麗音愛の決意
衝撃的な佐伯ヶ原の一言。
「椿が……? 故郷に……?」
「はい」
「俺にはそんな事、一言も……」
「やはり、そうでしたか……」
「……何が原因とか、聞いてる?」
「そこは、あいつから聞いてくれませんか
俺が言うのも……」
「あ、あぁ……うん……」
故郷に、あの焼けた屋敷跡に戻る――。
簡単な事ではないはずだ。
椿1人で済ませられる話ではない。
そんな大きな話が動いていたとは……。
「それって決定しているの?」
「いえ、まだ可能性の話ではあるみたいで……」
「俺に言わないのは理由があるんだろうか」
「……それも椿に聞いてやってください」
自分には語らず、もしかしたら雪春に相談していたのだろうか――。
胸が締め付けられる。
動揺して沈黙が続く。
自分の知らないところで椿は何か苦しんでいるのだろうか。
「サラ、あなたは、とても素敵な人ですよ」
思考を止めた言葉。
「え?」
「優しくて、皆のために
見返りも何も求めずに……一生懸命で……綺麗な魂だ」
「な、なに……どうしたんだよ」
「あいつを、此処に残してくださいよ
あなたしか引き止められない」
真剣な佐伯ヶ原。
真っ直ぐに見つめられた。
「……佐伯ヶ原」
「あなたに話していない理由は、あいつから聞いてやってください。
あなたを信頼していないわけは、ないじゃないですか」
あの死闘から続く闘い。
佐伯ヶ原もいた、あの屋敷。
あそこでもどれだけの事があっただろうか――。
必ず助ける、その想いで此処まできた。
それはこれからも変わらない。
そして麗音愛も、今日をただの1日で終えようと思っていなかった。
強い決意をしてきたのだ。
応えるように、見つめ直す。
「俺、今日は椿と話がしたいと思っていて」
「……はい」
「俺の気持ちを、椿に伝える気でいる」
それが何かは、佐伯ヶ原にももちろんわかった。
「……サラ」
「その時に、椿がどういう気持ちで故郷に戻ろうとしているのか聞こうと思う。
そして、何か苦しんでいるのなら俺が出来得る限りの事をしたい」
「……はい」
「椿の事、教えてくれてありがとう。
……あと俺にも自信をつけさせようとしてくれたのかな? ありがとう」
ふわりと、麗音愛が微笑んだ。
男の瞳からの、急な微笑みに佐伯ヶ原の心臓が音を立てる。
「え、いや……俺もおせっかいで……」
「そんなことない、助かっ……」
「咲楽紫千君ー!! 悪い!! 助けてくれー!!」
「はいー! ごめん行かないとだ! 差し入れもありがと! じゃあ、また」
食べる暇もないだろう紙袋を持って、麗音愛はまた微笑み走り去って行く。
その姿を見つめ、しばらく動かなかった佐伯ヶ原。
そして冬の寒空を見上げ、彼もまたベンチを去って行った。
◇◇◇
それから時間が経過し、暗くなってきた頃
椿は音楽室のカーテンにくるまっていた。
「……もう……いやぁ……」
椿フレンズが、夕方になるにつれ
男の子達が迎えに来て1人また1人減っていった。
残ろうとしてくれた、優しいみーちゃんと連れの男の子には
『麗音愛のところへ行くから1人でも大丈夫!』と言って別れたのだった。
しかし1人で歩けばすぐに男子生徒が群がり、椿は慌てて逃げて今に至る。
麗音愛のところへ行くというのは、みーちゃんが気にしないために言った言葉だったが
『困ったり、何かあったら来て……何かあったら必ず助けるよ』
あのお茶会の夜の麗音愛の言葉を思い出す。
胸がじんわり暖かくなる言葉。
椿はフリルバッグを抱き締める。
いつも、傍にいる麗音愛が遠くに感じる。
今日は周りも皆ドレスで異世界か乙女ゲームにでも紛れた気分だ。
でも、これから故郷へ戻るのだとすれば……
これ以上に、もっと孤独な気持ちになるだろう。
1人で生きていかなければならない……。
1人で新しい学校へ行き、1人で……闘って生きていく。
自分が選んだ逃げ道だ。
でもほんの少し、離れただけで、もうこんなに会いたい。
誰にも見えなくていい、誰からも注目されたくない。
麗音愛にだけ、見てもらえたら、それでいいのに……。
「麗音愛……」
声に出している自分に気付き、1人恥ずかしくなる椿。
今日は琴音が、まだ来ていない事にホッとしてしまった自分もいる。
麗音愛のスーツ姿は、本部に行く時の地味なものでもかっこいい。
今日のあの、リビングにあった綺麗なスーツを着こなした麗音愛と琴音が一緒にいたら
また色んな女の子が注目するかもしれない……。
彼女が麗音愛に与える影響はなんなのか、椿にはわからなかった。
でも今は、そんな事より麗音愛に会いたい。
「やっぱりお手伝いをしに体育館へ行こう!」
ひょいと、音楽室から顔を出しそーっと廊下に出た椿。
「あ、椿ちゃんだぁ!」
「わ! だから、写真撮らないでください~や、やめ……!!
もう嫌~~!! 妖魔よりしつこい!!」
今日のために用意されたリボン付きのスリッパを片手に持ち
椿はストッキングのまま走り出した。
佐伯ヶ原に見つかれば怒鳴られること間違いなし。
「だって……ごめんなさい!」
ひゅんっと階段の1番上から、ドレスを持ち上げて椿は飛び降りた。
◇◇◇
同じ頃、
取り巻きの男が口にフルーツを差し出し、それを頬張る梨里。
「あ~ん……美味しい、へぇ~? 写真コンテストやってんのぉ」
教室がまるでホストクラブのようになって、派手目の男達が梨里を取り囲んでいる。
「ラブラブカップル写真に、人気女子男子写真、ハプニング写真でそれぞれ賞金!
これ被写体に許可も撮らないでさぁ~いいわけ? 姫が心配」
「姫って、リリィの事?」
「うっふ、マイキィ~いい子ぉ
じゃあ、みんなで写真撮ってからダンスしに行こっかぁ」
「いいね、俺のダンス見てよ」
「アキウもっちろん~! で、加正寺琴音って来てる? 誰か知ってる?」
「あ~まだみたいっすよ~」
「なるほどねぇ、んじゃ~写真撮ろうー!!」
姫というよりは、女王のように男子生徒を侍らせ梨里は楽しそうに笑う。
また人手不足になって慌ただしいなか
校庭のイルミネーションを、麗音愛が点灯させた。
キラキラと暗い校舎が照らされる。