仔猫と愛月姫
「え……? 猫?」
直美が驚きの声を出す。
咲楽紫千家のドタバタの朝。
麗音愛は剣五郎と一緒に、母の直美にお伺いを立てた。
「儂も老い先短いが……子猫の写真を見たら
まだまだ頑張らんと! と思ってな
もし家族皆がいいのであれば……飼いたいと思うて……」
「俺も病院とか、何かある時は協力するよ」
「へ~ 可愛いじゃん」
剣一も西野お手製のポスターを眺める。
今回引き取る子猫は、白とグレー模様の愛らしい姿だ。
「じーちゃんの生き甲斐になるんだったらいいんじゃない? ボケ防止にさ」
「何を言うか!! まだまだ負けんぞ!!
引退だって本意ではなかったし……」
「まぁ、そういう話は置いておいてさ…… 母さんどうかな?」
「……ん~……大変よ?」
麗音愛は西野からもらった子猫の動画も直美の目に入るように
にゃあ~にゃあ~と映す。
「……可愛いわね……」
「アニマルテラピーって効果もあるし、母さんも疲れた時に子猫に癒してもらえるよ」
「随分、必死なんだな玲央」
「俺の友達の西野ってやつが今面倒見るんだけど
すごい苦労してるのか、ずっと落ち込んでてさ……」
「猫で?」
「一匹怪我したり大変みたい……それだけじゃなさそうな雰囲気もするんだけど、猫は可愛いし!
じいちゃんが良いならさ、いいんじゃないかな」
「鹿義さんは猫ちゃん大丈夫なの?」
「え? 鹿義?」
唐突な質問に驚く。
「鹿義さんが、猫アレルギーとかで家に来れなくなったら大変でしょう?
そこは確認しないと……」
「あ、あぁ……そこは考えてなかったけど……うん確認する」
「もうすぐバレンタインデーね。デートはするの?」
にこにこと直美は微笑みながらマフラーを首に巻く。
「いや……あ、うん。するする。するよ。
またケーキもらえるかなあ~?」
麗音愛は思いついた事を適当に言う。
「うふふ、そう。仲良くやっていて良かったわ。
今度ご両親もこちらに来るそうだからその時また皆でご飯を食べましょうね」
「ええ!?」
「しっかり、ご挨拶してね
猫ちゃんは、男の子? 女の子?」
「女の子だって」
「そう、可愛い名前を付けるのよ」
「じゃあ、いいんだね!」
困惑の会話が続いたが、最後の母の承諾に麗音愛の瞳が輝く。
「剣一、今日は大学の後におじいちゃんと色々必要な猫ちゃん道具の買い出しに行ってきて」
「え!? 俺が!? せっかくの白夜休みなのに……
まぁ仕方ないかー了解っす」
「いつもありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、お母さんは行ってきます!!
あ、玲央君」
「なに?」
「椿ちゃんにね、美味しいケーキ屋さん聞いたから
今度一緒に行きましょうって言っておいてね。
椿ちゃんにアレルギー体質はないはずだし、猫ちゃんにも会いに来たらいいわ」
「ん……うん、わかった」
直美はバタバタと行ってしまう。
剣五郎は複雑そうな顔で麗音愛を見たが
麗音愛に笑顔で振り返られると、慌てて笑顔をつくる。
「じいちゃん! やったね!」
「あ、あぁ! 猫を迎えられるな!!」
「我が家に、とうとうペットがかぁ~……
じいちゃん名前何にすんの?? センスいいのにしてくれよ~」
「むう……そうじゃなぁ……
女の子だし、白夜様の愛月姫にあやかって
ラブちゃんどうじゃろうな」
「あやかってるのかよ。それ
愛月ちゃんでいいんじゃないの」
「さすがにそれは恐れ多いだろう……」
「……愛月姫? ……誰??」
また聞き慣れない名前に、麗音愛は首をかしげた。
◇◇◇
椿の家のリビング。
「愛月姫は、白夜団開祖の白夜神様のお嫁さんだよ」
椿が自分の明橙夜明集をめくり、見せてくれる。
そこには、教科書に出てくる歴史絵巻のような絵で
白夜神様の隣に天女のような格好をしている女性が描かれていた。
「お嫁さんなんかいたんだ」
「えへへ、白夜神様を支えた御一人と言われているだけなんだけど
私はお嫁さんなんだって、ずっと思ってたの」
「椿、可愛い」
親バカならぬ、彼バカである。
イトコンからのミラクルレベルアップだ。
「び、白夜様とずっと一緒にいる女性だから……」
「うん。きっとお嫁さんなんじゃないかな」
「そうだよね、きっと」
ふふ、と嬉しそうに笑う椿。
椿の明橙夜明集には『咲楽紫千家・晒首千ノ刀』のページに『麗音愛』の文字が書かれている。
それが何を意味するのかわからない。
椿があの屋敷での事を思い出してはいけないと思い、麗音愛は明橙夜明集を閉じた。
「猫ちゃん、楽しみだね」
「うん、色々準備してるよ」
「あ、あのね。バレンタインデーに……会えるかな?」
椿の申し出にドキッとする。
「うん、もちろん」
「平日だから夜に私の部屋に……来てもらってもいい?」
「ぜ、絶対行くよ!」
「良かった、夕飯も作ってもいい……??」
「ほ、本当に!? めちゃくちゃ嬉しい!」
胸の高鳴りが隠せない。
バレンタインまでにまた精神修行に励もうと決める麗音愛。
「ちょっと、2人の世界作りすぎだからぁ!!
味見して~義理チョコ用の試作品」
梨里が台所から叫び、チョコのいい香りがリビングに漂う。
義理チョコ用とは思えないミニチョコパイが綺麗に並んでる。
「すごーい!」
「鹿義は毎度すごいな~」
そう言うと、ぎゅっと学ランの手首を握られた。
ちょっと、口を尖らせたような顔。
「わ、私も……バレンタイン頑張るから……」
もしかして、嫉妬?
そう思うと、麗音愛は変に嬉しさが込み上げる。
「おい、もう門限だろ玲央、まだいんのかよ」
風呂上がりの龍之介が、麗音愛を睨む。
「ま、まだ来てほんの少しだもん、私がいてって言ったの」
そのとおりで任務を終えて、少し顔を見に来てまだ15分。
「バカ龍はケツの穴ちっさいから!
気にしなくていいよ~。せっかくコーヒーも淹れたし」
「お手伝いする~!」
パタパタッと椿は手伝いに台所に走る。
「お前……」
「なんだ」
「あのバニガ、着せたのか?」
「え?」
「あの白バニをまた……着せたのか??」
「何を言ってるんだよ!!」
アリスの喫茶店の衣装は、それぞれの役割の担当者に
ご褒美として配られたのだ。
麗音愛は休んだ担当に衣装を渡したが、椿は困りながらも持ち帰った……事は知っている。
「ほっ。だよなぁ……お前にそんな勇気がな……あるわけが……」
「何ブツブツ言ってるんだよ」
「でもそろそろ、梨里と本気で付き合わねーと
母ちゃんにバレるぞ? 琴音もいいぞ~いい子だべ」
「お前がまだ椿を好きなように
その代わりに他の子と付き合えるわけないってわかるだろ」
「はん、さっさと別れろよ」
龍之介はブツブツ言っているが
白夜団に、椿との交際をバラすことはしていない。
それは琴音も同じようだ。
そろそろ両親にも伝えなければ、と思う。
先日、美子に頼んで一緒に指輪を買いに行った。
美子が椿に聞いたところ
椿は照れながらも、シンプルな石も模様もない白金の指輪を選んだという。
美子との買い物を思い出し回想する。
「結婚指輪よね~もう、このデザインは」
美子が店で、指輪を指してそう言った。
「石とか付いてなくて良かったのかなと思うけど……椿の好みそのままでプレゼントしたいし」
「うん、椿ちゃんの好みに合わせるべきよ」
店員には、2人が恋人同士ではないと美子が笑って話したので様子をニコニコと見守られた。
「裏にお名前や記念日など刻印する事ができますよ」
「わぁ、素敵ね~シンプルな指輪だから結構文字数入るんじゃない?」
「な、名前か~……どうしよう重くないかな……」
「しっかり名前入れておけば?
そんなのダミーとか言われる可能性あるじゃない」
「う……そうだな」
「ここのブランドで刻印入、これを見せれば婚約してるって言っても大丈夫なくらいよ」
「こ、婚約……」
「そのくらいの気持ちあるんでしょ?」
「もちろん」
幼馴染にニヤリと笑われ赤面しながらも、刻印を申し込む紙に『REONNU TO TUBAKI』と書いた。
いつの間にか、麗音愛という名前も椿に呼ばれれば嬉しくなる。
しかし店員にはスペルを何度か確認された。
リボンの色も決めて、一言添えるメッセージカードだけ先に貰った。
「麗音愛? コーヒーはい、どうぞ」
不思議そうに見つめる椿の声にハッとする。
「あ、ありがとう」
サプライズプレゼントが出来上がるのは、少し時間がかかるが
椿はきっと喜んで微笑んでくれるだろう。
いつもありがとうございます。
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バレンタイン話まだ続きます。