修旅~恋心が忙しい~
楽しい夕飯は終わり
コテージに残る者はそのまま各自解散
地下に戻る者は準備後に会館前にて集合になった。
武十見を待っている麗音愛に伊予奈が話しかける。
「玲央君わざわざ、地下に戻らなくても……」
「寝てる時の統制の訓練にもなるので」
「……玲央君、あなたには沢山の負担をかけているわね」
「自分で選んだ事ですから、負担なんて思っていません」
あの日のあの時の選択に後悔した事はない。
「しっかりしてるわね。何か私達ができる事があれば
いつでも言ってちょうだいね」
「ありがとうございます。兄さんはこっちで?」
「そうみたいねぇ~弟さんは地下に行くって言ってるのに……
ちゃっかり具合は15の頃から変わらないわね」
「ご迷惑おかけしていたら、すみません」
「アハハ! 大丈夫よ
なんだかんだ……命の恩人だしね」
ふと、伊予奈が思い出すように遠い目をする。
「え?」
一瞬ドキリとしてしまう、剣一の周りで
こういう表情をする女性達を何人も見てきたのだ。
「昔の話、じゃあ、おやすみなさい
明日も頑張りましょう」
「はい」
すぐに教官の顔に戻った伊予奈は手を振り去っていった。
会館内の冷蔵庫に入ってる水を貰って集合場所に向かおうとする椿に
佐伯ヶ原が声をかける。
「お前、もうちょっと前みたいに普通にサラと接しろよ」
「え?」
「なんか露骨に避けたりすると、変に思われるぞ
さっきだって俺を呼ぶ必要なかっただろ」
前までキャッキャ支えられ抱きしめられニッコニコでやってただろ、と言いたくなるのを佐伯ヶ原は堪えた。
「だ、だって……なんだか恥ずかしくて」
「……恥ずかしい」
クックックッと佐伯ヶ原は笑い出す。
「ど、どうして笑うのーー!?」
「お前にそんな恥ずかしいなんて思う心があるのかと
思ってな」
「もう!」
「でもサラだって、親友なのにどうした? って思うぞ」
「そ、それは嫌だな……」
「そうだ。また変に揉めるような事するな
と、こう言ってお前が悩んでも困るけど」
「麗音愛が悩んだらイヤだものね」
「そうだ……ってなんでにやける」
「麗音愛のため? えへへ、なんでもな~い!」
「アホ! さっさと寝ろ!」
「おやすみなさ~い」
椿の背中を黙って少し見つめ
修行で疲れた肩を揉みながら
佐伯ヶ原もすぐに自分の部屋に戻った。
結局、地下に戻るのは
武十見、麗音愛、椿、龍之介、琴音。
「琴音ちゃんまで下降りるんだ?」
「はい」
ぴゅーっと龍之介が口笛を吹く。
「ラブラブだなぁ! 玲央と」
「や、やだぁ龍之介先輩! まだ違いますよぉ」
龍之介は大声で囃し立てているが
聞こえないふりをして、さっさと崖階段を降りていく。
「麗音愛……琴音さんと……?」
そうだ! 誤解はされてはいけない!
と後ろにいた椿を振り返る。
「違う。勝手に龍之介が言ってるだけだよ」
「そ、そっか……」
椿はどんな顔をして反応したのか見たかったのに、足場が悪くて
前を向いてしまった。
「龍之介の言うことなんて、嘘だから
加正寺さんとは一切何もない」
断言しておかなければ、誤解だけはされたくない。
「うん」
「そういう椿こそ……」
『椿の方こそ、今誰かと付き合っていたりするの?
川見先輩とか、佐伯ヶ原……とか』と
今なら聞けるか? と思ったが
「あ、あれ見て」
椿が地下空間の遠くを指差す。
地獄谷のようなガスが吹き出す荒れたオレンジ色の土地に
今から向かう宿泊場のコテージ
更にその先の暗がりに、小屋がある。
いつも霧のようなもので曇っているのが今、晴れている。
「あ、前に見た小屋だ」
「あれがそうなの? なんだろう」
「あれは風呂場だ」
2人の後ろから降りてくる武十見が、そう言った。
龍之介と琴音は何やら話し込んで、まだ上の方で
ゆっくり降りてくる。
「お風呂?」
「あぁ源泉の露天風呂だ。川の水と合わせて温度を調整している」
「明日に入るお風呂ですか?」
「いやいや、それはあのさっきの施設内にある
こっちは此処の宿場用にと、戯れで作ったようなものだ」
「今も入れるんですか?」
「あぁ、見には行った。案外近いんだぞ。
ただあっちは光りも弱く薄暗いし妖魔もたまに出る
不気味だって誰も入らなくなったな」
確かに風呂場の方向はまた暗い霧に閉ざされて見えなくなっていく。
「武十見さんは?」
「俺は風呂より川の水浴びの方が好きな男だ!!」
笑う武十見と一緒に笑いながら降りていく。
琴音は追いかけてはこないので、またホッとしてしまう。
琴音に対する答えはもう一つしかない。
それをわかっているから、まだ言うなと言ったのだろうか。
椿をチラッと見ると微笑んでくれる。
絶対にできないけれど、もし椿に告白をして
それで『ごめんなさい』と言われたら……親友の関係も崩れてしまうだろうか。
考えただけで怖い。
告白というのはどれだけ勇気がいるのだろう。
その勇気を持って、告白をしてくれたのだから
琴音の気持ちには誠意を持って返事をしなければ。
だけど告白されたとかいう話も、椿にはできるだけ聞かれたくない。
最近なんとなく感じる、少しのギクシャク。
できるならこの修業旅行中に、椿に理由を聞くと決めた。
心がなんだか忙しい。
まるで聖流と邪流が乱れ流れる、この場所のようだ。