人間で……」


「え……?」


 背中に回された手がぎゅっと握り締められたのがわかった。


「俺も……篝さんの子供で……」


「……母様の……」


「そして俺も、紅夜の息子だった……」


 言い切ったと同時に、激しく胸が痛んだ。

 これから待っているかもしれない別れに怯えてしまう。


「……それって……私達……」


「兄妹だと、言われた……双子の……」


 抱かれた腕は離れなかった。

 だけど震えるような、動揺は伝わってくる。


 言葉は発されない。

 しばらくお互いに抱き締め合って時間が過ぎた。


「……本当なの……?」


 動揺の胸の音を聞いているだろう、それが真実だと告げている。


「本当は俺の母さんは篝さんと、とても仲が良かったらしい。

 それで……俺を頼まれて引き取ったと……そういうような話を聞いたんだ……」


 詳細な事実は聞いていない。

 また椿は無言になってしまう。

 麗音愛は抱き締めた腕を解くが、椿は強く抱き締めてくる。


「……だから……椿……」


「い……嫌……!」


 心に突き刺さる言葉。


「嫌だよね……」


「嫌だ……私は……麗音愛が好きだもん……そんなの……嫌」


「うん……」


「離れたくない……麗音愛が好き」


 拒絶する意味ではなかった、と知ったと同時に胸が熱くなる。

 そっとまた抱き締めた。


「椿……紅夜の事もあるのに……」


 父親だという紅夜は、椿を花嫁にすると言う。

 自分が椿と愛し合う事を望むのは、それと同じおぞましい事なのでは――そう葛藤していた。


「あんなのと、麗音愛は全然違うもの!」


「うん……」 


「離れさせられちゃうの……? 嫌だ……嫌だよ……どうして?」


「誰って……法律……っていうか……

 倫理的にというか……俺にもわからないけど……」


「いやだ……いや……私、麗音愛と一緒にいたい」


 子供のように、椿はいやだと繰り返す。

 椿にとって、麗音愛と離れた時間は今まで一人でいた時の孤独の何倍も辛い事だった。


「椿……」


「……でも、みんなに反対されて……麗音愛を一人にさせちゃう……?

 今みたいに……ご家族と離れさせて……」


「今ここにいるのは俺自身が選んだ事だよ。

 俺だって、いつまでもあの家で子供でいるわけじゃない。

 いつかは家は出るんだ……そして、守りたい人を守っていきたい……」


「……麗音愛が他の女の子と……幸せになるのを見守らなきゃいけないの……?」


「他の女の子なんか……考えられないよ」


「釘差君にも他の誰にも渡さないって言ってくれた……」


 教室を飛び出る時にも言った。

 そして、椿を好きだと気付いてからきっとずっと思ってる。


「うん……渡したくないよ……」


「私、おかしい……?

 兄妹だって……今その事を知っても……気持ちは変わらない……」


「……おかしくないよ、俺だって……」


「法律も倫理も私にはなんにも役に立たなかったよ……」


「うん……そうだよね」


 椿にとって、そんなものは無意味だった。

 法律も倫理も届かない場所で、守られず無情に虐げられてきた。


「麗音愛は……別れ話をしにきたの……?」


 椿が泣いているのが伝わってくる。


「……違う……」


 何度も考えても、この道しか選べない。


「……椿がそう言ってくれるのを、きっと……望んでたんだ」


 そう、さっき椿が自分を好きだと言った時、感じたのは喜びだった。


「……どうなってもかまわない……どう思われても……

 麗音愛、傍にいて……」


 すがるような願う声。

 それは兄妹としてではなく、恋人としての意味。


「俺で……いいの……?」


「麗音愛じゃなきゃ嫌……」


「……俺も……俺も……ずっと……考えてもやっぱりダメなんだ……

 椿がいないとダメなんだ……」


 お互いが見た暗闇。

 一人ぼっちの未来。

 恐怖すら感じた、凍った時間。

 守るために自分の身を犠牲にした事も誇りに思えていたのは、隣にいた愛しい存在のおかげだった。

 それが無くなる絶望を痛いほど感じた。


「ごめんね……ずっと一人で抱えて悩ませて……」


「話す勇気が出なくて、俺のせいなんだ……」


 麗音愛の胸元で椿は首を横に振る。


「あと……もう一つ話さなければいけないと思ってて……」


「うん……」


「この気付かれない呪いは……篝さんの愛だと言われた……」


「……愛……?」


 言われて椿は、母の最期を思い出す。

 段々と明るくなっていく記憶。


「詳しくは聞けてないんだけど……多分紅夜から俺を隠すためで……

 俺が……俺のせいで椿からお母さんを奪ったのかもしれない」


「そんな」


 麗音愛が生まれた時からかけられていた呪いだ。

 篝の死とは時差があるが、麗音愛にはそんな予感がした。


「俺だけ何も知らないで

 俺だけ一人平和に暮らして

 椿は一人でずっと……耐えて暮らしてきたのに」


 その事もずっと麗音愛は考え続けていた。


「あぁ……そうだったんだ……」


「え?」

 

「……麗音愛、思い出したの……

 母様の最期の言葉……『守らなければいけない』って……言ってた」


 椿は今はっきりと思い出す、母の顔。

 美しい母は涙を流しながら自分を抱き締めてそう言った。

 狂って死んだのではない――。

 子供を守るために、その優しい瞳の奥に強さがあった。


「やっぱり……俺のせい」


「ううん……母様の気持ち、やっとわかった」


 椿の瞳から溢れる涙。


「え?」


「麗音愛を守るために、母様は……

 命を懸けて守りたいほど……その気持ち、私も今ならわかる」


 背中に回された手で確かめるように椿は、麗音愛の背中をさする。


「……何も知らないで、ぬくぬく育った俺を恨む気持ちにはならないの……?」


「何も知らされていないのに……どうして麗音愛を責められるの?

 ……麗音愛を守るためだったんだって思ったら、一人で頑張ってきた時間も報われる」


 対局のように愛された麗音愛と、虐待されてきた椿。

 でも椿は胸元で微笑み、涙を流す。


「椿……」


「母様に見捨てられたと思って、恨む気持ちもあったけど

 麗音愛のためなら……良かったって思える。

 母様にとって、私は一緒にいる価値がなかったんだって思ってたけど……

 そうだったんだね……麗音愛のため……大事な大事な麗音愛のためだったんだ……」


「離されなければ兄として、ずっと椿を守っていたかったよ……」


「麗音愛」


「これからは俺が守る

 俺がずっと守って、必ず幸せにする」


 子供の戯言だと、笑われたとしても

 血の繋がった兄妹の迷言だと嘆かれても、それが今の麗音愛を動かす力だ。


 椿の心にもその愛が伝わっていく。


「麗音愛……嬉しい。もう絶対離れないで……。私も麗音愛を守っていきたい」


「うん……ありがとう

 これからきっと色々ある……でも二人でいよう」


「……うん……」


 麗音愛も椿も、今後の問題を忘れているわけではない。

 それでもお互いに離れる選択肢はなかった。

 

 すっ……と、椿が離れて麗音愛の顔を見る。

 二人とも涙で濡れていた。


「だから……キスしてくれなかったんだね」


「うん……だって兄として汚してしまったらって……んっ」


 椿が麗音愛に口付けた。

 不意打ちに驚く。


「麗音愛のこと……汚しちゃった……怒る?」


 そんな事を言いながらも、照れて頬を染めた椿。

 抱き寄せて、頭を撫でた。


「お、怒るわけないよ……もう」


「私、麗音愛になら汚されてもいいもん」


「つ、椿……ダメだよ、そういう事を言ったら」


「ダメ?」


「いや……自制が利かなくなる……」


「……だって」


 多分、自制の意味をわかっていない椿はキスしてほしい瞳を向ける。

 麗音愛は軽く目眩がするような、でもそれは苦しみではなく

 確かな幸福で可愛い恋人に目を閉じて口付けた。


 二人が今、見つめているのはただ目の前の恋人だけ。

 ただ愛しい人と生きている今が暖かく、抱き締めあった。

 何があっても離れないと、決めた――。



いつもありがとうございます。


これからまた葛藤に直面するかもしれません。

それでも今は二人でこの愛を選択しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、ついに、ついに! 涙が止まらんぬ [気になる点] どうするの、どうなってくの?
[一言] どうなるんだ(;´・ω・) 2人の気持ちは痛いほどわかるけど、障害が多すぎる。 色々妄想するとドキドキしちゃいますね。
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