雪春からの告白
麗音愛が朝に帰宅したその日の午後
当主会議中の休憩時間に椿は皆にチョコレートを渡した。
「やった! 桃純当主からのチョコ!!」
朔海里が笑顔で喜ぶ。
「そ、そんなに喜んで頂けるなんて」
「嬉しいですよ、桃純さんからのチョコ!! ありがとうございます!!
あれ? 雪春さんは~もらってないんですか? もしかして本命だから別?」
「え!? ち、違いますよ」
まさかの言葉に驚く椿。
「僕は先日、頂いてね」
隣で雪春がにこり微笑んだ。
「へー二人仲良いですもんね。任務外でも会ってるんですか~」
「そんな、そんな事ないんですけど」
「海里君、椿さんを困らせちゃいけないよ」
「へへ、まぁ桃純さんが彼氏いないなら僕もワンチャンありかなぁ」
意外な海里の冗談の返答に困っていると琴音がじーっと見てるので萎縮してしまう椿。
「まさか、職場の男性達にチョコレート配るとは思いませんでしたぁ
私用意していなくて、ごめんなさ~い
椿先輩、私まで貰っちゃって、ホワイトデー楽しみにしててくださいね」
「……あ、非常識だったら……すみません」
以前に『あざとい』と言われた事を思い出す。
「いいじゃないですか。僕は最高に嬉しかったですし、休憩時間なんだしさ」
「ありがたいですよ、糖分はね」
海里に続いて、恩心当主の月太狼と滑渡拓巳も頷く。
「さすが椿先輩ですよね。
私はチョコはありませんが、丁度この前できた有名バリスタさんのコーヒーショップでコーヒー豆を買ってきたので皆で飲みましょう」
「お、さすが加正寺さん~チョコにうまいコーヒーで最高だね
ホワイトデー楽しみにしてて」
「私にも頂けるんですか~? きゃ、優しい~」
「はは、まさか当主会議がこんな和める雰囲気だとはね」
「本当だよ」
皆で笑う。
椿も微笑んだが、表情は暗めなのは雪春にわかっていた。
「椿先輩、玲央先輩にはチョコ渡してあるんです。一緒に食べてくださいね。」
琴音がこっそり椿に耳打ちする。
「えっ……」
「あれ~? 一緒にどうぞって言いましたよ? 美味しいチョコだから先輩独り占め?
一緒にって言ったんですけど」
何故か嬉しそうに琴音が微笑む。
「そ、そうなんだ……あんまり時間なくて話もできなくて……」
「徹夜の早朝ですもんね~。私も眠くて、はぁ~あ」
琴音があくびをして、ブラックコーヒーを飲む。
会議は午後からだったが、椿もほとんど眠れていなかった。
「さぁ休憩は終わりです。
人型妖魔の出現に万全とした対策をしなければならない」
会議を終えた椿は、廊下で団長の直美とすれ違った。
「椿ちゃん……こんにちは」
青白い顔の直美。
「……おばさま……顔色が。体調は大丈夫ですか」
「え、えぇ忙しいから……少しね。ちょっと病院へ行ってくるわ」
「え! 付き添いは……佐野さんは?」
「流石に彼女も連勤続きで……お休みしてもらったの。
大丈夫、玲央には言わないでおいて。心配かけるから」
「はい……」
「変わりは……ないかしら」
「はい」
「そう、何かあったらいつでも相談してね……」
「はい」
優しい微笑み。
疲れ切った顔に椿は心配になりタクシーに乗っていくという直美を玄関まで見送った。
自分は浄化班のバスで送ってもらう事になっているので時間まで休憩室に戻ろうとした椿に雪春が声をかけてきた。
「送るよ、椿さん」
「え、でも」
「寝不足の顔だね。浄化班のバスは1時間遅れだ。早めに帰った方がいいよ。
夕飯は大丈夫かな? どこかテイクアウトして帰るかい」
「ありがとうございます」
さすがに椿も疲れを感じ、雪春の好意に甘えることにする。
麗音愛は夕飯はどうするんだろう、とふと思い出す。
「また、何かあったのかな?」
「……あ……いえ……」
「玲央君と何があったの?」
「……私が、何かやらかしちゃったのかなって……」
「椿さんが?」
「バレンタインの……時に……
ご飯がまずかったり、もしかしたら何か怒らせてしまったのかも……」
あのバレンタインデーからは数日は経っていたが
麗音愛は任務続き、その間の麗音愛の様子の変化にもちろん気が付いていた。
電話で話をしている時は、笑ったりもする。
登下校では、いつも通りの距離だ。
でも校内で手を繋いではいない。
キスもしていない。
距離をとりたがっているのだろうか、愛情は伝えてくれているが不安を感じる。
何か不満があるのに、それは麗音愛の優しさでハッキリ言えないだけなんだろうか。
熱いキスや、抱き締められた時の戸惑いで怒らせてしまったんだろうか。
「……少し多いよね」
「え?」
「悩んでること」
「……そう、ですか……基準がわからなくて」
「多いかなと思う。
玲央君と付き合って幸せになってくれたらって思ってたんだ」
「し、幸せですよ」
動揺を隠すように、椿は笑う。
「毎回、泣きそうになってるから勝手だけど見守ってる僕としてはね……」
「すみません、ご心配かけて」
「そういう事じゃないよ……少しだけ停まって話をしてもいいかな」
「……はい」
山道の途中の休憩場で車を停める雪春。
暗い車内で、視線を合わせる。
「交際すれば、価値観の違いや色々見えてくるから
心の変化もあるとは思う」
好きが嫌いに変わってしまう。
椿が一番恐れていた事。
それなら親友でいたいと思って封じ込めていたが麗音愛が手を差し伸べてくれて恋人同士になった。
「もしかしたら、麗音愛は私の事……もう……」
「あまり、椿さんを傷つけているのを見ると
僕も自分の感情を抑えておくのはやめようかと思ってしまうよ……」
「……え?」
「椿さんが異性から恋愛感情を示されるのを苦手だと思ってるのも知っているしね……
勝手だけど、二人の恋愛を見守ってるつもりだった」
「雪春さん……?」
視線は合っていたが、少し、停まる時間。
不思議そうに見る椿の瞳に、
らしからぬように、息を吐いて
少し時間を置いて雪春は椿を見つめた。
「君が好きだよ」
「……えっ……」
突然の告白。
同僚としてでも友人としての意味ではない事は椿にでもわかった。
男の瞳。
動揺で心臓は高鳴り、椿は目を逸らし下を向く。
「裏切りだと、思わないでほしいんだ」
「……は、はい」
「何も変えない、変わらない。
ずっと頼れるお兄ちゃんでいるよ。
でも、そう僕なら君を……泣かせたりしない」
優しい、優しい声。
「……わ、私……」
戸惑う心はあるが、いつもの追いかけてくる男達へのように嫌悪感はない。
「こんな年上のおじさんからの告白余計に困るね」
雪春は24,25くらいだったろうかと椿は思う。
苦笑いのような微笑みだが、美青年に間違いはない。
「そっそんな事……雪春さんは素敵な人だと思います」
「それは……嬉しいな。
でも世間的にはこんなに年下の女の子に恋をして……恥ずかしいね」
「……こ、恋……」
雪春の言葉とは思えない単語に、つい椿は復唱してしまった。
「うん、誰にもバレないようにしていたけれどね。嘘は得意なんだ」
「……あ、あの……私は……」
「いいんだよ、何も言わなくて。返事は求めていないんだ。
でも玲央君と今後何かあって寂しい時はいつでも呼んでほしい」
「……雪春さん」
「でも、お兄ちゃんだという事も変わらないから
何も気にせず今まで通りで、ね」
「……はい……」
「一度しっかりと話をしてみるのもいいかもね
美味しい中華粥のお店があってテイクアウトもできるから
どうかな? 食べやすいよ」
「あっありがとうございます」
今日は麗音愛も、疲れ果てているに違いない。
あんなに想い合って色んな事を語り合っていたのに、話し合いをする勇気は出なかった。
雪春は、また下を向く椿を見つめて車を発進させる。
「団長……病院に行くって言ってました……」
ぽつり、沈黙の車内で椿が言う。
言ってから、今する話題ではなかったと椿は思ったが雪春は頷く。
「言っていたね、本部にまた戻るというから
僕も何かできることはないか、また戻るつもり」
「え! わざわざ私を……すみません」
「いいんだよ、僕の勝手さ。さぁどこに寄って帰ろうか?」
「どうしよう……あ、あの……麗音愛に夕飯どうするか聞いてみていいですか?
任務のあとで眠って……ご飯どうしてるか心配で」
「うん、そうだね。会えるといいね」
さっきの告白の直後に、とも思ったが麗音愛が心配な椿は電話をかけた。