イブのディナーはビストロ・ノクターンで ◇
「遊園地~!」
電車を降りて遊園地までの道を歩きながら椿は、はしゃぐ。
クリスマスソングが流れ、歓声も聞こえてきた。
「乗れないのも多いけど、イルミネーションは綺麗だから」
「うん、嬉しい!」
冬期は雪もあって、古い遊園地のため乗れる遊具も制限され細々とした営業だ。
それでも麗音愛の言葉どおり、イルミネーションは輝いている。
それを見に来るカップルは多い。
「でも先に、夕飯を食べようかなって」
「え? 中で食べないの?」
「夕飯は、もう少し歩いた先にある『ビストロ・ノクターン』でどうかなって思って
予約してあるんだ」
「そんな、この前みたいに焼きそばでいいのに」
椿は驚いて戸惑いの顔を見せるが、麗音愛は落ち着いたまま微笑む。
「高校生で贅沢だけど……
命かけて闘ってる俺達は少しくらい、いいんじゃないかなって思ってさ。
椿の今までの16回分のクリスマスを取り戻せるくらい美味しいもの食べて楽しもう」
「麗音愛……」
クリスマスを経験した思い出がない椿への優しさ。
そんな事を考えてくれていたのかと、じりっと椿の瞳が熱くなる。
「椿、まだまだクリスマスはこれからだよ、ね?」
「う、うん」
涙がこぼれそうなのを堪えて、椿は笑う。
こんな少女が過酷な運命を背負っているだなんて、誰が思うだろうか。
「さぁ行こう」
「うん」
暖かな光が溢れる、『ビストロ・ノクターン』が見えた。
早めの時間という事もあったが、クリスマス前に奇跡のように予約がとれた店。
麗音愛もディナーを予約するのは初めてだったが、自分が高校生だという事、
どうしても喜ばせてあげたい人がいる事を電話で伝えると店長は快く承諾してくれた。
「わぁ……素敵なお店」
天井の高いアンティーク調の店内は
大きなツリーが輝いて、気品はあるがどこかホッとする雰囲気だ。
「いらっしゃいませ」
すぐに笑顔のサンタ帽をかぶったスタッフが出迎えてくれた。
「咲楽紫千様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
想像した通りの落ち着いた優しげなイケメン店長にテーブルに案内される。
今日のイブはクリスマスのコースメニューを出してくれるという事で難しい知識はいらない。
コートを脱いだ椿は、ツイード生地の白黒チェックのワンピースを着ていた。
袖がふんわりしたブラウスに、フレアのスカート。
椿はイスを引いてもらって御礼を言いながら緊張したように座る。
それでもテーブルの上に小さく飾られたサンタさんとキャンドルに顔をほころばせた。
「わぁ、見て可愛いサンタさん」
可愛いのは椿だ、と言いたくなる。
いつもコロッケを食べて喜んでいる2人の、ちょっぴり背伸びしたディナータイム。
そんな少し緊張しながらも、お互いを見つめて幸せそうな2人を
ホールスタッフの皆が微笑ましく見守ってくれた。
「メリークリスマス、乾杯」
「メリークリスマス、乾杯……大人みたい」
「だね」
ワイングラスに注がれた葡萄ジュースで乾杯する。
厳選された食材と確かな腕で創られた料理は、見た目も美しく味は最高だ。
説明をしてくれる店長との会話も楽しい。
メインディッシュのステーキはソースが絶品だった。
「こんなに美味しいものが、世の中にはあるんだね」
「本当だね」
椿はいつも以上に、美味しい美味しいと喜ぶ。
沢山食べる事を事前に伝えてあったので、女の子が恥ずかしがらないように
スマートにパンのおかわりを勧めてくれたりと、プロのおもてなしに麗音愛は感謝した。
「あぁ~……美味しかったぁ。お腹もいっぱいで幸せ」
「うん、コースだと、お腹いっぱいになるね」
「うん、とっても! こんな素敵なお食事、麗音愛本当にありがとう」
「喜んでくれて、良かった。こんな子供の予約を受けてくれて
店長さんに感謝だよ」
ふと、店長を見ると遠くでも目が合い優しく微笑まれた。
椿はロイヤルミルクティーを、麗音愛は珈琲を飲みながらデザートを楽しむ時間。
デザートはブッシュ・ド・ノエルが綺麗に盛り付けられたプレートだ。
お腹いっぱいだと言っていてもデザートは別腹。
程よい甘さが口いっぱいに広がる。
クリームの中に、栗と洋酒が感じられた。
椿は至福の笑みで、頬張っている。
店の中には笑顔しかない。ゆったりとした幸せな時間が流れている。
「プレゼント、今渡してもいいかな?」
「うん、私もそう思ってたの」
お互いにバッグからプレゼントを取り出す。
結局、椿は麗音愛に選んでほしいと言った。
琴音に言われていた言葉が気になって、嬉しくない物だったら迷惑にならないか
と聞いたが『絶対宝物になる』としか言わなかったのだ。
そう言われてみると、自分もそうだと思い椿にも選んでほしいと伝えてあった。
「じゃあ、私から」
椿から贈られたクリスマスプレゼントは腕時計だった。
「この腕時計ね、脈とか血圧とかわかるの! 電話で管理できるんだよ」
「これ、欲しいと思ってた! 嬉しいよ」
「やっぱり! 話してたもんね。
それで、私もこれ……」
椿が、自分の腕時計も見せてくれた。
「お揃いだ……めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうございます」
「えへへ、喜んでくれて嬉しい。トレーニングも捗るね」
「うん」
しばらく腕時計を見合ったり、説明書を読んで堪能したあと
麗音愛は細長いリボンの巻いた箱を、椿に渡す。
キラキラと星が瞬くような瞳で、椿は嬉しそうに箱を開けた。
「わぁ……すごい綺麗な、鎖……」
それは綺麗な銀色のネックレスだった。
ペンダントトップはついていない。
「シルバーって925が普通なんだけど、それは100%銀のネックレスなんだ」
確かに、いつも目にする銀製品より白く淡く優しい輝きだ。
「とっても綺麗……」
「長めのチェーンだから、あの、ボタン通したらどうかなって思って」
「あ! うん、嬉しい!
ただの紐だったから……えへへ」
そう言うと、椿は胸元から紐のお手製第二ボタンネックレスを取り出した。
なんだか照れくさそうにシャラ……と純銀のネックレスに通す。
「金の方が色は合うかな、と思ったけど……
銀は椿を守ってくれるかなって」
「うん、確かに。聖なる力を感じるかも」
「あはは、吸血鬼は近寄れないかもね」
2人の不思議な会話に、店長がこちらを見た気がした。
「麗音愛は平気?」
「もちろん」
椿がネックレスをするのに手間取っているので席を立って、着けてあげた。
よこしまな気持ちなどなかったが、綺麗なうなじに少しドキリとする。
「ありがとう、すごく素敵……」
小さなコンパクトで胸元を見て嬉しそうに微笑む。
「麗音愛ありがとう。宝物がもっと宝物になって嬉しい!!」
「喜んでくれて嬉しいよ」
椿は自分のする事を全て笑顔で返してくれる。
それが本当に嬉しくて、幸せを感じる。
会計は、椿の知らぬうちに済ませた。
一瞬慌てた顔をしたが、椿もレジで騒ぐ事はせずに2人で店長に御礼を伝える。
「また是非、来てくださいね。素敵なクリスマスを」
「はい、ごちそうさまでした。ありがとうございました!メリークリスマス」
可愛いツリーの形のクッキーをもらい、わざわざ雪の降る外まで
皆が見送ってくれ名残惜しい気持ちで手を振り店を後にする。
「すごく素敵なお店だった」
「うん」
「また、来れるかな……」
その言葉の含みは、距離や都合ではない。
元気いっぱいなのに、たまに儚い花にように散ってしまいそうな……そんな顔をする。
「来れるよ絶対」
「うん、そうだね」
沢山、思い出を創ろう。
それは死ぬまでの記録に、じゃない。
生きる希望にするために――。
いつもありがとうございます!
今回のお話に出てきた「レストラン・ノクターン」は
私がレビューを書かせて頂いた
銀多ぺん様著「ビストロ・ノクターン」をオマージュさせて頂きました。
本当の「ビストロ・ノクターン」は横浜を舞台にしておりますし
遊園地の近くにもありません(#^.^#)
作者様ご了解のうえ、お店や店長の雰囲気とお名前だけお借りしました!
もちろん、まだお読み頂いていない読者様も楽しんで頂けるようにお書きしましたが
本当にオススメの作品なので是非皆様も読みに行っていただければ……と思います(#^.^#)
※6月27日
銀多様のご好意で「レストラン・ノクターン」から「ビストロ・ノクターン」に
変更させて頂きました!!嬉しいです!!
続きが読みたい、面白いと思ってくださいましたら
ブクマ、評価☆、感想、レビューを頂けると泣いて喜びます!!
次は遊園地回!れおつばいちゃらぶをお楽しみに(#^.^#)