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第二部・第四章 一変した世界・吐き気が、する

 

 暗いリビングに響く無情な言葉。


「お前と椿ちゃんは兄妹きょうだいなんだ」


 予想もしていなかった言葉。

 耳に入っただけで理解できない。


「何を言ってるの? ……冗談?」


「本当の事なんだ」


 嫌がらせかと苛立つが、口には出さない。


「玲央……」


 直美が悲痛な顔をする。

 まさか、こんな場面で冗談を言わない事などわかってはいる。

 わかってはいるが、理解できない。


「じゃあ俺は……俺は……」


桃純(とうじゅん)(かがり)さんの子供だ」


 また心臓が不快に動く。

 椿の母の名だ。


「兄妹って……俺と椿は……」


 同じ年齢のはずだ。

 そう父を見る。


「椿ちゃんの双子の兄なんだよ……」


「ふ……たご……?」


 それはつまり、紅夜の子供ということだ。

 震えだしそうな手にマナが頭を擦り付けて鳴く。


「そんな……」


「椿ちゃんとの関係は……また一から見直してみたらいいんじゃないか」


 答える事などできない。


「親友として仲良くしている2人は、本当に兄妹きょうだいのようで微笑ましかったよ」


 そんな言葉は何も嬉しくはない。

 兄として接した事など、一度もなかった。


「きっと、また戻れるよ。そうすれば……何も変わらない」


「……」


「お前は父さんの息子だ。

 咲楽紫千家の次男坊だ。

 父さんと母さんの子供。何も変わらない」


「ごめんなさい……こんな事がなければ……

 絶対に言うつもりはなかった……母さんは

 あなたに何もお母さんらしいこともできなくて……」


 嗚咽する直美の手を雄剣が握りしめる。


「それで……血も繋がってないなんてあなたに知られたら……

 うっ……二度と母さんと……呼んでくれないんじゃないかと……」


「直美、玲央がそんな事思うわけ……」


 それでも麗音愛は何も言えない。

 そんな不安があっても椿との交際をやめさせるために母は打ち明けたのだ。

 兄と妹で愛し合ってはいけないと――必死に。


「ごめんなさい……もっと早くあなたに伝えていれば……

 それでもこの……家族を守りたかったの……

 ……どうにか、あなた達が親友でいられたら……と……ううっ……」


 直美の方が取り乱している。

 確かに、何度も何度も何度も……訴えていた……。

 それを何度も否定して、嘘をつき続けたのは自分だ。

 

「……色々とゆっくり伝えていく。

 玲央も混乱しているだろう

 母さんのした事を……どうか許してやってほしい。

 お前の事はもちろん、椿ちゃんの事もとても大事に想っているんだよ」


 言葉は出てこない。

 またテーブルの上のほどけたリボンが目に入る。


「篝さんは、直美の、母さんのとても大切な親友だった。

 とても、とてもね……」


 雄剣の言葉が鼓膜を揺さぶるだけで

 麗音愛は、ぼおっとそのリボンを見つめてしまう。

 

 一体なんだろう、この時間は。

 そんな風に、魂を離脱させたい感覚にもなる。


「母さんは、篝さんの言われた約束を必死で守り続けているだけなんだ。

 ……椿ちゃんのこれからの幸せも背負っていく気持ちで」


 紙袋に入っているだろう、メッセージカード

『椿のこれからの幸せを背負っていく気持ち』を書くつもりだった。


「……椿は知ってるのか……」


 それだけが、やっと喉から出た。


「……知らないだろう……」


「……椿には絶対に、何も言うな。……伝える時は俺から言う」


 殺気を混ぜてしまった声、雄剣も気付いているだろう。


「……玲央」


「……俺の名前は……麗音愛って……篝さんが付けたの?」


 どうでもいい事のように思いながら、なんとなく気が付いて聞いてみた。


「……そう……そうよ……」


「だから、あんなに怒ったんだね

 俺が、タケルって自分の名前を変えた時」


「……そう……」


 あの明橙夜明集に書き込まれた名前。

 あれは篝が書いた、自分の息子の名前だったのか。

 今日と、あの時だけだ。直美がこんなにも激しい感情を(あらわ)にしたのは。


「この俺の呪いは……」


「呪いじゃないの……あなたを守るための……

 うう……篝の愛なの……お母さんの……ううっ」


「……そう……か……」


 椿に対して娘だと言った紅夜も息子がいるなど一切話しはしなかった。

 誰にも気付かれていない、自分の存在。


 なんとなくだが、理解した。

 でも、全てどうでもよい事のように脳内に流れてくるだけだ。

 

 麗音愛は席を立つ。

 マナの頭を撫でて、ソファに座る剣五郎にそっと渡した。


「玲央……」


 祖父はもちろん、知っているんだろう。

 祖父も悲痛そうな顔をしている。

 余裕もないのに麗音愛は微笑んでみせた。


「……疲れたから寝るよ」


「あぁ……ゆっくり受け止めて

 自分と椿ちゃんのために何か聞きたいことがあれば、いつでも聞いてほしい」


「玲央……」


 直美のすがるような声には答えなかった。

 抜け殻のように歩いて部屋に入った途端、力が抜けてドアにもたれたまま、座り込む。


 ポケットに手を入れて、リングケースを取り出してみる。

 呪怨に噛まれた傷の血が真っ白だったケースを紅く染めて汚していた。


 力が抜けて、コロコロと転がっていく。

 大切だったものが、転がっていく。


 さっきまで、恋人を抱き締めて幸せだった想いが粉々に割れて突き刺さって

 椿からの『おやすみなさい』メールに『おやすみ』と返信するだけで精一杯だった。


 ◇◇◇


「おはよう、麗音愛」


 朝、マンションのエントランスでいつものように待っていた椿。

 麗音愛のお下がりのマフラーをして少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「……おは、よう」


 何も変わっていないのに、変わってしまった。

 この世で一番愛しい恋人が……血の繋がった妹だと言われて世界が変わってしまった。


「麗音愛? 顔色悪い……大丈夫?」


「あ、あぁ……いつもの寝不足」


「本当? あの後、お腹痛くなったり気持ち悪くなったりしなかった?」


「まさか」


 ぎこちなかったかもしれない笑顔でも、椿は笑ってくれた。


 昨日のバレンタインデー。

 あの時間は現実だったんだろうか。

 何かが夢だったんじゃないかという気持ちになってしまう。

 でもどちらも夢でも幻でもない。


「良かったぁ」


 ピョコピョコと跳ねるように歩く椿。

 その華奢で小さな身体を抱き締めていたのに――。


「あのねっ週末のデートなんだけどね……」


「あ……」


「ん?」


「……俺、少し忙しくなりそうなんだ」


 指輪を渡すはずだった。

 でもその指輪は、血で汚れてしまった。

 とっさに、言ってしまった嘘。

 椿の幸せのため……なのか、よくわからない。


「そうなの? うん……私も当主会議があるんだったの」


「じゃあ……延期だね」


「そ、そっか……うん……麗音愛……」


「ん?」


「ううん、なんでもない。お互い頑張ろうね」


「うん」


 椿と一緒にいる事が最上級の幸せだったのに、心臓が千切れるように痛む。

 詳しい事など、まだ聞いてはいない。

 それでも、その真実に救いなど無い事はわかっている。

 残酷な事しか出てこないに決まっている。


「今日は、麗音愛は塾だね」


「うん」


「じゃあ……また」


 椿の教室の前。

 椿にぎゅっと手を握られた。

 暖かい優しい温もり。


 それなのに、また心臓が引き裂かれる。痛い。


「またね」


「うん」


 可愛い笑顔。

 綺麗なピンク色の唇が柔らかい事も知ってる。

 華奢な身体の柔らかさも温もりも知ってる。

 潤んだ熱っぽい瞳は自分しか知らない、自分だけのものだったのに。


 (けが)れた事をしていたのか、

 兄として妹に、全ての綺麗な思い出が

 自分の欲望のままに妹を穢した行為のように思えてくる。


 妹?


 信じられない――全てが。

 吐き気がする程、苦しい――。 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 父親違いとかかと思ったら双子…うう、血が濃すぎる…つらい 麗音愛の名前や呪いにはそんな秘密があったのか…
[一言] ここに来ての事実発覚で急展開ですね。 麗音愛たちも大変だけど、作者様も更に大変そうです。 頑張ってー^^
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