切断
夜の公園での血の臭い。この気配。
「猫……!!」
摩美が叫んで走り出した。
「ど、どうしたの!?」
男子生徒も続いて走る。
月の無い夜。いつもより暗い茂みに、動く肉の塊。
「……!!」
妖魔だ。
「う、うわぁああああ!」
異質な化け物の姿を見て、男子生徒はひっくりかえる。
「あんた、見えるの……」
低能の妖魔だが、見るのにはそれなりの力が必要だ。
しかし、そんな事よりも1メートルほどの小型の妖魔が子猫を襲っていた。
小型の低能は、命令での制御は不可能だ。
子猫の1匹は二本生えた鋭い爪で切られたのか、小さい身体が血で濡れている。
3匹が塊になりながら逆毛を立てて必死に鳴いて威嚇していた。
「猫ぉ!! や、やめろぉおおお!!」
愛着が湧くと辛いので名前は付けないと言っていた。
たかだか数日の付き合いの子猫。
小型とはいえ、殺傷力は十分にあるのがわかる妖魔の前に男子生徒は飛び出した。
「殺すなぁああああ!」
「バカ!!」
子猫達を抱きしめた男子生徒に反応し
大きな獲物が目の前に現れたと、容赦なく妖魔は爪を振り下ろす。
「ぐぅっ……!!」
男子生徒は目を瞑った。
……が爪は襲ってこない。
そっと目を開けると、バラバラになった妖魔が目に飛び込んでくる。
「う、わわわ!!」
何かに引きちぎられたかのように緑の体液の中、ヒクヒクと蠢く。
「ひぃ!」
そして、じきに動きが止まる。
じゅわ……と煙があがるのを見て、子猫達を抱き上げた。
「……に、逃げよう!!」
男子生徒は今更かのように摩美に叫ぶ。
摩美は目を見開き、唖然と呆然と立ち尽くしていた。
男子生徒は摩美の手を引っ張る。
「に、逃げ……!」
「……もう死んでる」
「で、でも……!!」
「さっさと行きなよ!! 猫達の病院行って!!」
怪我をした猫は耳を切られていた。
怪我は命に別状はなさそうだが、体力が心配だ。
摩美に手を伸ばす子猫達を落ちないように震える手で抱きしめ押さえる。
「……う、うん……でも、あの俺……」
「なに!? 早くどっか行って!!」
「一緒に逃げよう!」
「いいからどっか行って!! 殺すよ!!」
摩美の手元にある縄は……緑の粘液で汚れていた。
「……わかった……
……あの、少しの間だけどありがとう……」
「何が」
『何が』それには明確に答えられない。
「さっき、助けてくれて、ありがとう」
「!」
男子生徒は摩美が妖魔を殺したのだと、察した。
だけど、それについての感謝だけではなかった。
「ありがとう、また……」
「誰かに言ったら殺す」
しかし、それとは真逆に睨みつける摩美。
「……言わないよ……じゃあまた」
「……」
「あの、俺、西野栄太……」
「……早く行って……!! 二度と此処には来るな」
「……君も無事でいてね……」
摩美の尋常ではない気迫に、西野は心配な想いを留めその場を去った。
ガクンとその場に座り込む摩美。
目線の先にはバラバラになった妖魔の死体が風にさらされ穢れとなってその場を汚していく。
「……妖魔を……殺しちゃった……
私は……紅夜会なのに……あんなの……助けるため……に?」
呆然とする摩美の耳に、かすかに子猫の鳴き声が聞こえた。
◇◇◇
昼休み、椿が麗音愛の元に来ておしゃべりをしている。
「今日、美子ちゃんとお買い物してくるね」
「いいね、楽しんできて」
「うん」
今日は美子が椿に指輪の話をしてくれる日だ。
椿の好みはどんなものか、楽しみでもあるし不要と言わないかも心配だ。
仲良く、微笑み合う2人の後ろで、机につっぷし暗い空気を放つ西野。
「西野どうした?」
「……俺はどうしたら良かったんだ……
魔法少女? ……夢……だったのか」
「魔法少女? アニメか?
魔法少女ってフィーなんとかってやつ?」
違っただろうか? 殺戮少女?
思い出せないが麗音愛の脳裏に、琴音の元婚約者の崇君が思い浮かぶ。
「あ! な、なんでもないよ」
「西野君もはい、チョコどうぞ」
「あ……ありがとう……」
西野が買って摩美にあげたチョコだった。
摩美の顔を思い出す。
2人で楽しく食べよう、なんて思っていたのに突然残酷に切断された2人の時間。
「元気ないな、大丈夫?」
「玲央……」
「なんでも話せよ」
「……猫飼わない?」
「ん?」
「猫?」
麗音愛と椿が顔を見合わせる。
「友達に言うと負担かなって思ってて……言わなかったんだけど
俺、猫を保護しててさ」
ガサゴソと1枚のポスターを取り出す。
「わぁ……子猫ちゃん」
「あ、これ見たよ、西野だったんだ。担当Nしか書いてなかったし……
なんで相談してくれないんだよ」
「最近忙しそうだしさ、玲央はなんでも背負い込むだろ
だから言いたくなかったんさ」
「……西野」
「でも、ちょっとピンチなんだ……。
こっちの猫が耳を怪我してて俺の家で2匹買うって母ちゃんどうにか説得したんだけど
さすがに……3匹は無理そうで……」
可愛い子猫の写真を見せてくれる。
耳を怪我している子猫も元気そうだ。
「そっか……うちはみんな忙しくて、猫が可哀想なんだよな」
「そうだよな……」
「でも、じいちゃんがな。最近寂しそうなんだよ。
家で1人の時も多いし」
「まじ?」
「うん、聞いてはみる。将来的には、うちもみんな忙しさも落ち着くと思うし……」
紅夜を倒せば、平穏な日常になる――そう、思ってだ。
「さんきゅ!!」
「私もお友達に聞いてみるね」
「椿ちゃんありがとう!!」
少し西野にも笑みが戻って、麗音愛も椿もホッとするが
疼く心は切ないままで、あの少女を西野はまた――思い出す。
激しい言葉を発しながらも、潤んでいた彼女の瞳を。