琴音の婚約報告
咲楽紫千家の夕飯時に現れた琴音は
加正寺家の当主が危篤だと告げた。
「急に体調が悪くなったようで……ご高齢ですしね。仕方ないことです。
あ、この事は内密に……」
特に悲しむ様子もなく、琴音は平然と言う。
「え、ええ……もちろん内密に」
「持病の事は聞いていたが……まさかこの状況で……加正寺さんが……。
大変な時にわざわざお越し頂いて」
咲楽紫千夫婦は動揺を隠せない。
麗音愛と椿も顔を見合わせる。
「いえ、
次期当主はもちろん私と同じく、団長達の味方です。
紅夜を、悪を倒すためには、私達でしっかりと協力していかなければ」
まだ亡くなる前だが加正寺家では後を継ぐ当主が決まっているようだ。
「私は、明橙夜明集で最強である晒首千ノ刀を持つ咲楽紫千家こそ
やはり白夜団を率いて頂きたいと思っております」
そう言いながら琴音は麗音愛を見つめた。
麗音愛もそこで見つめられると正直動揺する。
「……しっかりと白夜団をまとめていけたらと思っておりますわ」
代わりに団長の直美が答えた。
「はい、皆の平和のために悪は全て滅ぼさなければいけません」
にっこりと琴音は微笑んだ。
『悪』という言葉が自分に向けられたようで、椿はなんとも言えない気持ちになる。
「桃純家当主の椿もいて、心強いよ」
隣で麗音愛が椿にそう言う。
「麗音愛」
「そうだね……椿ちゃんの力は本当に白夜団にとって希望の光だよ」
「おじさま」
その言葉に直美も頷く。
「それでは……私はそろそろ失礼します」
「もう、行かれますか」
「はい、しっかり
言葉でお伝えしたくてお邪魔してしまいましたが。これから病院に行かなければ……」
「そうですね、送りましょうか」
「大丈夫です。車を待たせておりますので」
琴音は、立ち上がる。
先程かけたばかりのコートを直美が慌てて取りに行く。
「すみません、慌ただしくお邪魔して……」
「いいえ、わざわざありがとうございます」
「これもまだ発表前なんですが
私、次に当主になる末子の崇さんとの婚約のお話があって……」
「えっ!?」
麗音愛と椿が驚きの声をあげる。
「そ、それはまた……おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
今の高齢の当主の息子という事は、一体何歳なのか。
そんな話が進んでいたとは。
当主の状況を聞いての、形的にはめでたい話に皆が言葉に詰まってしまう。
琴音はその祝いの言葉にも、特に感激するわけでもなく単調に微笑んだ。
「ふふ、ありがとうございます。
今お状況では、婚約発表は先の先になってしまいますね。
お邪魔しました。
では、また学校で。玲央先輩、椿先輩」
嵐のように現れた琴音を見送った後は、なんだか葬式のように皆が黙りこくってしまった。
「本部に戻った方がいいかしら」
「いや、せっかくの時間だ。今は忘れなさい。
楽しむ時間も必要だ。病気になってしまうよ」
「そうだよ、母さん」
そうは言っても、静かになってしまう食卓。
入院になった3人の当主と、危篤の加正寺家当主。
直美が深い溜め息をついた。
「あ、あの……この前学校で……私、失敗しちゃった話が!」
「椿?」
椿が急に、話を始めた。
麗音愛の前以外では、自分から話をする事はあまりない椿が身振り手振りで話す。
少しでも直美に気分転換をしてほしいとの想いが伝わってきた。
「あぁ、あの時の話ね! 俺も聞いて笑っちゃったよ」
「でも、麗音愛だって!」
麗音愛も一緒に話を盛り上げて、直美と雄剣はそんな2人の会話で優しく笑う。
白夜団の話も琴音の話もしないまま、楽しい時間が過ぎ夜も更けていった。
「椿ちゃん、今日はありがとう」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
「……なんだか、懐かしかったわ」
直美が目を細めた。
「えっ?」
すると、慌てていつもの笑顔に戻る。
「ううん、おやすみなさい。ゆっくり休んでね」
「今日は来てくれて、ありがとう椿ちゃん。たまには、皆でご飯を食べよう」
「ありがとうございます」
「少し明日の話もしたいから俺、送ってくる」
麗音愛が椿と出ていくのを見た直美。
雄剣と2人、静かになったリビングに戻る。
「……あの2人、大丈夫よね」
「親友同士だと、言っていたよ。鹿義さんとお付き合いしているんだろう?」
「そうよね」
「そんなに気になるなら調査をしてもらうかい」
「いいえ……気にしすぎね。あの子を信じないといけないわね」
「疲れすぎだよ、さぁ休もう」
ふらりとした直美を雄剣がそっと抱き締める。
その腕の中で、直美も雄剣を抱き締めた。
「あなたと一緒になれて……私は幸せよ……」
「……あぁ……僕もだよ」
雪がチラつくのを眺めながら、麗音愛と椿は3階の椿の部屋まできた。
龍之介達は帰宅しているようなので、そのまま玄関前で話す。
「椿、今日はありがとう。せっかくプレゼント選んでいたのに、うちの親とご飯になっちゃってごめんね」
「そんな事ないよ、私も楽しかった」
「沢山、お話してくれて嬉しかったよ。母さん達も楽しかったと思う」
「……麗音愛もいっぱいお話してくれて楽しかった」
なんだか2人で親孝行したような気持ちで微笑み合う。
「椿、加正寺さんの事、不安に思ってるよね」
「少し……」
「黄蝶露がな……俺もあのサーベルはなんだか苦手だ」
黄蝶露の不気味さはもちろんなのだが、椿が気になるのは……。
「驚いたけど婚約するようだし、椿ももう、そっちの心配はなくなったでしょ」
「うん……でも」
それでも、まだ彼女は麗音愛に執着しているように思える。
あの抱き締められた時に感じた怨念、あれは女の情念ではないのか。
「椿が思うほど、俺なんかモテないから」
「も、もう……そんな事ないもん」
「椿だけ、そう思ってくれるのが嬉しいよ」
「麗音愛……」
「うん」
「……麗音愛……」
じっと椿に見つめられる。
この顔が何を求めているのか、わかるようになった。
口には出せない抱きしめてほしい時の顔。
誰もいないマンションの廊下。
麗音愛はそっと椿を抱き寄せた。
椿も抱き締める。
お互いに抱き合うと、暖かい力が流れ込んでくるようで2人でホッとした表情になった。
「白夜団も変わっていきそうだね」
「うん……私も頑張らなきゃ……桃純家の当主として」
「2人で一緒に、だよ」
その言葉に、胸元で頷く椿。
「……最近、妖魔の動きは激しいけど紅夜会のナイトがあれ以来姿を見せないのが気になって……」
「それはね俺も思ってる。
俺が躍起になってあいつらを探してたから、わざと出てこないのかも」
いつも嘲笑うかのように動く紅夜会だ。
麗音愛の行動を見て、逆に身を潜めたの可能性もある。
「無事にクリスマスと来年を迎えられるかな」
「絶対、迎えられるよ」
椿の記憶のなかでは、初めてのクリスマス。そして大晦日にお正月。
一般的な当たり前の楽しさ、幸せを椿に知ってほしい。
麗音愛はまた強く抱き締めた。
それを遠くから見つめる影が、1つあった。
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