明橙夜明集・雪春
週末、椿は仮本部になった加正寺家の別荘へと呼び出された。
この後に麗音愛との任務があるので制服で椿は出向く。
ダンパの後、椿フレンズ達にプレゼントされた色付きのリップクリームをポケットに入れてきた。
「椿ちゃん、ごめんなさいね……」
団長の直美との話では、紅夜会の任務復帰の要望を拒否できなかった事を謝罪された。
そして今日の任務は麗音愛ではなく別の団員と組んで欲しいと頼まれ
結局、集合時間まで客間で休む事になる。
メールで伝えると、麗音愛から着信があった。
『え……そうなんだ。今日の任務、不謹慎だけど椿と一緒で嬉しかったのに』
「うん、私も」
『心配だよ』
「麗音愛は加正寺さんと一緒だって」
『あ、そう……俺のペアが心配じゃなくて椿がだよ』
「私は、大丈夫。怪我もすぐ治るし」
椿は今回初めて、麗音愛が琴音と組んで仕事をしている事を知った。
白夜団としても、強い戦闘力をもつ琴音はかなり重要な存在だ。
それの護衛役としても麗音愛を傍に置くのは当然といえる。
再生能力のある椿は、怪我をしても死ぬ可能性は少ないのだから――。
直美はもちろん、そのような言い方はしなかった。
厳重に椿を守るように、配備はすると何度も身を案じられた。
やつれた直美に心配されると、麗音愛との交際を黙っている事に胸が痛んだ。
『それでも、心配だ。椿は知ってる人? 龍之介とか……あいつがいればまぁ安心な面も』
「ううん、雪春さんが今日は一緒に……」
『え?』
コンコンと客間がノックされる。
「あ、雪春さんが来たみたい、じゃあまた」
『ゆ、雪春さんが?』
「うん、そうなの」
『……わかった、俺、頑張ってくるよ』
「私も、頑張るね。あの、麗音愛」
『うん』
「えっと……気をつけて」
大好き、と伝えたかった言葉を飲み込んだ。
浮かれてられない。
麗音愛がそう言っているのに、自分が浮かれるなんて許されない。
元凶の妖魔王の娘が恋人ができて幸せに浸るなんてしてはいけない。
浮かれてはいけない。
『うん、ありがとう。椿も気をつけて』
通話が切れて、ノックの音が途切れたので慌てて廊下に出る。
廊下を歩き始めた雪春が後ろを向いた。
「ごめんなさい! 雪春さん」
「あぁ、椿さん。お疲れ様」
制服の雪春が微笑み、また戻ってくる。
「お疲れ様です……」
「どうしたんだい、そんなに寂しそうな顔をして……」
「あ、いえ……そんなことないです」
そう言いながらも、電話を切る時に涙が溢れそうになってしまったのを堪えたのだった。
心臓が千切れそうなほど悲しくなってしまった。
「玲央君との任務じゃなくて、寂しかったかな」
「え、いえ……そんな……」
寂しいという言葉が胸に刺さった。
一緒にお弁当を食べてから、登校時間しか会えていない。
寂しい――。
とりあえず部屋に入り、本革のソファに腰掛ける。
「恋が成就したのかな? 玲央君と」
「えっ?! あ、全然! 全然違います!!」
急にそんな事を言われパニックになってしまう。
「ふふ……慌てなくても大丈夫だよ、誰にも言わない。
僕は、君の山の妖精のお兄さんだよ。想い人だってすぐわかった」
2人を祝福するように、嬉しそうに雪春は微笑む。
「……雪春さん……」
「今日は僕が邪魔者になってしまったね」
「ち、違うんです……けど……あの……」
「絶対に団長や団員にも言わないよ。安心して」
「……はい」
「お付き合いすると、また色々な悩みとか不安とか出てくると思うけど
いつでも相談にのるよ」
「あの……」
「ふふ、親友って事にしておこうか」
「は、はい」
恥ずかしさと、焦りで変な汗が出てしまった。
「それでは今日の現場に早速向かうよ。
少し遅くなってしまうと思うけど、夜には玲央君も解放されると思うから連絡してごらん」
「いえ、いいんです。まずは任務を」
白夜団で恋の話などしていてはいけない、と椿は深呼吸して立ち上がる。
「でも雪春さんはもう絡繰門家の当主なのに、こんな任務をするのですか」
「桃純家当主の椿さんにそれを、言われるとはね」
お互いの胸元に光る家紋入りの金バッジ。
それをお互い見つめ、廊下へと出て歩く。
「玲央君が不安ないように、僕も君を守るよう全力を尽くすよ」
「私が守ります。私はいくらでも盾になれる体がありますから」
「そうは言っても、女の子の君を盾にするほど僕も不甲斐無くはない」
「すみません……そういうつもりじゃ……」
「わかってるよ、先日やっと同化できてね。きっと、役に立てるよ」
「はい……」
「君が生まれていなくても、ずっと続いてきた妖魔と人間の因縁の闘いさ。だから何も気にする事はないんだよ」
「……そんな……」
「そうだよ」
重く伸し掛かっていたものが、少しだが椿は軽くなる思いがした。
任務は街中を任された麗音愛とは真逆の田舎の高速道路付近だ。
工事と称して1時間だけの通行止め。
その間にできる限りの妖魔を討つ。
アスファルトの道路の上で、椿は錫杖『朗界』を手に結界を張る準備をする。
集めた妖魔を閉じ込め殲滅する方法だ。
ふっと雪春を見る。
「また心配そうな顔をするね」
自分も猛獣の檻の中に入る方法だ。普通の人間には危険ではないかと不安にもなる。
「同化すれば普通の人間よりは、多少は頑丈になるよ」
そう言った雪春の手には、太刀が握られていた。
絡繰門家の武器『雪春』
現絡繰門当主と同じ名前だ。
「父は同化はしていたものの……振る姿はついぞ見なかった。
ただ自分の身を守らせる防具代わりだったんだろう。
僕が悲鳴を聞いて駆けつけた時、父は頭を女に銃で撃ち抜かれていた」
「!」
銃使いのヴィフォだろうか。
絡繰門家の厳重な警備をかいくぐれる、その能力。
白夜団など一気に殲滅できるのかもしれない――。
「その後、継承者が死んだ事でこの太刀はその場で同化は解除され
女はこの『雪春』を振るい……父の首を切り落とした」
「……雪春さん」
凄惨な場面を目撃したのだ。
あの日の血のついた雪春の憔悴した顔を思い出す。
「女が太刀を持っていかないで置いていったから、僕を疑う声もあったようだ」
「酷い!」
「いいんだ。あの父が亡くなっても、疲れはしたが涙は出なかった」
父を憎む椿には、何も言えない。
「余計な話をしたね。さぁ始めようか」
困惑した椿とは、真逆に雪春は誘魔結晶を握りつぶした。
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