修旅~みんなでクッキング~
ワイワイと中央の施設内
家庭科室のような大きな調理室で全員で夕飯作りが始まった。
「タタタン、タン♫」
意外にも梨里が先導を切って、カレーの具材の下準備をしていく。
「へ、へぇ……すっごく意外ですね」
琴音はイヤミを言いたいが、その手さばきに何も言えない。
「あたしはねぇ~子供の頃から花嫁修行
いろいろやってぇし~料理もパーフェクなわけ
ピアノやらお花なんかも色々やってきてるしぃ」
「わ、私もピアノくらいできます! お花だって……少し……」
「この前もイタリアンで家パ~したよ
店のご飯の写真撮ってバエる~とか踊らされてる側だよねぇコットン」
キィ! と悔しがる琴音の横で玉ねぎを切る美子。
「每日の家庭料理が無理なく作れれば問題ないわ」
「ヨッシィ、玲央っぴって何が好きなの?」
「え~と……」
美子の手が止まりかける。
「剣にぃは?」
「赤飯とイカ」
即答してしまい、うっと包丁の止まる美子。
「ブレないね~あんた、まだ好きなの?」
「えっ……美子先輩、剣一部長が……?」
「違うわよ! やめて! こんな時に!!
玲央は……カレーが好きねカツカレー」
「そうなんだぁ、やっぱカレシではなさそうだね」
「玲央先輩、カツカレー……可愛い」
余裕の顔で人参を包丁で花の形にしていく梨里。
もちろん、わざと余計な事をしている。
「さぁ? 本当の事なんて梨里には言わないわよ、玲央は」
「ふぅ~ん? 幼馴染って今更、古すぎて興奮もしないよね?」
「玲央はギャルなんて嫌いよ」
「どうだろうね?
さっさとこっち終わらせて玲央のとこ行くし
ねぇ~どうして玲央と姫がペアでやってんの~?」
伊予奈はじゃがいもの皮を剝きながら
チラッと麗音愛と椿を見る。
「あの2人は戦闘でもペアになる事が多いからよ
この修業では離れての勉強も多かったから、食べるための調理を一緒に作業することによって信頼関係が……」
「あ~はいはい。そういうのいらな~い」
梨里が指を弾くと、銀のボールに出来上がった花人参が飛んで入った。
渡されたレシピを見ながら
麗音愛と椿は豚肉と3つのバットに卵や小麦粉、パン粉を入れ準備をしていく。
「こうやって、小麦粉つけて、卵の液にくぐらせて……
パン粉を付けるんだってさ」
「トンカツって、こうやって作るんだね!」
「だね、俺も初めて作る」
家でも、両親不在の時に何かしらは作るが
揚げ物などしたことはもちろんなかった。
2人でビニール手袋を嵌める。
「うん、工作みたい」
「コロッケもこうやって作ってるのかな」
「多分」
「椿、また食べに行こうね」
「うん!」
椿がすぐ笑顔で返事をしてくれてホッとしている自分がいた。
自分でも不思議なくらい今まで当たり前にしていた事が
急に難しい事のように思えたりする。
「これで、大丈夫かな? できた!」
最初の1枚を余分なパン粉を落として、嬉しそうな笑顔になる椿が
可愛い……。
「え?」
「いや、綺麗にできたね」
「うん!……麗音愛、今日はすごかったね」
「椿のおかげだよ」
「全然、私は何もしてないよ。麗音愛の努力だよ
すごいね」
心があたたかくなってジワジワと改めて嬉しさがこみ上げてくる。
「椿がいないと無理だった」
「私が……」
「うん椿がいてくれたから……あ、ほら剣での闘いとかさ誘ってくれたから」
急に変な事を言ってしまったかと焦ってきた。
あの時抱きしめてしまった事も思い出す。
「うん」
椿は下を向いて、黙ってまた豚肉にパン粉をまぶしている。
微妙な空気。
やっぱり何か変な事をして怒らせたり、している……??
椿もあの時の事を思い出して……もしかして嫌な気持ちになっているとか?
「ん、いたた……」
ふと、椿の目に前髪が入ってかけている。
でも椿の小さな手に嵌めたビニール手袋は輪ゴムで止めてしまったので
すぐにはとれない。
「待って、椿……俺が今」
慌てて、麗音愛が手袋をとろうとするが
「え!? あ、だ、大丈夫だよ!
さ、佐伯ヶ原君!!」
椿が大きな声で佐伯ヶ原を呼んだ。
「あ?」
隣で剣一達とサラダにするレタスをちぎっていた佐伯ヶ原が
気付いてやってくる。
「どうした?」
「ごめんね、前髪ちょっと目に入って……」
「ったく……少し伸びてきたな。後で切ってやる」
そういうと佐伯ヶ原はゴソゴソとエプロンをずらして
パーカーのポケットからへアピンを取り出しサッと椿の前髪を留めた。
御礼を言って麗音愛に向き直す椿。
おでこ全開でまた可愛い。
可愛いが――
一連の流れが、麗音愛にはショックを感じたのであった。
佐伯ヶ原との距離が心も身体も近い――!!
「あ、麗音愛、小麦粉忘れてる」
「あ」
麗音愛の手の豚肉はもう遅く卵液に浸かっていた。
「だ、大丈夫だよ、麗音愛!」
自分の心のさざめきがあったとしても
――椿は、やっぱり可愛い。