伸ばせない指先
椿から、まさかダンスパーティーの誘いかと
麗音愛の心は勝手に高鳴ってしまう。
目を合わせると、椿の瞳が揺らめく。
その小さい可愛い唇が次に何を言うのか、期待してしまう……。
呪怨が自分に狙い食いつこうとしてるのを
瞬時に止めた。
修行していなかったら、首元を食い千切られていたかもしれない。
「あの……麗音愛と一緒に……」
「う、うん……」
それでも統制しきれなかった
呪怨に噛まれた背中から、血が流れたのを感じる。
「……一緒に行きたいって……言ってるお友達がいて……」
「え?」
「どうしても、聞いてって……頼まれちゃって……」
「あ……」
一瞬でぐちゃぐちゃな気持ちになる。
心臓が高鳴った自分が何を期待していたのか、再認識しての恥ずかしさ。
他の女の子を、自分に紹介しようとする椿の気持ちは、つまり、だ。
すぐに返事をしようと声を出そうとするが
息が数回出るばかりだった。
「……あの、麗音愛……」
また街灯の近くになってしまった。
椿は困ったような泣きそうな顔をしている。
でも、グサグサと傷ついたのは自分の方だ。
こんな顔を見られたら困る。
「……俺、裏方だから」
「そ、そうなの……みんなにも言ったんだけど……
PLIN教えてくれって……でも」
「PLIN?
あぁ、いいよ。教えていい」
「え? でも……」
「いいよ、教えてほしいって人いたら教えて」
どうして、そんな事を言ってしまったのか。
今まで、そんなメールのやり取りをする関係も拒んでいたし、それが普通だったのだが
その時は、その女の子達がどうとかではなく――椿に言いたくなってしまった。
突き放すように言いたくなってしまった。
「……うん……」
消えそうな椿の声に、麗音愛はハッとなる。
「……椿……?」
「ごめんね……あとでじゃあPLINで招待する」
「……わかった」
そして、また痛みを実感し思い出す。
椿とすれ違った時の辛さを思い出す。
「俺の事なのに、間に挟ませてごめん」
何を勝手に期待して、がっかりして、八つ当たりしてるんだろうか。
こんな事で、ずっと傍にいられるわけがない。
親友でいられない。
「ううん、私が……」
「今度、言われたらすぐに教えていいよ
俺が自分で話すから」
「……ごめんね……」
「いや」
「……ごめんね麗音愛……」
「椿、謝らなくていいよ」
潤む瞳。
また街灯の下で、お互いの息が白いのが見えた。
椿の首元は、そのままで白い首が冷たい風にさらされている。
自分も今日から身に付けていたが朝はバタバタとして気付けていなかった。
麗音愛は自分のマフラーを首から外すと
そっと椿を包むようにマフラーをかけた。
「マフラーなかったね」
「あ……」
「今度買いに行こう」
「れ、麗音愛が寒くなっちゃう」
「大丈夫だよ。買うまで貸してあげる。ほら」
わざとにグルグルと、顔まで巻きつけると
椿はきゃっと小さく叫んで笑った。
そういえば、手袋もしていなかった。
大事そうにマフラーに触れる細い指先。
「あったかい……ありがとう」
微笑みはどこか哀しそうで、そのまま降り出した雪と一緒に消えてしまいそうな
そんな不安に駆られる。
ただ手を伸ばせば握れるはずの、その手のひらが
壊れそうで、
大切過ぎて手を伸ばせない――。
「……いいんだよ、親友なんだから……」
その言葉も白く、消えていく。