琴音の思案~私が、あの人の事好きだって思ってます?~
窓もない研究所の白い廊下。
誰も歩く者はおらず、琴音と2人きりだ。
「俺に知っておいてほしい事?」
「……私が、あの人の事好きだって思ってます?」
「……そりゃあ、婚約したという事はそういう事だと思ってたけど……」
ふっと、哀しむような笑みを浮かべる琴音。
「先輩は純粋ですね……私はあの人を好きな気持ちなんて1ミリもありません」
「じゃあ、どうして……」
「全ては、白夜団浄化のため、つまりは打倒紅夜のためですよ」
「……それがどうしてあの人と婚約する事に……?」
困惑した顔をしているだろうと、麗音愛は思う。
「七当主の武器はもちろん強い。
それを使いもせずに私腹を肥やしぬくぬくと金持ち暮らしをしてきたんです。
今回末子の崇さんが当主になったのも兄弟間でのスケープ・ゴートですよ」
誰もやりたがらない事を兄弟で押し付けあったという事か。
「皆、明橙夜明集を継ぎたくないので押し付けられた無能者なのです
同化すれば前線での闘いは絶対。きっと彼は刀を投げ出します」
確かに見た目は、まるで頼りにはならなさそうだった。
つまりは、加正寺家本家の骨研丸が琴音の目的だということか。
「でも婚約までして? ……自分の人生をそんな風に使うなんて」
「今は……私しかこの役目はできないんです……」
哀しげに琴音は微笑む。
「この考えは加正寺さんが1人でやっているの?」
女子高生の琴音の独断でここまでの事を進めたとはどうも思えない。
「今、使える明橙夜明集を集めようと、絡繰門当主を中心に動いているのです」
「雪春さんが……加正寺さんにこんな事をしろと?
誰かが犠牲になって、明橙夜明集を集めるなんて間違ってる!」
「命令されたわけじゃないんですけど……玲央先輩はやっぱり優しいです」
「俺は、あの人の……目的のために手段を選ばないところは……」
ここに来るまでに少しわだかまりが溶けたと思った分、麗音愛は憤りを感じる。
「でも紅夜を討つためなんですよ。
雪春さんのあの人の強さは本物でした。そして強い信念を感じたのです。
今、変化の激しい白夜団内の若手を束ねてくれているんですよ。
腐りきった白夜団を浄化し、みんなで一致団結して紅夜会に負けない組織に今こそするべきなのです!
打倒紅夜は、玲央先輩の悲願ですよね?」
琴音はまるで紅夜への直接の憎しみがあるかのように熱く語り、麗音愛を見つめた。
「それはもちろんそうだよ。
でも俺は剣1本のために加正寺さんが犠牲になる事はないと思うし
そんな組織は間違ってると思う」
「……私は大丈夫です。犠牲だなんて思っていません
もう私1人でどうにもできないところまできているので……」
名家の婚約話。まだ発表はしていなくても確かにそうだろう。
琴音は、涙を滲ませたのか目元を拭う。
「玲央先輩。ご心配ありがとうございます。
あの男に指一本触れさせる事はしません」
「……いや、俺は……」
「玲央先輩は前線で闘ってくれますよね?」
「……それはもちろん」
「うふ! そうですよね! 私も頑張ります!
あの、この事で雪春さんには何も言わないでくれますか。
私が言ってしまったせいで御二人が揉めるのはイヤです」
「わかった」
麗音愛としては間違っている事だと思うが、子供の自分が口を出すには大きすぎる問題だ。
琴音も自発的に選んだ事ならば麗音愛が雪春に文句を言うのもおかしい。
「はい! 玲央先輩には本心を知っててほしかったんです!
じゃあもう行きますね……玲央先輩」
「なに」
「椿先輩と仲良くしていますか?」
「うん、もちろん」
そこだけは絶対に勘違いされると困るので、麗音愛はハッキリ言う。
「ふふ! いいですね! じゃあまた!」
微笑むと、軽く手を振ってそのまま急ぎ琴音は行った。
「琴音ふぃ~んっち~何シてるのさぁ」
「今行きます」
丁度、遅い琴音を探しにきた崇の顔が見えた。
なんだかまだ、視線の中に自分を求めるような念のようなものを感じてしまったが
それは晒首千ノ刀の戦力を期待している意味でなのか。
何故彼女があんなにも白夜団に尽くすようになったのか、麗音愛にはわからなかった。
「咲楽紫千さん、最後にいいですか」
「はい」
麗音愛はまた呼ばれ、研究室に入っていく。
――その頃、紅夜会では紅夜の前に3人の男が跪いていた。
いつもありがとうございます。
琴音回でした。
皆様の感想、評価、レビュー、感想が励みになっております!
昨日なんとカラレスに素敵なレビューを頂きましたm(_ _)m
感涙モノの素敵なレビューです。月江堂様ありがとうございました!!
またこれを励みに頑張ります!
次回は紅夜会のお話になります。