触れられない唇
「「ごちそうさまでした!」」
2人で元気にご馳走さまをする。
おにぎりもおかずも完食だ。
「はい、お茶どうぞ」
「ありがとう」
温かいほうじ茶が、また心を癒やしてくれる。
満腹で幸福で満たされ、椿が重箱をしまっているとバタバタと男子生徒2人が階段を昇ってきた。
「椿さんだぞ」
「あれ、彼氏?」
「まさかないだろ」
と聞こえてくる。
「すっごく美味しかった!」
椿が気にするといけないので聞こえなかったように大声で言った。
「えへへ、嬉しい」
「嬉しいのは、俺だよ……女の子にお弁当を作ってもらえるなんて夢みたいだよ」
「女の子……」
嬉しさを噛みしめるように、椿は照れて笑う。
当たり前の事なのに、女の子と言われると慣れないように照れるのだ。
その事が、麗音愛の心を締め付ける。
女の子でいられなかった悲しい残酷な過去。
誰よりも、幸せにしてあげたい――。
浮かれていられない。
こんなにも自分を大事にしてくれる恋人のためにも……
釣り合う男にならなければと思う。
「……麗音愛?」
「俺、頑張るから」
「麗音愛、私は……」
お茶のポットを置くと、椿は麗音愛の肩にもたれた。
今までも普通にしていた、お決まりの休憩ポーズ。
それなのに……。
こんな隠れカップルスポットなんて、場所に来てしまったからなのか。
椿の頭が触れる肩に熱が集まってくるようで。
「麗音愛……」
身長の差で、どんな顔をして名を呼んだのかわからない。
それでもつい、頭をジッと見つめていると椿がそっと上を向き2人の顔が近づいた。
心臓が高鳴り、お互いの瞳を見つめ合う。
「椿……」
椿の濡れてキラキラした瞳は、ふわっと睫毛が長くて
唇が、さくらんぼのように艶めいて見ているだけでジリっと心が焦げ付いたように疼く。
可愛くて目眩がした。
唇に……触れたい……。
でもその欲望のままに、動けなかった。
この可愛い桃純家のお姫様に似合わない自分がいる。
釣り合ってないと1番思っているのは結局自分だ。
「……浮かれてられないよね」
「え?」
「俺、もっと頑張るよ」
「……うん……浮かれて……られないよね」
きゅっと、セーターを握られて椿の体温が離れていく。
ダンスパーティーでは
あんなに抱き寄せて、抱き締めていた。
どうやったんだ? と思ってしまうほど、想いが通い合った今
今度は想いが暴走してしまいそうで、怖くなる。
「お弁当ありがとう。お礼しないとね」
「えっ? お礼なんて、いらないよ」
麗音愛が先に立ち上がって重箱のバッグを持って、手を出した。
椿もはにかんで、その手を握る。
あっという間に2人の時間は過ぎて
また、いつもの教室へ戻るために階段を降りる。
もうさっきのカップルはいなかった。
「ダメだよ、絶対お礼する! 俺は料理はそんなできないから……
甘いもの、食べに行く?」
「えへへ、行きたいけど……時間ないよね」
沢山入れた任務が続いて、2人の時間はしばらくない。
「そうなんだよな~それなら兄さんに聞いて美味しい店の買って持って行くよ!」
「……私は」
歩くたびにすれ違う生徒が増えていく。
「……私は、麗音愛と一緒に食べたい……」
「ん? どこの店のが食べたい?」
キャーキャーうるさい女子がすれ違って、椿の声が聞こえなかった。
「ううん、私は……」
「ん?」
「私……」
「うん」
「……私が1番頑張らないといけないよね」
「椿は、ずっと頑張ってきたよ。今も1番頑張ってる
椿は頑張らなくていい」
「じゃあ、麗音愛だって」
「俺は、俺はもっともっと頑張らないと」
「どうして……」
「俺は」
椿にだけ聞こえるように、言った。
「俺は、椿を幸せにしたいんだ」
「私、幸せだよ」
「もっと、もっと幸せに」
もっともっとでやっと近付く当たり前の幸せ。
普通の女の子の幸せ。
それを椿にあげたい。
「そんな事……」
昼休みも終わる時刻。わーっと教室に皆が入っていく。
椿の教室の前に着いた。
「お弁当、本当にありがとう。
俺すごく幸せ! どこのお菓子食べたいか考えておいて!」
「うん……あ、それ」
「洗って返す! 今日も頑張ってくるよ!」
「え、いいよいいよ!」
「すぐ持ってくよ」
「あ、ありがとう」
麗音愛に笑顔で手を振られ、椿も手を振った。
◇◇◇
麗音愛から重箱が返ってくると
お礼はまた別として、と
一個ずつキャンディのように包まれた色とりどりのチョコレートが沢山入っていた。
リビングで1人、椿はその輝くチョコを見つめている。
「え、なにそのチョコ
玲央ぴからー? やっさしー!」
「うん……莉里ちゃん。色々教えてくれてありがとう」
「喜んでた? 喜ぶに決まってるか」
「うん」
「ごちそーさまぁ~」
莉里が一つ摘むのを止める事はなく、椿もチョコを頬張る。
「玲央ぴ、今日も任務なわけ?」
「うん……」
「どったの?」
「ううん! とっても喜んでくれたから
また作ろうかな」
ダンスパーティーの日に佐伯ヶ原に撮ってもらった写真。
それを携帯電話の壁紙にしている椿は、写真に映る麗音愛を見つめた。
今夜も激務なのか、麗音愛から連絡はなかった。
いつもありがとうございます!
皆様のブクマ、評価☆、感想、レビューがいつも励みになっております!
感想もお気軽に!一言感想も大歓迎です!