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修旅~あの子もこの子も振り回す~

 

 琴音の身体が汗で濡れたTシャツの麗音愛の背中に密着している。


「えっ……か……加正寺(かしょうじ)さん」


「先輩……好きです」


「……」


 ぎゅうと抱きしめられ、振りほどくわけにもいかず硬直してしまう。

 落ち着けと命令しても、どうしても鼓動は早くなる。


「お、俺は……だからこの前言ったように……」


「関係ないです、怖くありません」


 すり、と擦られる琴音の頬、柔らかい胸の感触が背中に伝わってくる。

 心が落ち着く暇はない。


「俺は……」


「返事はまだしないでください!」


「え」


「まだ言わないでください!

 私、玲央先輩と一緒なら頑張れるし

 それに、それに……玲央先輩になら……なにされてもいいです!」


「な、なに言って」


「本当です……! ――なんでも」


 背中を振り返ると、頬を染めた琴音と目が合った。

 その瞳は潤んで、またぎゅっと力を込められ柔らかい感触が当たったので

 麗音愛もカァっと顔が熱くなる。


「玲央―!」


「あっ」


 美子の声が聞こえ、琴音がバッと離れた。

 琴音のTシャツの胸元に麗音愛の汗が染み移っている。


「本気です……私

 結界も自分でできるようになって強くなります」


「……でも」


「何も言わないでください!

 私と、他の人の恋を比べないでください」


「加正寺さん……」


 また美子が呼んでいる、見れば皆が揃い始めていた。


「行きましょう玲央先輩」


 パーッと琴音は走り去っていく。

 突然の事で、心臓の鼓動は早いまま呆然としてしまう麗音愛。


 生まれて初めての女子からの愛の告白。


 しかも琴音は男子に人気、SNSでもアイドル的な存在だった

 自分にとっては住む世界の違う、世間的には高嶺の花。

 心は動揺してしまう。


「いて!」


 気付けばまだ

 心が乱れ、太腿が切り裂かれていた。


「はぁ……なにやってんだ俺……」


 傷は消えていくが、買ったばかりのスポーツウェアはもうボロボロだ。




「サラ、どうしたんです?」


「え、いや。なんでも……」


 そう言いながらも一番最後に少し遅れて、疲れたように崖階段を昇る麗音愛を

 佐伯ヶ原が案じる。

 佐伯ヶ原の不気味な芸術的視線は麗音愛的には

 珍しい被写体として見ているのだろうと理解している。


 ただでさえ、精神的にしんどい修行中。

 剣一であれば、女子の告白も嬉しい出来事として昇華できるかもしれないが

 麗音愛にとっては解決したのではないかと思っていた悩みの種が一層芽吹いてしまったわけで……。


「佐伯ヶ原ってさ……」


「はい」


「いや、なんでもない」


『彼女とかいるの?』と聞きそうになったがやめた。

 思えば、椿と佐伯ヶ原はいつの間にか、すごく仲が良い。


 最初の最悪な出逢いから、プレゼントを椿に渡したり髪を結ったり

 美術部に行ってモデルをしている話も何度か聞いた。

 あの密室で……何時間も……。


 ここでもしも、もしも、もしも!

『俺、椿と付き合ってますよ?あいつ言ってませんでした?』

 なんて言われたら

 この崖から落ちてしまうかもしれない。


 さっきまで精神統一修行をしていたとは思えない、めまいがする。

 自分はこんな話をするために此処に来たのではないのだ。


「何かあれば、いつでも言ってください」


「……ありがとう」


 そう目眩をごまかして浮かべた麗音愛の微笑みを見て

 ポッと佐伯ヶ原の心にまた赤く火が灯ったことを

 麗音愛は気付いていない。


 先を見上げると椿が武十見の後ろを歩いている。


 今日はまだ全然、話もできていない。

 一番に修行の成果を話したいのに――。


 何か椿にちょっかいをかけている龍之介に美子が間に入って止めさせたのが見えた。



「地上だー!」


 久しぶりの地上の空気は、思った以上に冷えていたが

 森林に囲まれ澄んで美味しく感じる。


 本当の夕焼けも、地下の曇ったオレンジ色と違い美しい。


 なんだか少し遠い椿も笑顔で喜んでいて、癒やされる。

 琴音は伊予奈と話をしながら振り返る事もなくコテージの部屋に行ってしまった。


「玲央」


 自分も部屋に入ろうとした麗音愛は美子に呼ばれる。

 調理が始まるまで、少し部屋で休もうとしていた麗音愛だが、意外に力の強い美子に誰もいない会館裏側に引っ張られてしまった。


「玲央……琴音さんと何話してたの?」


「えっ……いや」


「どうせハッキリ断ってないんでしょ?」


「な、なにを」


 和風美人の切れ長の目にキッと睨まれる。


「告白でもされた?」


「あ、いや……えっとまぁ……。

 誰にも言わないでくれよ」


 まだ数日の修行旅行も残っているし、戻っても同じ学校。

 どうにか穏便に済ませたいのだ。


「玲央は押しに弱いから」


「そんな事はないよ

 大丈夫だから

 俺だってその辺流されたりしないよ」


 グッと麗音愛に迫るような距離だった美子は何かを思い出したように一歩後ろへ下がった。


「梨里も心配だし」


「あの人は苦手だけどさ確かに、からかってるだけだろ」


「……私と付き合ってる事にしてもいいよ?」


「え!?」


「断れないなら、そうした方が安心じゃない?」


 この幼馴染は、品行方正、才色兼備、文武両道、大和撫子なのに

 時に破天荒だ。


「いや、そんな嘘……わざわざつく必要ないよ」


 嘘を付くのはもちろん嫌いだし、そんな嘘を付けば……どう思われるか……。

 誰に誤解されても構わないけど、誤解されては困る人が1人。

 もう心の中にいる。


「俺は大丈夫だからさ

 ……美子は大丈夫なの? もう」


「大丈夫って?」


「兄さんの事……」


「大丈夫っていうか、まぁ……整理は色々できてきてる……つもり。

 玲央には色々助けてもらったし……だから私も御礼したいだけ、だよ」


 麗音愛より困ったような、顔をする美子。


「いいよ、そんなの気にしなくて」


「それに、目の前で梨里とかあの子が玲央に

 近づこうとするの見たら、それは……なんかイヤだって思ったし」


「えっ?」


「抱きつかれたくらいで、鼻の下伸ばさないで」


 困った後は、また急に怒ったように早口になる。

 自分への怒った顔は、あの同化剥がしの槍鏡翠湖との闘いの時以来だ。

 あれは槍鏡翠湖だったわけだが

『タケルは私のものだ!』と言われた時を思い出してしまった。


「鼻の下なんて伸ばしてないよ、ていうか見てたの?」


「見えただけ」


「なんで、美子が怒ってるんだよ」


「怒ってないし……わからないわよ」


「ええ……」


「兎に角! 咲楽紫千家の晒首千ノ刀の継承者で

 こんなに努力している人が女の子に抱きつかれて怪我なんて

 してたら情けないよ」


「ぐぅ……」


 グサッとくる事を言って、美子は行ってしまった。

 ヘトヘトの修行の後に

 後輩女子に後ろから抱きつかれて柔らかい胸を当てられたり

 幼馴染に正面から胸にナイフのような言葉を突き刺せられたり……。

 ふらふらと疲れて

 ちょうど紅葉の葉が積もったなか、切り落とされた切り株に

 麗音愛は、ふぅっと腰を落とした。





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― 新着の感想 ―
[一言] 美子の本心はわからないけれど、椿のためには美子を縦にしても良いようなっ気がしてきた。 でも、付き合っているというのは無しで! どうせなら椿と付き合っているってので良いじゃん! と思うけど………
[良い点] おどろおどろしい舞台とコメディ感ある青春恋模様という相反したメリハリのある秀逸両極世界観を武器に突き進んでくだされ(*'▽')! [一言] カラレス一周年おめでとうございます(*'▽')…
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