お前バカなの?by剣一
今日も琴音と一緒の任務。
だがサロンバスの中では無言だ。明日のテスト勉強に集中している。
ここまでのテストの感触はかなり良い。
もしかしたら学年1位もとれるかもしれない。
認知されない呪いがかかっていても、学年1位の実力があるという事は伝わるだろう。
きっと、椿も喜んでくれる。
テスト勉強やら任務で、椿とのメールは『おやすみ』程度だ。
それは少し気になっているが今まで長々とメールをする事などなかったので
どのくらいの頻度でしていいものか悩む。
琴音の前なので電話もできない。
昨日、団内で闘真らしい人物の目撃話があったのだ。
紅夜会の人間をどうにかして拘束したい、そう思って任務に毎晩出ているのに
あざ笑うかのように現れない。
その事に苛立ちは感じている。
今日はテストの後なので、遠方だった。
2時間もバスに揺られ、山中のダムに着く。
かなり雪が積もっている。
「あれ……?」
制服に着替えて降りると、そこに一台のRV車。
兄の剣一の車と同じだ。
「どうして一般人の車が此処に……」
琴音が怪訝な顔をする。
サロンバスから2人が降りると、RV車からも誰か降りてきた。
「兄さん?」
「よう」
剣一が制服を着て、片手には綺羅紫乃を持っている。
「特務部長……?」
「今日は、俺と玲央で任務をするよ。
加正寺さんは悪いけど、10キロ先の登山口で浄化がしっかり効いてるか見て帰宅してくれ」
「そ、そんな事聞いていませんし……」
「うん、だから今俺が伝えたよ」
「兄さん、一体? 何か良くないことが」
「まぁ、お前は言う事を聞いておけ」
「わかった」
兄とはいえ、特務部長だ。
空気が緊張しているようで、麗音愛も言う事を聞いた。
琴音は不満そうだったが、任務場所の地図を受け取ると去っていった。
「紅夜会に何か動きが?」
「とりあえずやるか、山中からも降りてくるかもしれない」
「わかった」
久しぶりに綺羅紫乃の横での戦闘だな、と思う。
この2人で一網打尽にすれば紅夜会が焦りで出てこないだろうか
この山中に研究所でもありはしないだろうか――。
全ては椿のために!!
「兄さん離れて戦おう、俺は山中に入る。兄さんはダムで」
「だな」
麗音愛の呪怨は、広大な山を包むかのように広がっていく。
◇◇◇
「お前、すごい気迫だな~! はぁ~あちぃ」
1時間ほどで、妖魔を殲滅したあと2人は合流する。
真冬だというのに、流れた汗を剣一は拭う。
車内にあった水を麗音愛にも投げ渡した。
「……ナイトの奴ら、全然姿を見せなくなった。
雑魚ばっかり沸かせやがって……」
今日もただの妖魔掃除で終わった。
手掛かりもない。
兄の前という事もあって苛立ちをそのまま出してしまう。
「おいおい、どうした」
「俺は……もっと……」
「どうしたんだよ、椿ちゃんとラブラブ始めたばっかりだっていうのに」
「だからだよ、椿を守るために頑張らないと。俺が浮かれてどうする」
一瞬の沈黙。
雪がまた降ってくる。
「……お前バカなの?」
「バカ? どういう意味だよ」
「そのまんまだろ、バカだろお前」
茶化すようでもなく、真顔で言われ麗音愛は更にイラつく。
「だから俺が椿を守るために、努力して何が悪いんだよ」
「お前がそんなんだったら、椿ちゃんも浮かれられないだろうが」
「えっ?」
「毎日、張り詰めた緊張のなかで生きてて
初めて好きな男と想いが通じ合ったってのに……なんで安らぎを与えてやらない?」
「俺は椿には、安らいでほしいと思ってる!」
「1人でか?」
「……それは」
「お前が今やるべき事は、妖魔を倒す事でも強くなる事でもないだろうが」
「なんだっていうんだよ」
「2人の時間作って、しっかり抱きしめてやれ」
「えっ……なっ」
突然の言葉に戸惑う。
「あんな無防備で泣きそうな女の子ほっといたら
すぐ他の男に取られるぞ」
「椿が……泣きそう?」
「今回ばかりは、お前は大バカだよ。早く帰れ
今頃椿ちゃんも任務だ、場所は今送った。
死ぬ気でぶっ飛ばして、会いに行けよ。早退を許可する」
「……わかった」
剣一からのメールに添付された地図を見て、麗音愛は呪怨の翼で一気に飛び立った。
「青春楽しめよ……。あぁ~これから隣県か」
そう言って剣一は車に乗り込んだ。
◇◇◇
椿が結界作業をしている少し遠くに降り立ち、走って椿の元へ行く。
警備の者がいたが、麗音愛の制服を見て止めるのをやめた。
「椿!」
設置する水晶を持ちながら、驚く椿。
「れ、麗音愛!?」
「帰ろう、椿」
「へ!? は……はい」
責任者にも連絡があったのか、椿は話が終わるとすぐに戻ってきた。
「麗音愛どうして……」
「うん、帰ったら話すよ」
抱きしめて飛ぶと、椿がぎゅうっと抱きついてきた。
温かい水が頬にかかる、それは椿の涙だった。
静かに、涙を零している。
泣かせない世界を手に入れたいと思っていたのに、自分が泣かせていた――。
自分の部屋のベランダの鍵は開けている。
そこに降り立ち部屋のクッションの上に椿を座らせ自分も横に座った。
制服のままで帰宅すると何か言われそうなので、
帰宅がバレないように机のライトだけ着けて淡い光が2人を包んだ。
「椿」
頬に伝う涙を、拭う椿。
「俺……ごめん」
「ううん」
「泣かないで、ごめん」
「会えて嬉しかったの……そしたら勝手に出てきちゃった」
微笑むとまた、涙が溢れる。
ずっと心臓が張り裂けそうに痛い。
抱き寄せると、椿は強く抱きついてきた。
その強さで、椿が求めていたものがやっとわかった。