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正義の力~あなたが大嫌い~

 

 力を使い切った椿が目を覚ましたのは、夕方だった。


 何かとても嫌な夢を見た気がして、寝汗のまま薄く目を開ける。

 病院の天井を見上げ、

 ふと横を見ると

 いつものように、ベッドの傍らで麗音愛がパイプ椅子に座り

 参考書を読んでいた。


 どんな状況かもちろんわかってはいたが

 そのまま薄く開けた瞳で麗音愛を見つめた。

 長いまつげに、煌めく瞳。スッと高い鼻に、整った唇。

 見惚れてしまう。

 佐伯ヶ原のアトリエに、天使の絵があったのを思い出した。


「椿、喉乾いてない?」


「わっ」


 椿が起きている事にとっくに気付いていた麗音愛が、優しく微笑んだ。


「……気付かないふりしてた~」


「椿が寝てるふりしてたからだよ、ちょっと暗記もしてたし……」


 ふふ……と2人で笑う。

 渡された水の500ml一気に飲み干した。

 べたついた額を拭って、汗臭くないか気になってしまう。


「伊予奈さんは?」


「もう、元気だって。ただ周りのバタつきと病院関係者との兼ね合いもあって

 まだ入院するって。

 俺も知らなかったんだけど、椿の紫の炎の存在は濁していたみたいで」


「うん、剣一さんが気にしてたね……」


「ここまでの力があると知れたら、バカ老人どもが何かまた……何を考えるかわからないから

 怪我が治らなかった部分を伏せるかと雪春さんが……」


「できるの……?」


「そこは大人に任せよう。椿は、大丈夫?」


「うん、沢山寝ちゃった」


「もう2日経ってるよ」


「え!?」


 今回の疲れは並大抵ではなかったらしい。

 いつもは怪我の痕も残らないのに、右手の掌にはまだうっすらとケロイドの痕が残っている。


「麗音愛、学校……」


「椿は実家に戻るっていう事にしてあるよ。

 俺は適当に風邪。どうせ誰も気にしないから」


「え!

 麗音愛も休んだの?」


「ん? うん」


「……え、あの……」


 いつものように傍にいるためだったのは明確だ。


「……ごめんなさい」


「どうして、謝る事なんて何も」


「テストも近いのに……」


「うん、だから勉強はしてたよ。心配しないで、大丈夫

 お腹空いてるよね? すぐ食べても平気だよね?」


 本来なら、お粥から始めるべきなんだろうが

 今までの経験で椿は食べた方が回復が早いのを麗音愛は知っていた。


 ガサゴソと今朝に買ってきたお弁当やパン、お菓子

 全て椿の好きな物ばかりだ。


 椿の胸の奥が、ぎゅっとする。

 大好きと思う気持ちが、暴れている。


 苦しい。


 吐き出してしまえたら……と、思っても

 その先に何が待っているのか

 この幸福な関係が壊れる事が何より怖い。


「ほら、デミグラスハンバーグ弁当。温めてくるよ」


「う、うん! ありがとう!

 お腹ぺっこぺこ!」


「じゃあ」


 麗音愛が立ち上がると

 コンコンとノックの音がした。


「はい。看護師さんかな?」


 扉を開けると、そこには琴音が立っていた。

 麗音愛も急な琴音の登場に動揺した素振りを見せた。


「玲央先輩、こんにちは」


 上質なパジャマとカーディガンを着て、琴音は薄く微笑んだ。


「……ご迷惑かけて、すみません」


「いや、色々と大変だったけど……もう大丈夫?」


「はい、私はもう……怪我もしてなかったですし

 ちょっとした監禁ですよね。色々聞かれています……」


 琴音は微笑むが、麗音愛は笑えずにいた。


「椿先輩、ご飯ですか?

 ……あの御礼を言いに来たんです」


「あ……入ってください。どうぞ」


 椿が言うと、琴音は軽く会釈して麗音愛の横を通り椿のベッドに来た。


「じゃあ、俺温めてくる。

 そこの冷蔵庫のもの、なんでも好きに飲んで。食べてもいいから」


「はい、ありがとうございます」


 キィと音が鳴って、琴音がパイプ椅子に座る。

 動揺が伝わらないように、椿は微笑んだ。

 でも、なんと言っていいかわからない。


 琴音の顔は無表情になった。


「伊予奈さんの事は、御礼言います

 伊予奈さんを助けてくださってありがとうございました」


「そんな、当たり前の事しただけで……」


 冷たい声にも、椿は笑顔で応えた。


「……それで、また玲央先輩にかまってもらえて幸せですか?」


「え……」


「みんなに、愛された気になってると思いますけど」


「そんな事、思って……」


 笑顔でごまかそうとしたが、琴音の冷ややかな瞳に椿は固まってしまう。


「それって、ただの紅夜の力ですよ」


「え?」


「鬼や悪魔が、人間を魅了するお話なんて沢山ありますよね

 あなたのその呪いがかかってるだけですよ」


「……呪い」


「みんなが、好きだと言ってるのは騙されてるだけなんです

 男の子達もね、みんな。女の子も、みんな」


 夕焼けがもう、終わり。

 黒の世界になる前の灰色に染まった、椿のベッドの上。


 琴音が手のひらを出すと、瞬時にギラリと黄蝶露が現れた。


「!」


「私には効かないんです。

 呪いなんか効かない、強い正義の力が私にはあるから」


「……琴音さん」


「魅了の力なんて効かない……


 ……私は


 あなたが大嫌いですから」


 突き刺さるような言葉。

 それを言うと、霞が消えるように、また黄蝶露は消えていく。


「黄蝶露と同化した事で、私の立場も上がります。

 美子先輩みたいな無様な事にはなりませんから、安心してください。

 紅夜を倒す事に全力を注ぎます」


 そう言うと

 琴音は立ち上がってドアへ向かう。


「椿先輩の故郷っていいとこですよね。何も心配ないですよ」


 微笑みながら椿を振り返ったが

 最後に瞳が合って、睨まれる。


「玲央先輩が可哀想!

 あんなに素敵な人なのに、見えない呪いにかかってて


 ……そして……

 

 ……こんな罰姫の呪いにかけられて……」


 最後はボソボソと呟き、『罰姫』しか椿には聞こえなかった。


 そのままドアは閉められ静寂のなか

 耳から嫌な毒が身体をまわってきたように、心臓に注がれていく。




いつもありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 琴音、とうとう牙を剥いたか……。 こんなことになると思っていた。同化する事で自分も力を得られたと考えているのが彼女の浅はかさを表して入るけど、椿と同等の力を得たと勘違いしている。全くもって甚…
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