修旅~明橙夜明集・黄蝶露~
最終日の訓練の前に
やはり全員が雪春の持ってきた明橙夜明集が気になるようで
そのお披露目になった。
「これは加正寺の分家から預かり受けたものだよ。
琴音さんの白夜団入りを聞いて、是非使ってほしいと……」
「この子、調査部じゃないの?」
梨里が琴音を見て、雪春に言う。
「まぁ、そうですが
今の状況ではどんな力でも欲しいところです」
「まぁ姫だけに負担させるのもねぇ」
ニヤッと笑って美子を見た梨里を、ふん、と美子も見返す。
「そうやって、いつまでも嫌味言っていればいいわ」
「梨里も、もう
よっちゃんの同化剥がしについては突っ込むな。
正式に団で認められた話なんだから」
「ただのジョーダン~早く見せてぇ~」
「もう、私の武器になるんですから、黙っててくださいよ」
雪春が手頃な岩に乗せ
ガパっと重厚なアタッシュケースが開かれる。
「……サーベルか」
武十見が落ち着いた声で言うが、感じた気配で
ごくりと唾を飲み込んだ。
開けた瞬間に、寒気を感じたのだった。
「黄蝶露……」
椿が呟く。
小さい頃から108の武器が記された書物
明橙夜明集を読んでいたので覚えているのだ。
「こんなの、入ったばかりの女の子に扱えるかい……」
尋常ではない雰囲気のサーベルに、剣一もつい口を挟んでしまった。
琴音も鞘に入っている状態でも何か感じたのか
少し怯えた顔をする。
「これは、かなりの妖魔も斬っていますしね……」
『も』という言葉が気にかかる。
「まぁ、その昔
戦争の頃には、このサーベルで国を護った英雄として勲章も頂いているのですよ」
国を護ったという事は、つまりはそれだけの人を斬ったという事なのだろう。
「あ……その話は聞いた事がある。
それで本家と仲が悪くなったって……」
「力関係が崩れると大変ですね。
まぁ加正寺家のお家騒動は、今は置いておきましょう。
本家には譲らない、しかし使えるものもいない……とただ安置されていた、この黄蝶露。
さぁ琴音さん、持ってみますか?」
どうぞ、というように両手を開く雪春。
「落とさないようにしてください」
「もう、見くびらないでください!!」
鞘に収まっている黄蝶露に手を伸ばす琴音。
「琴音さん、刃の方も支えて取り出して……」
アタッシュケースにはまっているサーベルを伊予奈が
貴重品を取り出すように、手を支えるように取り出させた。
「そう、こうしっかり右手で持って抜いてみて」
「は、はい……」
16歳の女子高生だ。
たどたどしいやり取り。
「俺、もう特訓戻っていっすか?」
もう飽きたのか、龍之介が吐き捨てるように言う。
「小屋の周りでも走っていろ」
武十見も
この武器披露は訓練内容には入っていなかったので目を瞑るつもりらしい。
「ぬ、抜きます……」
グッと、琴音が抜こうとしたが……。
「あれ、抜けない」
何度かガチャガチャと引っ張るが、やはり抜けないようだ。
「あ~~ん、だめかぁ~こっとんガンバ!
修行修行~~~」
そう言うと、梨里も龍之介の後を追う。
「え? え? どうして?」
「明橙夜明集には、武器それぞれ特徴もあってね
力がある程度ないと、抜く事もできない場合もあるの。
仕方ないのよ、琴音さん。大丈夫」
優しく、伊予奈が肩を叩いた。
「まだまだ! これからだ! 琴音
今日の修行も頑張るといい!」
「そ、そんな……」
「椿さん、桃純家として
使用できるか見てもらえませんか」
突然の雪春の提案に椿が驚いた顔をする。
「で、でも……
琴音さんが抜けるようになると思うし……」
「今の状況での戦力も把握しておきたいのです。
もちろん琴音さんにも期待していますよ」
「……どうぞ」
琴音は明らかに不機嫌そうな顔をしたが
そのまま、無造作にアタッシュケースに黄蝶露を置いた。
「椿、無理するなよ」
「……うん」
琴音と同じように
個人の気分では断れない雰囲気を覚えた椿は黄蝶露を手に持つ。
「……!」
黄蝶露の雰囲気は、見ただけでも重たい……。
言ってしまえば、晒首千ノ刀のような邪流のような淀みを感じた。
妖魔を、そして人を沢山斬ったからなのか……。
椿はサーベルを扱うのは初めてだったが
動作としては戸惑うことなく、引き抜いた。
ぞくりと……やはり皮膚が泡立つ感触。
これは、なかなかきかない子だと椿は感じる。
人を斬ってこうなったのではない
斬る運命の刃だった――そんな風にも思わせる存在。
愛らしい黄色い蝶を感じさせる様子はまるでない。
「黄色い蝶を一瞬で水滴のごとく飛散させた……と」
確かに鞘の蝶の絵は、よく見ると点で表現されていた。
「椿、大丈夫?
雪春さん、もういいでしょう」
麗音愛は、今までの雪春が促した事で起きた出来事が脳裏をよぎってばかりでどうも落ち着かない。
「えぇ、抜ければ振るえるでしょう
椿さんなら」
「……はい」
椿は言われるままに、刃を収めた。
「返してください!」
「え?」
琴音は少し強引に黄蝶露を椿の手から奪った。
「これは私のものですから!」
「え、えぇ。もちろん」
「あ、琴音さん!」
伊予奈が止めるのも聞かずに
琴音は一気に黄蝶露を抜刀する!!
先程まで抜けなかった刃が一気に抜けた。
ひゅっと、椿の頬をかすめる――。
「!」
琴音自身が驚いたようで、気付けば
麗音愛に黄蝶露を握った右手を掴まれていた。
「危ないよ。加正寺さん」
いつも優しい麗音愛が、この時ばかりは険しい顔。
「ご、ごめんなさい」
「麗音愛、わざとじゃないし避けたし
抜けて……良かった」
そう笑顔を作る椿を、琴音は睨みつけた。
「玲央、そのまま収めてケースに入れろ」
「うん、加正寺さん、手を離して」
麗音愛は琴音からサーベルを受け取って納刀する。
すぐに伊予奈が琴音の肩を支えた。
「絡繰門部長に急かされた気持ちになっちゃったのよね
さ、琴音さん。
きちんと武器の扱いも教えますから、ね?」
「は、はい……すみませんでした
椿先輩……玲央先輩も……」
「僕が急かしたようで申し訳なかったです。
でもあなたは才能に満ち溢れているようだ。
調査部ではありますが黄蝶露もすぐに使えるようになりますよ
先程少し話した加正寺家の力もね……」
雪春が微笑むと、それにつられ琴音も微笑んだ。
「では、絡繰門さん
琴音さんと黄蝶露はこちらで。さぁ行きましょう」
伊予奈がアタッシュケースを持ち、美子と佐伯ヶ原も促し
皆が場所を移動していく。
「椿は、今日は俺の班だ。剣一もこっちについてくれ」
「はい」
謝罪はされたが、その前の琴音の睨みが
椿の頭から離れなかった。
人気者でみんなが憧れるお嬢様の琴音の
初めて見る険しい顔。
黄蝶露の不気味さも相まって、ゾクリと背筋が凍る。
「大丈夫……?」
「うん……あ……うん、大丈夫」
麗音愛には言わなかったが
Tシャツの袖が裂けていた。うっすらと切り傷もできていた。
朝はなんともなかった、先程のほんの少しかすめた時に……??
刃は確実に避けたはずだ……。
あの憎しみは、何に向けてだろう。
自分の武器を先に抜刀された事への恨み?
琴音が麗音愛を恋の相手として好きな事はもちろん知っている。
親友だと言っても……
やはり近くにいる女の自分は、憎む対象なのだろうか。
椿には、何でも自由で奔放な琴音の気持ちなどわかるとは思えなかった。