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椿への提案

 

 話を聞いておきたいという椿の申し出に

 雪春は目を合わせた。


「熱があるんだから、無理しなくてもいいですよ」


「いえ、麗音愛が来る前に聞いておきたいんです……

 いつも心配かけてばかりだから……」


 雪春は、椿に横になるように言うと

 ローテーブルの前に座る。


「何も心配かける話ではないんだよ

 ……あの桃純家の跡地の事でね」


 桃純家屋敷

 椿の母の篝の死後

 世話係だった秋穂名家に乗っ取られ

 そこで椿は長い間軟禁状態だった。

 そして夏に訪れた際

 紅夜会の襲撃にあって屋敷は全焼。


 マスコミに一時期騒がれたが

 1人のジャーナリストが変死した後

 季節の変わりと共に忘れ去られていった。


 それでも椿は、忘れる事はない__。


「……はい」


「あの土地はもちろん、椿さんの物なわけだからね

 白夜の一族はそれぞれ代々の土地に住んでいるのが

 まぁ当たり前で……

 あの跡地も綺麗に片付いたんだ」


「……そうだったんですね」


「辛い記憶の方が多いかもしれないが

 桃純の者とすれば聖地。

 あそこにまた家を建てる事もできる」


「えっ」


 確かにあの地の空気は椿を見守り、包んでくれていた。


「椿さんの気持ちも、もちろんわかってるんだよ

 此処にいたいというね……」


「はい……」


「でも、帰る場所があるというのも

 いいんじゃないかと思ってね。

 実はこの前、またあの町に行ってね。

 おばさんと小夏さん、君を心配していたよ

 改めて無事という事も伝えた」


 蘇る夏の記憶。

 夏祭り、沢山の笑顔を思い出す。


「おばさま達が……」


「いつでも遊びに来てほしいって

 またお祭りにもね」


「……そうですか……嬉しいです」


「ものすごく余計なお世話だけど

 幼少の君も知っているし……ただの白夜団関係者とは思えなくてね」


 調査部部長の時には、しないような

 苦笑に少し照れも混ざる笑顔。


「雪春さん……」


「僕だけじゃなく、君の味方は沢山いるから

 どうか孤独だと思わないでほしいよ

 もちろん玲央君のそばにいられるようにも協力しよう」


「え、あ、そ、そんな……

 いえ、此処にはいたいです……」


 はっきり麗音愛の事を言われ、戸惑ってしまう。


「そうだね、此処にいたいね」


「は、はい」


「鹿義さん達2人にも困ったらいつでも教えて、力になるよ」


「……はい」


「それで、管理部とか町の方から

 桃純家の新しい家の提案パンフレットを

 ちょっと頼まれてしまって……一応渡しておくね」


 壁に置いてあった紙袋をローテーブルの上に置く。


「はい……」


「もちろん目を通すのは元気になってからだね

 別荘って思うのもいいかもね」


「別荘……」


「もちろん、そこに移り住んで

 町の人と交流し当主をしながら

 好きな事をして生きていいんだよ」


「え……?」


「椿さんは何が好きかな」


 何がと言われたのに

 『麗音愛』と思ってしまい赤面してしまう。

 具合の悪いふりをして

 雪春から見えないように寝返った。


「来年の春には高校3年生だ。

 子供の頃から

 紅夜を滅ぼす事を考えていた僕も

 あっという間にこの年齢になった。

 将来の事をもう少し考えていいんだよ」


「……はい」


「玲央君は進学するそうだけど

 同じ大学とか、考えていないのかな?」


「……そ、そんな……」


「2人で楽しいキャンパスライフを目指すのもいいんじゃないかな?」


「な、ないです!

 そんな……そんなのは……」


「もちろん大学受験はあるけれど、勉強嫌いかい?」


「いえ、勉強は……楽しいけど……そんなの……

 私はだって……」


 罰姫だから、と言いそうになってやめた。

 何度も

『お前は人として生きる資格などない』と言われた。

 でも、それを覆す言葉を麗音愛や他の人からも何度も貰っている。


 もう親切に優しくしてくれる人達の前で、口に出してはいけない、

 そう思ってはいるのだ。


「まぁ、まだゆっくりと考えたらいい。

 年越しにまた神社で行事もあるから、冬休みに遊びに来たらって

 おばさんが言ってたよ」


「そうですか……」


「沢山話して疲れたね、タオルをもう一度温めてくるよ」


「あ、すみません。それでも大丈夫です」


「いいんだ。待っていて」


 横になったが、机に置かれたパンフレットに手を伸ばす。

 そういえば

 まだダンスパーティーのドレスも決めていなかった。


 キレイな世界のパンフレットだけ溜まっていく。

 見ると家だけではなく

 あそこから通える範囲の

 大学や専門学校のパンフレットまで入っていた。


 身体はもう大きくならないが、歳はとっていく。

 椿にとって、未来は不安しかない。

 永遠に今が続けばいいのにと思ってしまう。


 ため息をつくと、携帯電話が鳴った。


 麗音愛だ。


『椿? 体調どう?』


「すごく良くなったの、ありがとう」


『みんなに、お見舞いって色々渡されて大荷物だよ

 雪春さん来て大丈夫だった?』


「うん、色々よくしてくれて……夕飯も作ってくれるって……」


『え、夕飯も?』


「うん、麗音愛、今日は塾だよね」


『そうだけど。塾には行かないで帰るよ』


「でも……せっかくの塾」


『帰るけど……迷惑かな』


「め、迷惑なのは、私で……」


 顔を見て御礼を言うのは、恥ずかしすぎると思い

 今しかない! と決意する。


「あの、色々と……迷惑かけて……」


『ん? 迷惑なんて思ってないよ』


「部屋まで連れてきてくれたり……ア、アイスも

 た、た、食べさせてくれて、ありがとう」


『あ……いや……ぜ、全然何も……大した事じゃないよ

 今日はもう大丈夫?』


「え?」


『もう1人で食べれてる? 雪春さんに……とか』


「ま、まさか!! 1人で食べたよ!」


『良かった……いや、じゃあ帰るから!』


「うん!」


『なにか欲しいものある……?

 ……アイスとか。半分溶けちゃったから』


「……う、うん、じゃあ……アイス」


『わかった』


 優しい声で電話は切れた。

 携帯電話を宝物のように抱きしめる。

 桃純家の話は

 麗音愛にはしないでおこうと椿は思った。


 まだ未来の事など考えたくない__。





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― 新着の感想 ―
[一言] う〜〜〜ん、う〜〜〜ん(๑`^´๑) 雪春さんの中ではあの地にいて襲われたのがない事になってない? いや、良いんだよ。 別荘なり家なりを建てるのは。 でも、数人であの地に住んだとして、また襲…
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