クラックシッククラシックホーム
麗音愛を見送った後も
鍛錬を続けていた椿は汗を拭きながら帰宅した。
随分、正午を過ぎてしまったが
麗音愛の帰宅は夕飯前だろうし
部屋でカップラーメンでも食べようかと考える。
「椿、おつかれさん。おかえり」
「姫~おかえり」
「た、ただいま」
2人ににっこりと迎えられ、驚く椿だが
何やらリビングが色々と飾り付けられている。
「何やってるの?」
「俺らの歓迎パーティーするべ」
「引っ越し祝いパーティーとか~親睦パーティーとかそんな感じ?
改めて昼間から飲んで食べて騒ごう~」
確かにリビングには良い香りが漂っている。
台所に梨里が持ってきたオーブンで何か焼かれているようだ。
「……私も?」
「当たり前だべ」
「麗音愛は出掛けたよ」
「あ~~ん……まぁ、帰ってきたら来ればいいんじゃね?
梨里がメールするってよ」
「まぁ、まずシャワー浴びてさぁ
着替えておいでよ」
「わ、わかった」
急なパーティーの誘いに、椿は戸惑うが
ニコニコな2人を前に断る用事もないので
シャワーを浴び、着替える。
リビングに行くと、沢山のフルーツの入った飲み物を渡された。
「姫、乾杯~仲良くやっていこうね」
「そうだな、仲良くだな乾杯」
「うん、そうだね乾杯」
ゴクッと飲むと、甘いフルーツポンチだと思ったが
苦味がある。
「……美味しいけど、ちょっと苦い?」
「まさか、初めてじゃないだろう」
「え? 何が?」
なんだか、ぽわっと身体が熱くなる。
「これ……もしかして」
同化剥がしの儀式前に
浄化として、一舐めしたお酒。
その時と同じように、熱い。
「なんだ、苦手~?」
「だ、だって飲んじゃいけないものだよ」
「紅夜の娘が、そんなもの守ってる必要ないだろ
ま、無理強いなんてしね~よ」
「フルーツポンチだよ、キレイで美味しいっしょ
ほら、こっちは普通のサイダーだよ」
驚きながらも一口飲んだだけだったので、椿は
普通のサイダーを飲む。
梨里は豪華な一羽の鳥の丸焼きを上手に切り分けて
椿に渡してくれた。
他にもチーズなどのオードブル。
色とりどりのサラダや、付け合せの焼き野菜。
食べやすいスティックのピザ。
チョコレートケーキ、圧巻のパーティーメニューだ。
「すごいね梨里ちゃん」
「姫のために作ったんだから沢山食べなね~」
「これも美味いぞ、椿」
ワイワイとにぎやかな2人を前に
なんだかんだ話に答えて時間は過ぎていく。
携帯電話を見たが
麗音愛からは何もきていない。
「え、姫、クラックシッククラシックホーム持ってんの?
あたしやりたい!! 話題だよね~」
その一言で、断るわけにもいかず
空になった沢山の皿を適当に片付け
リビングの巨大テレビにゲーム機を繋げゲーム大会が始まった。
もう、いつの間にか夕方だ。
「雰囲気出そうぜ」
クラックシッククラシックホームはホラーシミュレーションゲームなので
龍之介は早々とカーテンを引き、真っ暗なリビングになる。
「ちょっとコンビニ行ってくる~
先始めてていいから~」
言い出した梨里はダウンジャケットを羽織り出掛けてしまったので
椿と龍之介の目には
ゲームのスタート画面が映ったままだ。
「飲むか?」
缶飲料を目の前に見せられる。
「いらない……サイダーある」
麗音愛以外の人とテレビゲームをするのは初めてだし
隣にいるのが龍之介で、椿は落ち着かない。
「冷てぇなぁ」
「ご、ごめん……そういうつもりじゃ」
「でも苦手だろ、俺の事」
「……う、うん……」
椿の本音を聞いて、ぷっと笑う龍之介。
「もう玲央と喧嘩はしねーよ」
「本当?」
「俺が苦手なのってそこ?」
「それだけじゃないけど……
麗音愛に楯突くのは、嫌だよ……」
「れおんぬ、れおんぬだな椿は……」
「……そんな事、ない……」
麗音愛の名を出したのは自分なのに
龍之介に言われると途端に一層気まずくなり
椿はゲームのスタートボタンを押した。
「望まれてない家に嫁いでも、幸せになれんぞ」
「え?」
「俺の母親も、反対されたまま
親父と結婚したけどよ」
テレビでは、ストーリーのムービーが流れ始めた。
「婆ちゃんや、他の親族にも
いびられて
身体壊して、死んじまった」
「……そうなんだ……ひどいね」
「だから咲楽紫千家に嫁いでもいい事ねぇぞ」
「な!
何を言ってるの!」
「お前は桃純家の当主だし紅夜の娘だし
血の重さはわかってるだろ」
ゲームの主人公が、化け物を前に叫び声をあげている。
「そんな事わかってる……誰よりも」
「罰姫だもんな……」
「……そうだよ」
クラックシッククラシックホームは、大きな屋敷を舞台に
女の子の主人公が怪奇現象や化け物を相手に
脱出を試みるゲームだ。
予約をして発売当日に2人で買って始めたが、麗音愛がすぐに
『面白くないから、もうやめよう』と電源を切ってしまった。
それは、このスタートムービーで
主人公の女の子自身も、半分化け物だったとわかって
椿が苦笑いしたからだ。
それを麗音愛が見逃さないで、電源を切って
レースゲームに入れ替えた。
それから一度もしていなかったゲーム。
「私は……罰姫だもん……」
自分が罰姫だと思い出す時
椿は麗音愛の事を一緒に思い出すようになった。
麗音愛の優しい笑顔を思い出してしまう。
その瞬間に切り裂かれるような胸の痛みが襲ってくる。
言葉にしてはいけない、この愛しい気持ち。
じわりと涙が出そうになって、慌てて下を向く。
憂いの涙顔__。
それを、龍之介は見つめていた。
「……俺、なんか今
お前の事、本気で好きになったわ」
「え?」
「俺なら、お前の全てを受け止めてやれるよ」
うるさいムービーを龍之介が止めて
お互いの瞳に、お互いの瞳が映った。
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