大晦日結界修復作戦~結界集結!孤独の闘いの果てに~
零時、年明け直前。
ピタリと雪が止んだ。
そして分厚い雲が裂けるように月明かりが見え始める。
麗音愛は展望室の上空、電波塔の鉄骨に足をかける。
そういえば琴音を忘れていたと思ったが、電波塔周りの地上班に回されたと
今、剣一が教えてくれた。
『結界締めが開始すれば、お前とは通話はできないだろう。自分の判断で頼む』
「了解」
『玲央』
「うん」
『椿ちゃんを危険な目に合わせて、すまない』
「悪いのは紅夜だ。兄さんが謝る事ない……兄さんも怪我しないでよ」
まだ二十歳で、これだけの状況の指揮をとっている兄をどうして責められようか。
『あぁお前もな。そろそろ電波塔からは離れろ』
「うん、後で」
「後でな」
これから、それぞれの孤独な闘い。
展望室の灯りが見えていたが消されたのか暗くなる。
麗音愛の瞳にも光の柱が見える。
六つのポイントだ。
まずそこに膨大な光が集まっている。
聖流を整える。それがどれだけの作業で兄達に負担がいくのかわからない。
そしてその隙間から妖魔が一斉にこちらに向かってくるのが見えた。
晒首千ノ刀を構える。黒の翼が開いていく。
もう一度、展望室を見てから麗音愛は飛んだ。
◇◇◇
椿は、何が起きるかわからないので団員は皆この展望室からは離れさせた。
灯りも消え、暗い。
「菊華聖流保護結界、桃純家当主、桃純椿が要を締めさせて頂きます」
一人呟き、正座のまま頭を下げ最敬礼する。
伝承はされているが、修復を続けてきた記録だけで
ここまで破壊され実際にこの結界を締め直した事はない。
いつも傍にいてくれる麗音愛がいない――。
頭を上げ祭壇で座りながら、椿は握りしめた手が震えている事に気付いた。
シャラ……と胸元のネックレス。
団員に少し眉をひそめられたが、これだけは身につけていたいと願った。
長い純銀のネックレスから繋がれた第二ボタンを椿は握りしめる。
月明かりが不意に椿を照らす。
全世界で新年へのカウントダウンが始まった。
『菊華聖流保護結界集結を開始する……!』
剣一の叫びは、ノイズが走り通話が遮断された。
一気に椿のいる地点に聖流の波が押し寄せる――!!
「う、うああああああ!!」
六方向からの強い衝撃に椿の身体が引きちぎられそうに痛み、たまらず叫ぶ。
それでも必死に歯を食いしばり、六方からの力を束ねる事に全力で集中した。
◇◇◇
剣一は林の祭壇で空を見ながら
通話でそれぞれの地点に指示を出していた。
「剣一君!! 無茶よ!!」
「無茶でもやるんだ!! 雪春さん! まだそっち少し足りない!」
通話の向こうで雪春が応答し、通話を切り、また別方向の地点へ連絡する。
「なんでそんな調整がわかるんだよ! この人はぁ!!」
聖流が剣一に負荷を与える事はないにせよ
術者や土地神の力や霊脈なども混ざり合った
六方からの聖流量を調整するという常人には理解できない作業をし続けている。
整った鼻から血が流れ出て、無造作に拭った。
「亜門! お前はもう少し頑張れ!!」
「やってるに決まってるだろ!! ちくしょおおおおおおおお!!」
同じように、龍之介も梨里も最後の力で力を調整していた。
◇◇◇
斬る、斬る、斬って、斬って、斬りまくる。
聖流が集まる場所だ。
妖魔は自殺しにやってくるようなものだ。
しかし、この電波塔に激突でもされたらどうなる。
刺す、刺して、捨てて、また刺す。
血しぶきが飛ぶ、どっちの体液かもわからない。
痛みなど感じない。
痛むのは胸だけだ。
光が集る場所でただ一人過酷な運命のなか、何もかもを背負う少女への想い。
「ぐうっ!」
自分を貫いた妖魔、それを侵食するように呪怨が妖魔を喰っていく。
「指一本触れさせない……!!」
傍に、傍にいなくともわかる、
椿の苦しみも痛みも――!!
「椿……!!」
◇◇◇
声が聞こえた気がした。
「麗音愛……」
椿の手から血が滴り落ちる。
苦しい――。
それでも、この聖流は皆の想い。聖なる力。
拒絶されているのは、この身の血の呪いだ。
この聖流でいっそ、焼き尽くされてしまえば楽なのかもしれない。
浄化されるべき運命なのかもしれない。
菊華聖流保護結界だけ成功させ、この身は滅ぶ。
それが一番美しい終わり方で、紅夜に対しての復讐になるかもしれない。
自分に価値などない。
生きてる意味もない。
穢らわしい、罰を背負った穢れ姫。
存在してはいけない命。
痛みと苦痛のなかで、そんな事を思い出してしまう。
自分がいなければ、自分を苦しめるために動く紅夜会の非道もなくなるのか――。
ここで消滅すれば、もうこんな痛みもなくなる……?
ポタポタと、椿の頬を血の涙が流れる。
感覚がなくなっていく、手の中に握られたボタン。
『椿……』
心に声が響く。
……それでも、また会いたい、あの人に。
『椿……』
優しく、微笑んで、名前を呼んでくれる、あの人に。
必ず戻る、その言葉に自分も応えた。
「ま、負けるもんか……!!」
自分の命を差し出そうとした椿が、また眼光に命の火を呼び戻す。
それでも六方からくる強い聖流。
まとめようとして、また強い衝撃がその身を痛めつける。
「……お願い……!!」
握った両手が、そんなものは無駄だと引き剥がそうとする。
「うう……ダメ……まだ!!」
最後の調整がうまく、いかない――!!
その時、展望室のガラスが割れた。
「!」
激しい音に一瞬身が揺らいだが、しっかり後ろから抱きとめられた。
「一緒に願おう、椿」
「れ、麗音愛!!」
全ての妖魔を倒し、もうボロボロになった麗音愛が、椿を後ろから抱きしめ椿の拳を握った。
開きかけていた拳がしっかりと握られた。
ジュワッと麗音愛の手のひらが焼けていくが、麗音愛は離さない。
「大丈夫、椿ならできるよ」
「麗音愛……」
「目を閉じて」
「……うん!!」
椿は自分の力が何倍にも増幅したかのように感じて、一気にその力で聖流を束ねる。
手に感じる、背中に感じる愛が自分を強くしてくれる。
此処にいていいと言ってくれた、価値を与えてくれた、愛してると言ってくれた。
優しい、誰かを想う愛情。
こんな気持ちがきっとこの結界に沢山流れている――!!
「お願い、華よ、開いて――!!」
そして、解放し手放した。
菊華聖流加護結界が輝き発動する。
華が開くようにパァン! と弾けた衝撃で椿の身体は舞い上がろうとしたが、麗音愛がしっかり抱きとめる。
激しい光は一瞬で消え、また闇になった。
祭壇が軋み、壊れた。
座り込んだまま椿も麗音愛を抱きしめる。
「……麗音愛」
「終わったね」
「うん、うん……麗音愛」
最後の力で、椿は2人を紫の炎で包む。
麗音愛のただれた手のひらを炎が包み込む。
涙が止まらない。
「麗音愛、麗音愛……愛してる」
「俺もだよ、無事でよかった……愛してる」
「怖かった」
麗音愛は抱きしめた椿の頭を撫でる。
「うん、1人でよく頑張ったね」
「私……死にたくなかった」
「当然だよ」
「麗音愛にまた、会いたかったから」
「うん、俺とずっと生きていくんだよ」
「麗音愛……」
「みんなのためにありがとう」
「麗音愛もありがとう、いつも助けてくれて……」
紫の炎が強まり、麗音愛の怪我が治っていったが
椿がくったりと麗音愛にもたれた。
「大丈夫、傍にいるよ、眠って。治してくれて、ありがとう」
「うん……絶対、傍に……いて……」
「うん、おやすみ椿……」
優しく額にキスをすると、子供のような微笑みを見せた。
力を使い果たし、寝息をたて始めた椿を抱き上げる。
サイレンの音が鳴り響き、雪がまた降り始め新しい年が明けた。
次にくるのは希望なのか、絶望なのか、それでもまた――生きていく。