表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

279/472

愛の言葉だけならば



 琴音を抱えたまま、人型妖魔に斬り込む麗音愛。

 翼のある妖魔は、飛び上がるが

 麗音愛ももちろん後を追う。


 ケェン……!


 俊敏な動きをする妖魔が叫び耳に不快な音が響く。

 また湖の方から水音が聴こえた。一匹目視できた。


「先輩! 新手が……!」


「まずは、こいつだ」


 二匹で麗音愛を歯止めさせた事

 車を追わず、琴音を狙った事

 それを考えると、この妖魔が一番知恵がある。


「下ろしてください! 迎え討ちます」


 麗音愛の頬に琴音の唇が触れた。


 ただの偶然のような、琴音にとってはわざとの口付け。

 麗音愛は琴音が動いたからだと特にその行為に気付きはしなかった。


「先輩と一緒に頑張ります!

 絶対死にませんから!!」


「……わかった 離れないように、俺が呪怨で援護する」


「はい!!」


 麗音愛の言葉に感激したように頷く。


 何度か攻防はあったものの、麗音愛は撃ち落とし

 呪怨で援護していた湖畔の琴音も骨研丸を投げた一撃で仕留めたようだった。


 ワゴンバスから本部に応援要請をしたようだが

 浄化だけ頼む事にして、今回の妖魔の進化を詳細に伝える。


 朝までそこで新たな妖魔が出現しない事を確認して帰路につくことになった。

 パソコンで今回の人型妖魔のデータを入力し報告を終え、朝日で輝く湖を眺める麗音愛の顔は、やはり暗い。


「……何かあったんですか」


「だから、何も」


 そんなはずはないと、琴音は思う。

 今までどんな時でも、こんな顔をした麗音愛は見た事がない。


 椿が絡んでいるに違いない。

 喧嘩でもしたのだろうか……。

 憂いに満ちた横顔。

 綺麗で琴音は見惚れてしまう。


「先輩、もしかして……魅了から解けた……?」


「え?」


「いえ、先輩さぁ帰りましょう」


 ニコニコと微笑む琴音だが、麗音愛は何も感じない。

 浄化班と入れ替わるように撤収し家に着いたのは6時前だった。

 携帯電話を見ると、椿からメールがきている。


 マンションのエントランスで待っていたのか

 麗音愛がワゴンバスから降りると走って玄関から飛び出てきた。


 しかし、琴音のワゴンバスだとわかると足を止める。


「じゃあ。お疲れ様」


 麗音愛は琴音に一礼する。


「はい。ありがとうございました」


 ふっと、琴音は車の窓から椿に微笑み、頭を下げてワゴンバスは走り去った。


「……椿……どうして……」


「緊急で、警報がきたし……麗音愛が任務に行ってるって聞いたから

 私も行きたかったんだけど、ダメだと言われて……」


 知恵のある妖魔の出現は、白夜団にとって驚異だ。

 注意喚起のために一斉にメールが配信されたらしい。

 椿はすぐに本部に確認の連絡をしたのだった。


「もう終わったから大丈夫だよ」


「そうだね……顔だけ、無事な姿だけ見たくて……」


「元気だよ」


「……私なんにもできなくて」


「そんな事ないよ、当主として色々している」


 椿は悲しそうに笑う。

 寝ていない顔。

 心配して、張り裂けそうな気持ちを我慢して待っていてくれた顔。


 親友の時には、そっと手を握っただろうか。

 恋人になったなら、迷わず抱き締めて

 温もりで自分が生きている事を感じて……。


 その全てに助けられていた事を実感する。


「部屋まで、送るよ」


 精一杯の微笑みを見せた。


「……うん……」


 ほんの少しの短い時間。触れる事もなく、エレベーターで3階に着く。


「ごめんね、寝不足だよね。

 今日は椿は会議もあるんだし、ゆっくり寝て」


 せめて言葉だけは愛を込めたい。

 でも、加減がわからない。


「れ、麗音愛……あの……」


 きゅっと、着替えた私服のコートの袖を握られた。


「今日はほんとうにお疲れ様でした……」


「いや、椿こそ、いつもお疲れ様……」


 違う、そんな事を言いたいわけじゃない。

 わかっている。

 それはお互いに、椿も……。

 切ない顔。

 抱き締めてほしい顔。

 恋人に抱き締めてほしい女の子が目の前にいる。

 潤んだ瞳で、自分の帰りを待ってくれて愛しい、愛しい女の子。

 口付けて欲しい顔。


 そんな気持ちがわかるほどになったのに……。

 世界で自分しかわからない、恋人の一途な想いなのに。


「愛してるよ……」


 冷たいかもしれない手を、頬に添えた。


「……麗音愛……」


 これなら許してもらえると。

 頬に触れるくらい。

 兄としてでも、それくらい許してほしい。

 愛を告げるくらい兄妹きょうだいとして、いいだろう。

 また心がねじ切られるほど、痛んだ。


「おやすみ、椿」


「……麗音愛……」


 頬に触れた手を下げた。


「……うん……おやすみなさい」


 椿の動揺も伝わってくる。

 あれだけ、触れ合って、愛を伝え合っていたのに戸惑うのは当たり前だ。


「愛してる、椿」


「……愛してる、麗音愛」


 手を握った。

 許されないかもしれない。


「麗音愛っ」


 その手を払われたかと思ったが、椿にぎゅうっと抱き締められる。


 温かさと、抱きしめる腕の強さ。

 戸惑いも伝わって、涙が出そうになる。


「……椿……」


 目眩がするほど、自制心を奮い立たせた。

 優しく背中をポンポンと叩いて、離れる。


「ゆっくり寝てね。待っててくれてありがとう」


「……うん、麗音愛も、休んでね」


 キスしたい、気持ちが今は心を切り刻んで

 キスしていたのに、と潤んで悲しそうにする椿の心がまた麗音愛の心を切り刻む。


 どうしたらいいのか、麗音愛にはわからなかった。

 精一杯、想いを込めて距離をとるしかできない。

 椿にこの事を伝えたら、一体どうなってしまうのか

 そんな勇気はまだ出ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] キスしちゃえって思うけど、そうもいかないですね。 もどかしいなって思います。 椿が知ったらって思うとソワソワしちゃいます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ