街は黒く染められて
空から街を見たいと言う椿の要望を団長の直美が許可した。
「報告できる事がわかるかは……わかりませんが」
「えぇ、いってらっしゃい。玲央しっかり守ってね」
「もちろん、じゃあ椿行こうか」
「お願いします」
麗音愛は広いバルコニーに出ると、皆の手前あまり椿に触れないように呪怨で包むと空へ飛び上がる。
雪が舞う寒さのなか、風や寒さが遮断するように上空へ行くとお姫様抱っこのように抱き上げる。
急に近くなった顔に椿がドギマギしたのが伝わってきた。
「麗音愛、ありがとう」
「こんな時でも、2人きりになれて嬉しいよ」
「も、もう……
私もだけど……」
イブの後は今回の件で呼び出しや、帰省前の梨里達が騒いだりして2人きりになれる時間はなかった。
椿の炎に照らされ、お互い見つめ合う時間。胸が少し高鳴る。
しかし、今は任務中だ。
「さぁ、どうなっているかな」
麗音愛の目にも、舞意杖と同化した椿を抱きしめているからか
普段と変わりない夜景に……黒い霧がかかったように見える。
「……やっぱり……黒い影を落としてる」
「俺にもなんだか黒い霧のように見えるよ
これは……あの歌の影響なの?」
「あの歌は、みんなの恐怖や悲しみ恨み……暗いものを呼び起こす。
言葉は言霊だから自分にも相手にも伝わってしまうの」
実際の歌詞はそこまで悲惨でもない。
若者が好みそうな少しの批判と自由を叫ぶようなものだ。
それを意図的に紅夜会が操作し術にしている。
椿の顔は悲しそうに歪む。
「あんなに幸せで輝いてたのに……」
それは観覧車から見た夜景の時の事だろうか。
いつだって、幸せな人もいれば不幸な人もいる。
それでもこの黒い霧。あの歌は人の心に深刻な影響を与えているのだろう。
そしてその澱みは、妖魔を生み出す元にもなる。
紅夜からも妖魔は無限に生まれるが
妖魔は自然発生もするのだ。
「……ありがとう。麗音愛、見ておきたかったの
また負けない気持ちを強くするために」
「うん」
椿を慰めるように強く抱きしめようとした時、強い殺意を感じ身を翻す。
「麗音愛!」
左手で、椿を抱くと晒首千ノ刀を構え妖魔を一体斬り落とした。
椿はすぐに死骸を浄化し燃やし尽くす。
ナイトと気配を探すが、どうやらいないようだ。
「こんな場所で自然発生しているのか……」
「……これから、どうなってしまうんだろう」
「……椿」
闘いが激化していく、その兆候を目の当たりにした2人。
麗音愛は椿を強く抱きしめた。
2人で本部に戻ると、直美が待っていた。
妖魔が一匹いた有無を伝えると、すぐに対応を始めると頷く。
「あ、椿ちゃん。これ遅くなったけどクリスマスプレゼントなの」
直美が手で抱えるような大きさの紙袋を椿に渡す。
「え!? 私、何も用意していなくて……」
「いいのよ、子供にプレゼントをあげる日なのよ。
あなたも私の子供のように……思っているわ」
「あ……ありがとうございます」
直美の笑顔は、麗音愛と隠れて交際している椿の心に罪悪感として刺さる。
「それじゃあね。玲央は絡繰門さんの車に乗って行って。
剣一は今日はもう帰すから、椿ちゃんは剣一と帰ってゆっくり休んでね」
「え~……俺自分で行けるけど」
「呪怨での飛行をいつも許可なんてできないわ。
待っているから、急いでね。お弁当向こうで食べて。
夜になってしまうけどお願い、じゃあお疲れ様」
パタパタと急ぐように直美は行ってしまった。
仕方なく、駐車場へ向かう。
「も、もらっちゃった」
小さな椿が持つと、紙袋はより大きく見えて代わりに麗音愛が持つ。
子供の頃は、両親が不在がちなご褒美と言わんばかりに
大きなプレゼントが沢山クリスマスツリーの下に並べてあったのを思い出す。
「うん、良かったね。母さんは椿を気に入ってるよ」
「そうかな……」
「そうだよ」
「うん、研究のお手伝い頑張ってね
夜に電話待ってていい?」
「もちろん、メールもするから
あ、1人は心配だから……でも兄さんといても心配だし……」
「大丈夫だよ、剣一さん何か心配?」
「それはもう心配に心配だよ」
「ふふ、変な麗音愛」
あの狼の存在に気付いていない可愛い恋人。
屋敷内には至るところに監視カメラがついている。
ビルにあった時以上に警備も厳しいので、人目がなくとも手は繋げない。
さっきキスしておけば良かった……と思ってしまった。
「じゃあ、また」
嫌々ながら駐車場の雪春の車に乗り込む。
高級外車のハイブリッドカーだ。
「お疲れ様、玲央君」
「すみません、お願いします」
クラシックでもかかっているのかな、と思ったが意外にも
車内テレビにはお笑い芸人のコントが流れていた。
「あぁ、ごめんよ。
お笑い好きでね」
「……意外です」
「笑う門には福来るって言うし
免疫を上げるのにも笑いは効果があるんだよ
この、一人二役のコントがね面白いんだ」
モテ男の剣一が、ギャップを作ると人は萌えるんだと言っていたが
『絡繰門さんったら意外~可愛い~素敵~』と女性陣が言う姿が思い出される。
「はは……」
緊張した時間が流れるかなと思っていたが
麗音愛も椿とよく見る芸人だったので、オチは知っていたの笑ってしまう。
もしかすると、自分のため? とも一瞬考えてしまった。
何もかも敵わない。だから気に食わない。
「加正寺さんがいるかもしれないけど」
「え……家の事はもう落ち着いたんですか」
「まぁ、彼女は黄蝶露の継承者ではあるけど、分家だしね」
次の当主との結婚話は、雪春は知らないのだろうか。
さすがに話す事はできない。
「それでも影響力はあるから、僕に賛同してくれると言ってくれてね
ありがたいよ」
怪しいですよね~と言っていたような気がしたが
今ではすっかり雪春派なんだろうか。
期待されている絡繰門家の若当主だ。無理もないかと麗音愛は思う。
「白夜団は生まれ変わる。
団長、そして桃純家当主の椿さんを中心に皆が集結できるように
僕は頑張るつもりだよ」
「はい」
あくまで、自分は影だと言うような言い方だ。
「だから、君にも信用してほしい」
「……それは、もうしていますよ」
「それは嬉しいよ
僕にとって椿さんの事は妹みたいな存在だから」
「……」
椿からも、わかっているような事を言われたと聞いたが
やはりこの男は自分と椿の交際を知っているのだろうか?
「僕にも好きな人くらいいるよ」
「え……」
突然の恋話に驚く。
「意外かい?」
「え、いえ……そんな事」
椿の事は妹みたいなので、恋愛感情ではないから
恋敵ではない――。
だから信用しろと言うのか。
だけど、それだけで信用していなかったわけではないのだが……。
「俺は、雪春さんを信用していますよ」
ここで信用していない、と言える人間がいるのか。
17歳でもそのくらいはわかる。
お笑い芸人のネタが変わり、観客の拍手が響く。
「そうかい? なら良かったよ
……あは、このネタも好きなんだよね
あぁ……連絡が来た。加正寺さんもいるって」
「……そうですか」
「モテる男は辛いね」
「えっ」
「あはははは」
まるで少年のように笑った雪春は、そのままアクセルを踏み込み車は夜の闇へ消えて行く。
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