琴音の訪問
突然の加正寺琴音の訪問。
彼女は笑顔で玄関に現れた。
「こんばんはぁー突然すみません」
「加正寺さん、一体どうされたんですか?
玲央に用事かしら」
「いえ、今日の事、雪春さんに伺ったんです。
団長が気に病んでいらしたら大変かと思って安心してほしくて……加正寺は大丈夫ですので」
「まぁ、副当主がわざわざ……!」
「とりあえず上がっていきませんか?
夕飯の途中なんですが……玲央も椿ちゃんもいますし」
雄剣が微笑み、誘う。
「いいんですか?
これ、お土産のケーキです。沢山買ってきたので」
「わざわざお気遣いありがとうございます」
ままごとのような玄関での両親と琴音の声を聞いて、座ったまま顔を見合わせる麗音愛と椿。
2人の交際を琴音は知っている。
不安を滲ませる椿。
「もしもバラされたとしても、心配しなくていい。バレたって俺はいいって思ってるから」
「麗音愛……」
「大丈夫だよ」
軽くテーブルの下の手を握ったが足音が聞こえ、優しく離した。
「玲央先輩、椿先輩こんばんは~
おじゃましまぁす」
「加正寺さん、こんばんは」
「こんばんは」
麗音愛は随分前に感じるが、剣一が任務地に来て別れた、昨日ぶりだ。
椿は、琴音と顔を合わせるのは病室で『大嫌い』と言われて以来だった。
つい、ビクリとしてしまう。
「食べかけのピザなんて失礼ね、何か頼みましょうか」
「いえ! ピザ大好きですし、このままで十分です!
急に参加しちゃって私こそすみません。すぐにお暇しますので」
ピザは食べ盛りの高校生2人を考え、大量に注文してあった。
言われて保温ケースから麗音愛が新しいピザを持ってくる。
椿はコップや皿などを運び
突然の来客にパタパタと慌ただしくなった。
「どこにイスを置きましょうか」
雄剣が琴音に尋ねる。
「じゃあ椿先輩の隣に失礼しま~す」
「そうね、椿ちゃんの隣に」
恋人ができたばかりの息子の隣に座らなかった事を、少しホッとしたように直美も座る。
「今人気のレミパオのチョコケーキお土産に持ってきたんですよ。
椿先輩もいて、良かったです。先輩チョコ大好きですよね」
「あ、ありがとう……」
あの日の冷たい無表情な顔とは違う、にっこりと微笑まれた。
「団長達へのお話の前に、いいですか?
……椿先輩、私先輩を誤解していました。失礼な事を言ってすみませんでした」
「えっ」
突然の謝罪に、椿はもちろん直美や雄剣も驚いた顔をする。
「加正寺さん……そんな、みんなの前で……」
麗音愛がつい言葉を挟んでしまう。
「そうなんですけど……2人になれる機会もないですし
何も言わないまま、お食事するのも先輩もイヤかなって」
「あら……何か
仲違いするような事があったのかしら? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です!
琴音さん、私は何も気にしていないから……」
あの時の事を、詳細に話されるのは嫌だった。
紅夜の娘で、皆を魅了して操っているような話を麗音愛の両親に聞かれたくない。
「本当ですか!? 良かったです~」
真っ白でふわふわなセーターを着ている笑顔の琴音に抱き締められた。
瞬間、全身が粟立つように寒気が走る。
「……黄蝶露……」
「えっ? 何か言いました?」
「い、いえ」
刺し貫かれたかと思うような強い殺気だった。
あの日、伊予奈を助けた時に感じた黄蝶露のどろどろとした憎しみ。
それを感じた……いや、それ以上に何か……。
「あ、もしかしたら先輩には黄蝶露の呪いみたいなものがわかっちゃって
怖がらせちゃいました……??」
「……ううん……だ、大丈夫です」
「晒首千ノ刀と同じ呪い刀みたいですからね~
玲央先輩との相性はばっちりなんですけど
聖なる桃純家の当主様とは相性が悪いかもしれません」
実際には、晒首千ノ刀と黄蝶露は違うものだ。
呪いを司るような存在と、人を斬り血を求め咆哮する呪いとなった存在。
だが、確証もない、言えるわけもない。
『聖なる』というのもただの琴音の主観にすぎない。
「加正寺さん……誤解があるよ」
含みのある言い方に、麗音愛がまた口を挟んだ。
「あ、戦闘での相性ですよ? もちろん」
「あ、……うん」
椿も、何も言えない。
強気で! と思ってはいたが、この場では何も主張できない。
麗音愛としても椿に対しての謝罪があまりに軽く感じてしまったが
口を出すわけにもいかず、黙っていた。
「2人で闘うと戦闘力の効率がいいと報告で聞いたわ」
「そうなんです! 刀同士が共鳴するというか……」
麗音愛も黄蝶露との共闘では何か異様な感触を感じていたが、麗音愛の方は戦力が上がるとか
統制しやすいといか、そういうメリットは特に感じていない。
「加正寺さんも、かなりの強さだよ。もう戦力として俺とは別で分散した方が効率がいいと思う」
「ふむ……玲央の言うことも一理あるな。安全面を考慮しそれも考えるよう伝えよう」
雄剣が頷く。
「もしも、特別大きな仕事があるなら椿と組むよ。
加正寺さんと闘いにくいとかじゃない。
俺のバディは最初からずっと椿なんだ。1番力が発揮できる」
「……麗音愛……」
顔が赤くなったのを、誤魔化すように椿が下を向く。
それを見て、麗音愛も自分の前髪をいじった。
照れた時の癖だ。
「さすが、親友同士ですものね!」
椿の隣で琴音が、拍手でもするかのように大きな声で言う。
「私も、親友の麗音愛と一緒が1番闘えます」
椿もそれは否定しない。
頑張り、言った。
恋人同士になっても親友でもある。
2人の絆。
そこは絶対に負けない、椿はそう思って言った。
「そうだよ。ずっと一緒に闘ってきたんだ」
「2人で闘い、窮地を脱してきたんだものな……うん、わかるよ玲央、椿ちゃん
2人の想いが聞けてよかった」
「まぁ、そんな感じだからさ。うん……あ、飲み物とってくるよ」
親の前での多少の気まずさを感じ、麗音愛は席を立つ。
母を横目でチラリと見たが、直美も麗音愛をじっと見ていて焦ってしまった。
「要望はできるだけ聞くわ。
命をかけてあなた達には闘ってもらっているのだから……」
意外に直美は、了承するような事を言う。
「はい、あ、それで本題なんですが
加正寺にも団長の今日の一件は入ってきたんですが、加正寺家当主は今昏睡状態なので
長くはもたないと思います」
「……なんですって!?」
まるで庭の花が咲いたとでもいうような言い方に、一瞬皆の反応が遅れた。
いつもありがとうございます。
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