人型妖魔襲来~微笑み琴音~
「うぉおおおおおお!!」
真夜中、妖魔を斬り捨てる。怒りのままに、憎しみのままに。
噛みちぎってくる妖魔に刀を突き刺す。
腕に牙が刺さっても、腹を食い破られても逆に痛みが心地よかった。
こんな身体はどうにでもなればいい、と思ってしまう。
腹が立って仕方ない。
苛立ち、苛立つ。
街と街の結界の狭間。
澱んだ穢れが湖に溜まり、無数の群れと巨大な妖魔が出現したが麗音愛の一刀で両断された。
「いつも冷静な先輩が……荒ぶってる……イライラしてる……」
湖畔で玲央を見守るのは琴音だ。
どんなものでも連日任務を入れるように父に言った。
それ以外の会話はしていない。
たまたま今日、琴音との任務だった。
到着までも無言だ。
「苛立つ先輩もかっこいい……強い……」
浜で妖魔を斬り捨てた琴音は、戻ってくる麗音愛を見つめる。
「先輩、お疲れ様です!!」
「あぁ……お疲れ様
浄化もするから、下がっていて」
「え!?
ダメですよ。今日の浄化は浄化班に任せないと……
先輩にダメージが……」
「いいんだ、車に道具があるから。加正寺さんは、車の中にいて」
「そんな事、許可できませんよ」
「この方が早いから。浄化の勉強もしてる。上級浄化ももうできるよ」
もし何かあった時には椿を守れるようにと、浄化術や浄化結界も麗音愛は学んであった。
今日は身体にダメージのある上級浄化が必要だったが、それも気にしない。
ここ最近は浄化を申し出ていて、それに文句を言える団員など誰もいなかった。
「先輩、何かあったんですか?」
「……何もないよ」
「……少し休憩しませんか?」
「いや、必要ない」
道具の置いてあるワゴンバスに向かおうとする麗音愛の顔は
虚ろのような鬼気迫るような、殺気立つような見たことのない顔をしている。
「先輩!!」
真剣な琴音の声にハッとなる麗音愛。
「最近連日、任務を入れてますよね
そんな危険な行為を繰り返しているんですか?」
「……君には関係ないよ」
琴音を見ないまま、麗音愛は呟いた。
湖の波音が静かに聞こえる。
「いいえ、当主として関係なくはありません」
「……当主……か」
否が応でも、当主と聞けば椿を思い出してしまう。
「皆の安全を守る義務があるって言ってるんです」
「俺は別に、死なないし」
呪われたこの身体。
椿を守るために必要だ、と思っていたこの身体に今は絶望している。
闘っていると、椿を思い出す。
それでも黙ってあの家にいるよりはマシだった。
痛みが身体を支配している時だけ忘れられるので任務を選び続けていた。
惨めな逃げでも、そうしなければ狂いそうで――。
「一体何が……」
ドオン……と暗い湖畔で、水面が爆破されたような音が響いた。
「!」
「……残党……?」
あまりに鋭い邪悪な気配に、麗音愛は琴音を背に身構える。
「ここ一帯の封鎖時間を伸ばしてくれ! 高速道路もだ、車の団員は即避難!
結界を張りつつ逃げるように言うんだ」
「えっ、はっはい!!」
「この気配は……尋常じゃない! 加正寺さんも、車で逃げろ……!」
「嫌です!!」
「行け! すぐに避難だ!!」
数体の妖魔が湖面からこちらに向かってくるのが見えた。
「わ、私は此処で戦います!!」
車に避難指示と封鎖を伝えている琴音を見て麗音愛は呪怨で飛び立った。
妖魔は目の前の生物に反応するような愚鈍さがある。
自分が先に立ちはだかれば、琴音や車の団員には襲う事はないだろう。
「……なんだあの姿……」
三体いる事を目視したが、麗音愛はその姿に少し驚く。
化け物の姿には変わりないが
コウモリのような羽根、頭があり、胴体に、腕が二本に足が二本……。
目はなく裂けた口からは無数の牙が見えるが人に似た形をしている。
「人型……」
晒首千ノ刀を構え、呪怨の槍を飛ばし
自分は此処にいるぞ、敵がいるぞ、獲物がいるぞと刺激する。
二体が気付き、こちらに向かってくるが一体は麗音愛ではない方向に向かっていく。
「!!」
もう既に遠くにいる走り去ろうとしているワゴンバス。
そして湖畔にいる琴音。
そちらに向かおうとしている――!!
「くそ!!」
湖畔に戻ろうとする麗音愛を二体が立ちはだかった。
「連携……!?」
腕を硬化し、剣のように振りかざしてくる妖魔とかち合う。
「くそ!!」
どうにかワゴンバスは逃げ切れたようだが、湖畔の琴音に向かっていくのが見えた。
いくら琴音でもこの飛べる人型妖魔相手では分が悪いだろう。
「動くなよ!」
そう首元の通信機に叫び、呪怨の槍を発動させて琴音に放つ。
来る妖魔に備え動こうとする琴音の動きが止まった。
一瞬自分に向かって槍が貫こうとしている、と思うはずだが琴音は麗音愛に忠実に従い微動だにしなかった。
琴音に襲いかかる妖魔を追い越した呪怨の槍は、一気に吹き出し増殖するように琴音の周りを囲む。
『先輩……! 呪怨の結界!?』
「すぐ行く! そこから出るなよ!」
『はい……!』
そうは言ったが、この二体は今までの妖魔とは格段に違う。
剣筋を読み、交互に攻撃をしてくる様をみれば知恵があるのが容易にわかる。
それに加え、爪や牙があり丈夫で身軽だ。
「邪魔だ……!!」
しかし、それで麗音愛が押されるわけはない。
多少の時間がかかっただけで二匹とも斬り落とした。
すぐに琴音の元へ向かうと、呪怨の結界に妖魔が噛み付いている。
「先輩ー! 結界がっ!!」
妖魔へ向かって晒首千ノ刀を振り下ろすが、気配を察して妖魔は飛び立つ。
結界を解除して、琴音を抱き上げた。
「っ! 先輩!」
麗音愛に抱き抱えられ、琴音は頬を染め麗音愛の首元に抱きつく。
つい口元はほころんでいた。
麗音愛は無表情だ。
この一匹は先程の二匹より俊敏で、どんな攻撃をしてくるか未知数。
遠くに離しても、この妖魔は琴音を狙うだろう。
そのまま片手で妖魔に斬り込んでいく。