バレンタインデー~いらないバレンタインプレゼント~
放課後。
椿は今日は夕飯も作ろうと考えているので1人急いで家へ帰ろうとしていた。
麗音愛には時間だけ伝えてある。
今日は体育で沢山汗をかいたのでシャワーも浴びて、着替えもして
覚えたての化粧もしたい。
今日の楽しかった学校での時間を思い出して、椿は自然に顔がほころぶ。
トートバッグには貰った友チョコがいっぱいだ。
バレンタインデーの夜の為に、何度も練習して、準備をしてきた。
昨日から仕込んである料理もケーキもある。
つい喜びで、ぴょーんと飛び跳ねた、その時。
「姫様」
「……!!」
ギクリ足が止まる。
「闘真……」
「ひ~め様、こんにちは」
いつも以上に無邪気な笑みだ。
だが椿は笑みどころか、冷や汗が流れる。
周りを見回し、犠牲になる人はいないか見渡す。
まだ商店街の近くで人も多い。冷静になれと息を呑む。
コートのポケットに入れてあるスイッチを握る。白夜団に緊急警報を流した。
「……何しに来たの」
「え? 今日ってバレンタインデーじゃないですか」
「……えっ……」
「俺、姫様からのチョコレート欲しいなって思って」
「……」
一体何を世迷い言を言っているのかと唖然としてしまうが、不快感を示して、逆上されても困る。
しかし……椿の心は締め付けられる。
「……クリスマスも……大晦日も」
「え?」
「クリスマスも大晦日も……バレンタインも……
私に楽しむ権利なんてないってわかってる……だからっていつもいつも嫌がらせばっかり……」
握り潰されてしまうのか、今日も。
大晦日のあの戦いの辛さは今もまだ夢に出る。
「嫌がらせ? 何のことです?
姫様には誰よりも幸せになってもらわなければ困りますよ」
「……私の幸せって……」
「父上様の紅夜様の元、ご寵愛を受け、
妖魔の姫として家畜どもの頭を捻り潰し、その美しさを見せつけてください」
家畜というのは人間のことだろう。
「いつもいつも変な事を言わないで……」
「紅夜様の分もお届けしますよ? チョコ」
椿は緋那鳥を具現化させるか迷う。
「帰って!!」
「え」
「お前にやるチョコなんかない!!」
「そんな……」
「誰かを傷つけるつもりなら、私が相手をする!
いい加減、私としても……我慢ならない……」
「姫様……」
クゥンと悲しげな犬のような目をする闘真。
「……姫様のご機嫌が悪いようなので、今日は帰りますよ。
では姫様のために花占いを」
「……なに」
闘真はオールドローズの薔薇を一輪どこからか取り出す。
今日はまだ薔薇の妖魔がいないことだけは安堵する。
「大事な姫様へ……姫様の近い未来は
希望……絶望……希望……絶望……希望……絶望……」
燃やしてやりたい衝動にかられながらも、椿は闘真の隙を伺う。
しかし、冗談を言ったりふざけたような態度だが斬り込んで切れると判断できる隙はないのだ。
椿も成長しているが、闘真の強さも増している。
「……絶望……」
最後の1枚が落ちる。
「姫様、絶望にお気をつけくださいね。
何か困ったら連絡してください。いつでも駆けつけます
血は重たいですよ、俺達はいつも繋がっています」
「消えて……!!」
2人が痴話喧嘩をしているように見えたのか、中年女性2人がヒソヒソと去って行く。
「……あいつら殺しましょうか」
「やめろ……!!」
「はいはい、困った姫様。ハッピーバレンタイン!
ベランダに花束とチョコを置いておきました! 俺からのプレゼントは受け取ってくださいよね」
「……行って」
「姫様、大好き。愛しています。会えて嬉しかった」
そう言うと闘真は横に停めてあったバイクに乗って微笑み去って行った。
それと同時に、急停止で車が停まる。
一瞬身構えたが……。
「椿さん!!」
「雪春さん……」
スーツ姿の雪春が、椿に駆け寄り辺りを見回す。
「警報が鳴って、近くにいたものだから!! 妖魔は!!」
「闘真が来てて……でも追い返しました……」
「そうですか、幹部が接触を。一応この一帯を警戒配備をします」
「……はい」
通話をする雪春の隣で、ポロポロと下を向いた椿の頬を涙が伝う。
「大丈夫、椿さんと玲央君は動かなくていいようにしておくよ。
妖魔の気配もない。警戒配備もBプラスにして僕が巡回する」
「でも……」
ゴシゴシと涙を拭った。
「今日はバレンタインだもんね、夜はデートかい?
きっと頑張って用意してたよね」
そう言われて、また涙が溢れてきてしまう椿。
こんなことで、と思っても止められない。
「でも……原因の私が遊んでるなんて……」
「いいんだよ、街を守るのは大人の役目だ。玲央君と会うんだろう?」
全てが無駄になってしまうと思うと、どうしても涙が溢れる。
泣きながら頷く椿の頭を優しく撫でる雪春。
「ずっと……準備してて……」
「うん、頑張って準備したんだから、玲央君にも何も言わないで楽しんで」
まだ迷った表情の椿の頭をポンポンとふざけたように撫でると、椿も少し笑った。
「今日は僕が指揮をとるから気にしなくていい」
「……雪春さんは、ご予定は……」
「あはは、何もないから御心配なく」
女性に絶大な人気があるのはわかるのだが、雪春からは微塵も女性の気配は感じない。
「……あの、週末の会議の時に皆さんにお渡ししようと思っていたチョコがあって」
「それは嬉しい。乗って、まず送るよ」
「じゃ、じゃあ今渡します。部屋にあるので」
「そのチョコを頂きながら今宵は頑張るよ
玲央君は何時に来るかな? 彼の結界内が一番安心だ」
「えっと7時に来てもらう約束です」
「じゃあバタバタだね」
「はい」
マンションに着いて雪春に少し待っててもらいチョコを渡した。
美子と一緒に行った買物で買ったものだ。
甘さ控え目の有名店でのチョコレート。
「嬉しいよ」
「いつもありがとうございます」
「こちらこそだよ。あ、それが幹部からのプレゼントだね。
行動範囲の手がかりになるかもしれない回収するよ」
ベランダにあった闘真のプレゼント。
大輪の真っ赤な薔薇の花束に、包装された箱が紙袋に入っていた。
開けぬまま、雪春が回収してくれた。
「……本当に、今日の任務は出なくても」
「いいんだよ、大晦日ほどの出来事がなければ大丈夫」
「何も無いことを祈ります」
「大丈夫さ」
雪春は優しく微笑むと、去っていった。
本当に任務に出なくて良いのか、迷いはある。
その場で少し佇み考え込んでしまったが、雪春からメールが届いた。
『時間がないよ! 準備頑張って!』
ハッとして手際の悪い自分では今すぐ準備をしないと間に合わないと椿は部屋に戻った。
頭の片隅に、いつもある罰姫としての運命。
◇◇◇
「こんばんは、椿。今日は呼んでくれてありがとう」
玄関で照れたような笑顔の麗音愛に小さなブーケを渡された。
豪華なものではなく、たまに商店街で椿が足を止めるワンコインのテーブルフラワー。
椿がいつも可愛いと言うガーベラ。
「……麗音愛」
靴を脱ごうとした麗音愛に、椿はそのまま抱きついた。
普段こんな事をしてこないので麗音愛の心臓は飛び跳ねる。
「つっ椿……」
でもすぐに椿の傷ついた心に気付く。
「どうしたの? 何があった?」
「なんでもないの……」
「なんでもある、話して……?」
責めるようではなく、優しく抱きしめながら頭を撫でた。
「……闘真が……来た」
「! 大丈夫だった? 何か」
「チョコ欲しいって言ってきて、すぐ帰っていった」
「あいつ……何考えてるんだ。
俺のとこには何も連絡きてなかった……警戒になってた?」
すがりつくように抱きついてくる椿を、また強く抱き締める。
「私達は今日、お休みでいいって雪春さんが」
「……そっか、うん、じゃあお休みしよう」
「……いいのかな」
「いいよ、いいんだ」
麗音愛には椿の迷いもわかる。
「……うん……」
「俺のために、今日は休んでほしい」
「麗音愛」
こうやって強引に説得した方がいい時もあると麗音愛はわかってきた。
「今日すごく楽しみにしてたんだ。ワガママだけど……俺、
……お腹が減りました」
「……あっ!! ごめんね立ち話させて」
「いいや」
「入って、麗音愛。すぐ準備するね」
椿の幸せを守るには必要なこと。
甘い時間は自分にも必要だ。
椿が紅夜の娘であることを、忘れる時間を創りたい。
いつもありがとうございます。
次は甘い時間にしたいと思っております。