第二部・第三章初夢と初詣
暗い……暗い……湧き上がる……闇が晴れていく。
『ねぇ直美』
セーラー服を着た、長い髪の少女。
新緑の木漏れ日が揺れる木の下で微笑む。
美しい少女は椿に似ていた。
『ねぇ、直美……
あなたは白夜団団長になってね』
『何を突然言い出すの
私がなれるわけないでしょう』
同じ制服を着たショートボブの少女が呆れたように笑う。
『なれる方法がありまーす』
『はいはい、どんな方法かしら』
『雄剣さんと結婚して、咲楽紫千家に入ればいいのよ』
長い髪の少女はおどけたようにクルクル回りながら言う。
『はぁ!?』
『咲楽紫千家は七当主だし、雄剣さんは絶対、直美が好きだし!』
『はぁ~……また突拍子もない事を……』
『お願いよ、直美
あなたには団長になってほしいの』
急に真剣な顔になり、一層美しさが際立つ。
長い艷やかな髪が揺れる。
『使命があるの、私。選ばれちゃった』
『……篝……?……しめい……?』
緑色の葉が徐々に変色し紅く、紅く紅く染まり
紅葉が吹き舞い、篝と呼ばれた少女の姿が見えなくなっていく――。
「か、篝……!」
「直美、大丈夫か」
デスクでハッと起きる直美。
雄剣が心配そうに顔を覗き込んだ。
2人は本部で同じ部屋で仕事をしていたのだった。
「あ、私寝てしまったの……」
「うなされていたよ、大丈夫かい」
「え、えぇ……」
直美はパソコンの日時を確認し苦笑する。
「今のが今年の初夢だなんてね」
「篝ちゃんの夢を見たのかい」
「……ええ、子供の頃のね」
「……そうか。
ブローチ良かったのかい? 君の大事な……」
「ええ、何も残せなかったんだもの……少しでもね」
「直美、少し休んだ方が……」
「何もしないで黙っている方が怖いのよ、選んできた道が全部間違っているんじゃないか。
正しい事ってなんなのか……私を恨んでいると言われる夢も見るの
……当然よね……全部間違っていたんだもの……」
「何もかも背負わなくていい、僕もいる。誰にも未来はわからないよ」
「雄剣さん……」
雄剣が先に椅子に座る直美を抱き締める。
涙は出ぬまま、直美はその胸にすがるように寄り添った。
◇◇◇
激闘の末でも恐怖や不安を乗り越えた後は、静かに過ごす事を誰も望まず
咲楽紫千家での新年会は皆で笑いあった。
1日遅れの年越し蕎麦を椿は喜んで食べた。
その夜、椿は1人の部屋へ戻るのもという事になって客間に泊まることになった。
椿のパジャマの姿を見て、ドキリとした麗音愛だったが
やはり疲れは残っており皆すぐ眠りについた。
快晴の朝。
積もった雪はもう溶け始めている。
「はい可愛い! 着物椿嬢の出来上がり~」
「おお……まるであの日の婆さんのようだ」
せっかくの正月だ。剣一が祖母の着物を椿に着付けたのだ。
「こんな素敵なお着物を着せて頂いて、ありがとうございます」
佐伯ヶ原はいないので、髪は椿が雑誌を見て三編みにし、そこにかんざしを刺した。
照れたように微笑む椿は、やはり可愛い。
だが家族の手前麗音愛は何も言えない。
でも2人で照れて微笑み合うと幸せの花が咲いた。
「……玲央君……お前……」
そんな2人の姿を見て、何かを察し固まる剣五郎の肩を剣一がバンバンと叩く。
「なぁ2人で初詣でも行って来いよ!」
「でも、こんな雪だと着物が汚れてしまいます」
「俺も出かけるから送ってあげるよ」
「帰りはタクシーで帰ってこよう。じいちゃんも行こうよ」
「……儂はいい。2人で楽しんできなさい」
「でも、おじいさま……」
「お小遣いやるから、美味しい物食べて好きな物買って遊んできなさい」
「昨日お年玉を頂いたばかりですよ~」
「まぁ、じいちゃんは転んだら大変だしな」
「馬鹿者、そこまで耄碌しとらんわい」
「あはは、じゃあ玲央エンジンかけといたから、先に待っててくれ」
剣一が投げた鍵を麗音愛が受け取る。
冬のスポーツも好きな剣一はエンジンスターターを車に付けているのだ。
「じゃあ行こ」
「はい、行ってきます」
着物の椿を気遣いながら、麗音愛が玄関を出て行った。
「……剣一、あの2人……まさか」
「そだね。じいちゃんは孫の味方してくれよな!
じゃ行ってくる。とりま秘密にしてやれよー!」
一気に静かになった部屋。
剣五郎は一度、携帯電話を持ち上げたがそのまま机に置いて
自分の部屋の仏壇の前に座り、写真のなか微笑む亡き妻に話しかけた。
「ばあさん……麗音愛が……」
◇◇◇
咲楽紫千家が初詣に行く神社は、小さな神社だった。
剣一の車から、着物の椿を麗音愛が支え下ろす。
「転ばないように……」
「うん、ありがとう」
「じゃ、俺は行くから。帰りはお前しっかりやれよ」
「わかってる!」
走り去る剣一の車。午前中だけ休みで午後からは本部に行くようだ。
小さい神社だが、さすがに人は多くいる。
一礼して鳥居をくぐった。
「兄さんがあんなに元気に戻れたのは、椿のおかげだよ
加正寺さんの怪我も治して冗談じゃなく聖女みたいだ」
紗妃との戦闘で肩を切られていた琴音は縫合を受けていたが女の子の身体に傷が残るのは、と椿が治療した。
琴音は感激したようにお礼を椿に言ったが、その後に麗音愛には連絡しなかった事を哀しむメールがきた事は椿には言っていない。
「私なんて真逆の存在なのに……」
「なんでだよ、聖女の力だよ」
「この力に感謝しないとだね」
「その力を使ってみんなを守ってくれるのは椿の意志で、椿の力だよ。
菊華結界も以前より格段に威力が増して妖魔の発生が抑えられるようになったって
紅夜会の奴ら、きっと悔しがってる」
「うん……いつも紅夜会は私達をすぐにどうにでもできるっていう態度だものね
そういう状況も変えていきたい……」
「変えていこう、そして必ず俺達で倒す」
「うん」
「でも、ここで願うのはもっといい事にしようね」
「そうだね、何がいいかな……きゃ」
雪の上を歩く椿が滑りそうになり麗音愛が支えた。
「つかまってて」
「え……で、でも……」
「転んだら危ないから捕まってるって、みんな思うよ」
「……うん」
「でもさ俺達の事、もう話してもいいんじゃないかな」
腕につかまったまま、2人は歩く。
「身分違いっていうけどさ、咲楽紫千だって七当主の1つなんだからそんな差はないだろって思うんだよ」
ため息のように、麗音愛の口から白い息がこぼれる。
その横顔を見て椿は少し考えていた。
「……麗音愛お願い、まだ言わないでほしい」
「椿……」
「今日も、傍にいられて……それだけで私は幸せなの」
麗音愛は騒動になったとしても、交際を認めさせると思っているが闘いが続く日々。
この平和な時間すら椿が心を痛める時間になったら……そうはしたくない。
「椿の望むようにするよ」
「ありがとう」
「いや、これは俺のワガママみたいなもんだし」
「ううん……私が」
「でも、ずっとは隠してはいられないからね」
「うん」
「意味わかってる?」
「ん?」
「……いや」
「えー?」
「あ、甘酒売ってるよ」
「飲みたい……!」
「飲もう!」
対紅夜として闘う自分達
そして、17歳の自分達。
どんな風に未来は交差していくのか、想像もつかない。
女々しいかなと思いながらも
麗音愛はずっと2人で一緒にいられる事を願った。
そしてそれは、椿の願いと同じだった。