団長直美ブチ切れる
加正寺家別荘の応接間にセッティングされたテレビ会議システム。
大きなモニターに白夜団七当主の
恩心、朔、滑渡の老いた当主が紅夜会対策として、
ご丁寧に声も変え仮面も付け
白夜団団長の咲楽紫千直美に『団長を降りろ』と伝えたのだ。
「私に団長を辞めろと仰るんですか?」
『くどい』
『絡繰門前当主殺害や桃純家消失、紅夜会に好き勝手させて
どれだけの失態を繰り返していると思っているんだ』
直美は唇を噛む。
どんなに有能だとしても、防ぐのは無理な事ばかりだ。
桃純家消失も雪春が責任を負ったはずだったがそれも直美の責任になっている。
春に紅夜が復活してから、どれだけの仕事をこなしてきたか老人共は何もわかっていない。
『まぁ、まぁ……団長にも長く務めてもらった事だ。まぁここらで母親業に戻ったらどうかと』
仲裁に入るようで、直美の功績を踏みにじるような適当な言葉だ。
「そういうわけにはいきません」
『後任も我らで決めてある』
『そこの絡繰門雪春殿が適任では』
直美の後ろに立っている制服姿の雪春は苦笑いを浮かべる。
「……皆様の御推薦は嬉しいかぎりですが
僕も急にはできる自信もありません
副団長、団長補佐として動きますよ」
『しかし……それでは……』
『やはり雪春殿で……』
「この状況で私が降りるとなると、団員にも動揺が走るでしょう
一体、どういう理由ですか。失態だけが理由ではないはずです」
『ふぅむ……罰姫が……』
『罰姫が……』
老人たちはその名を出すだけでも怯えたように言う。
「罰姫など、存在しませんよ。
桃純家御当主の椿さんです」
『とはいえ、紅夜の娘
いつ裏切るかもわからん。やはり桃純家復興は間違いだった……』
『急がせたのも団長の責任』
「何を今更、椿さんがどれだけの人を救っているかご存知のはず!」
『そして咲楽紫千玲央』
「……私の息子がなにか」
『絡繰門前当主に刀を向けたという目撃談もあり、以前の我らへの態度……
紅夜会からの見張りをやめろという指示も考えると……』
「何が仰っしゃりたいのですか」
『紅夜に寝返っている可能性もある』
『そんな者の母親が団長を務めるなど……儂らの首もいつ獲られるか……不安でたまらん』
結局は怯えからくる、自分達を守るためだけの暴挙だ。
「あの子が、自分を犠牲にして闘っている事がわからないのですか!」
直美の脳裏には、血と呪怨にまみれながら闘う麗音愛の姿が浮かんでいた。
『慎み給え!』
「……いいえ、
七当主である咲楽紫千家の私には、あなた方と対等に話をする権利がありますよ!!」
『貴様!!』
「今まで黙ってきていましたけれどね、私の息子を!! 桃純家当主も!! 2人を愚弄したいのであれば
今すぐここに来て顔を見て話をしなさい!」
『嫁の分際で何を……!』
「まぁ、それでは私の家の名を出してもよろしいのですか?」
『女風情が!!』
「自分達だけ安全な場所に逃げ女子供にも闘わせておいて、ふざけるんじゃあないわよ!!
白夜団の団長はこの私です!! 辞めさせたいのなら、前線に立ってから言いなさい!!」
直美はそう言うと、無造作にモニターのリモコンで会議を終わらせた。
ドサリと、ソファに座り込む。
秘書の佐野は圧倒され身動きできなかったが察したように、飲み物を取りに部屋を出て行った。
「はぁ……」
「お疲れ様です」
今ここにいるのは直美と雪春だけだ。
「やってしまったわ……」
「スカっとしましたよ」
雪春は微笑む。
「これからどんな制裁がくるか……」
「大丈夫です。この別荘も正式に白夜団が買い上げましたし、彼らの時代はもう終わったのです。
それぞれの後継者達には僕からもう連絡をいれて連携をとれるようにしています。」
「絡繰門さん」
「彼らは一族内でも裸の王様
なので、どちらにしろ暴言が続いたなら僕が喝を入れるつもりだったんです」
「いつの間にそんな……」
「面倒なのは加正寺家くらいですが、琴音さんにも協力してもらいますよ」
「本当に申し訳ないわ……ありがとうございます」
「とんでもない、団長就任以来の長年のご苦労お察ししますよ」
冷たいアイスコーヒーと冷たいおしぼりを佐野が2つ運んできて、また退室する。
今までの老人達の態度に辟易していた佐野もワクワク嬉しそうな顔をしていた。
ヒートアップしてしまった額に、直美はおしぼりを乗せ天を仰ぐ。
「はぁ……」
「でも団長がお辞めにならないのは少し驚きました」
「……そう?」
「えぇ、喜んでお辞めになるかと」
「……そうもいかないわ……」
アイスコーヒーの氷が溶けて、くるりと回転した。
「何か団長にこだわる理由でも?」
「……単純にこんな状況で、団長が代わるだなんて、という事ですよ
絡繰門さんは今重要な戦力ですし事務仕事させている場合ですか」
「それはそうですね」
「そうです」
立って話を聞いていた雪春も、ソファに座った。
「団長は、桃純篝さんと知り合いなんですか?」
「……なんですか突然そんな」
急な雪春の言葉に驚く直美。
「いえ、ふと思い出して、いつか聞こうかと」
「それは、まぁ団長ですしね。お会いした事はあるわよ何度か」
「そうだったんですね、椿さんは最近ますます篝さんに似てきましたね」
「そうね……そっくりでとても綺麗だわ」
遠くを見つめるような顔を直美はする。
「椿ちゃん……あの子の子供時代を辛いものにしてしまった事
悔やんでも、悔やんでも、悔やみきれない……」
「篝さんのお葬式には、団長は来ませんでしたね」
「……あなたは行ったの……? 絡繰門さん」
また直美が驚き、雪春を見た。
「はい。密葬でしたが、お別れの言葉だけ伝えに。
父に無理を言いました」
「……そ、そうだったのね……忙しくて短い時間だったけど挨拶はしに行ったのよ……。
……彼女は追放された立場だったし、団長の立場としては長く滞在する事はできなかったの、どうしても……」
「いえ、責めるつもりではなかったんです。
余計な事を失礼」
「……いいえ、団長として
不誠実だと思ったんでしょうね」
「色々な事情がありますよ、大人には」
お互いに沈黙。悪趣味な時計が刻む秒針の音が聞こえた。
「……一体どうして彼女と私の事を?」
「篝さんが自害した事を調べているなかで、少し疑問に感じた、という事ですね」
「……絡繰門さん、もう屋敷でのような事は、椿さんを巻き込みような事はしないでくださいね」
「もちろんです」
「これから戦いは激化していくだろうけど……どうにか幸せにしてあげたい……」
子を想う母のような顔を、直美はする。
「玲央君とも親友として仲良く学校生活を楽しんでいるようですね」
「ふふ、そうね。玲央にも可愛い彼女ができて本当に良かったわ。
椿ちゃんも男性が苦手な面があるようだけど……素敵な恋をしてほしいわ」
「そうですね」
「おばさんはおせっかいでイヤね」
少し一息つけたように、直美がアイスコーヒーを飲み、雪春もアイスコーヒーに口をつけた。
「直美!」
ノックの返事をする間もなく、すぐ扉が開かれ
直美の夫の雄剣が部屋に入ってきた。
「雄剣さん!? あ」
お互いの立場を忘れ、名前で呼び合ってしまい慌てる夫婦。
「あ、絡繰門さん、失礼しました」
「いえ、何も気になさらずにお話を」
「あ~いや。佐野さんから連絡がきて、近くにいたから飛んできたよ」
「まぁ、佐野さんが……心配かけてしまったわね」
「団長、今日はもうお帰りになってはどうですか?
しばらく帰っていないでしょう。後は大丈夫です。彼らからの文句も苦情もシャットダウンしておきますよ」
「でも……」
「事情は聞いたけど、今の切迫した状況だ。団内もいつまでもこのままじゃいけない。変革期だ。
絡繰門さんに甘えたらいい、子供達にも随分会ってないだろう
今日はゆっくり夕飯を食べよう、椿ちゃんやお友達も呼んでにぎやかでもいいね」
「あなた……」
「明日に溜まった文句の処理は僕も手伝う、だから帰ろう」
「でも……」
「そうですよ、まだ戦いは続くのですから
休める時に」
「……えぇ、ありがとうございます。
そうさせて頂きますわ」
直美は困惑した顔をしたが、結局従った。
雄剣に肩を抱かれると、少し安心した笑みを見せ、咲楽紫千夫婦は帰っていった。
雪春の電話には、連携をとるために協力体勢を密かにとっていた後継者達から連絡がきていた。
激昂し3人とも血圧が上がったため、入院する事になったという。
「蛆虫退治はこれで終了……と」
麗音愛と椿のために、今まで堪えていた怒りを爆発させた直美を思い出す。
「母の愛……なのか……?」
応接間に飾られた油絵は、女が赤子を抱く聖母の絵であった。
いつもありがとうございます!
今回は麗音愛の母、直美の回でした。
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