修旅~うまくはいかない~
「あっ……くそ……」
また弾け飛ぶ呪怨。
繰り返す度に
積み重なる疲労と、また苛立ちも感じ額の汗を麗音愛は拭った。
座っているだけだが
統制が狂って牙を向いた呪怨に噛みつかれ引きちぎられ
血の痕は残りボロボロになっている姿。
それを見て夕飯を知らせにきた琴音が小さく叫ぶ。
「よし!
初日だ。今日はもうやめにする」
横を見ると、数十本の針留結界を周りに浮遊させている龍之介が見えた。
「玲央、何を比べ己を測るべきなのか
そこを間違えるなよ」
「……わかっています
まだ、続けてもいいですか?」
「今日は終わりだ。
朝からハードに続けている。明日からは好きにしていい」
「……はい」
麗音愛と武十見の話が終わったのを見計らい
琴音がタオルとペットボトルのスポーツドリンクを渡す。
椿も剣一も、もう近くにはいない。
「お身体、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
コテージまで少し距離がある。
琴音はできるだけ麗音愛の近くにと早足で歩く。
「前に出掛けた時は、本当にごめん」
自分の歩みが早い事に気付いた麗音愛は歩みを合わせたが
距離は少し離れた。
「あの後もすぐ言いに来てくれたじゃないですか
もう謝るのは無しですよ。全然平気です」
「せっかく調査部に入る事になったのに
こんな合宿に来ることになって、災難だったね」
「私は嬉しいですっ……!」
「ごめん、頑張っているのに変な事を言ったね」
「あの、玲央先輩。私が嬉しいのは……」
麗音愛の横顔は真剣で、今の修行を考えている顔。
2人きりで琴音の胸は高鳴るが、自分のことなど全く眼中にないことはすぐにわかる。
「麗音愛ー!」
その麗音愛の厳しい顔が、遠くのコテージで手を振る椿を見ると
ふっと微笑みに変わる。
「ごめん。何か言った?」
「いえ……結界張れるように頑張ります」
「うん、俺も頑張るよ! 行こう!」
「は、はい!」
夕食後は自由時間だったが
携帯電話も電波はないので使えない。
コテージ内は狭いので皆が外で
梨里はネイルのケアをし、美子は読書をしている。
剣一はもう就寝。
琴音は伊予奈と話している。すっかりなついたらしい。
自主練も今日は禁止ということだが
コテージのボロボロのウッドデッキに麗音愛は座り
じっと黙って精神を集中させていた。
佐伯ヶ原がその横顔に見惚れデッサンをしている。
「玲央のやつ、なーんにもできてねぇでやんの」
「だっから、あんたはバカ龍なんだよ。
玲央っぴの力はチートで誰にも予想なんてできないの
あんたの力と根本が違うんだから」
「チートでも女に怪我させたら意味ねーだろ」
その言葉でピクリと麗音愛の眉が引きつる。
椿へ怪我させた事を一体どこで知ったのか。
「針留君! 今度そんな事言ったら
私が絶対に許さない!」
「姫ご立腹、バカ龍……」
「ジョーダンだって椿、さ、俺今日は上の番だから
そろそろ行ってくるわぁ」
パッと立ち上がって龍之介は伊予奈の元へ行く。
椿は心配そうに麗音愛を見るが
麗音愛はまた黙って精神集中に戻る。
龍之介に言われた事は事実だ。
今、椿に何度謝っても
あの時に受けた痛みは消せない。
悔しさも怒りも……消す……。
もっと冷静に、心を鎮める事に意識を集中させる……。
しかし結界修行に入って2日目。
麗音愛はまだ針留を形にはできず、龍之介の周りに増えていく
針留結界を横目に焦る気持ちが芽生えていた。
「晒首千ノ刀の力、呪怨の力は未知数だ。
一応資料を読んで、メニューを考えたが……
違うトレーニング方法も検討しよう」
「はい……」
夕飯の後は少しの自由時間。
「あーもう、アカ凍結とかまじ最悪。フォロワーみんな泣いてるわぁ」
「知った以上は無視できません。さぁ梨里は今日は上でお願いね
上で眠りたい子は他にいない?
今日過ごしてわかったと思うけれど、別に此処で眠る必要はないのよ?
体調を崩されたら困るから」
琴音はチラっと周りを見回す。
美子も琴音を見た。
「椿先輩は……?」
「裏の川の洗い場で身体洗ってくるって」
「……椿先輩は平気なんですねぇ……」
「そうね、冷たいしキレイなのかも気になるわよね」
「ですよね、ドライヤーもないし……」
2人の間に微妙な空気が流れる。
「き、今日は梨里先輩も上ですし、上でいいかもしれませんね」
「そ、そうね……
お母さんに一応電話もしておかないといけないし」
「私もです」
「じゃあ上に戻りますからね~!」
「「私も上に行きます!」」
そうして地上に女子達は上がっていくのだった。
崖の壁階段を上っていくのを
Tシャツと短パンのまま、川辺に作られたほったて小屋から
出てきた椿が見つける。
「あれ、みんな上に行っちゃうんだ」
小屋と言っても囲いになっているだけで
ただ川の水をバケツですくってする水浴びの
視線避けになっているだけだ。
「おう、椿
さっぱりしたか。ほれ俺の特製プロテイン飲むか」
「はい、ありがとうございます。あれ麗音愛
どこ行くの?」
「今日は自主練ができるから練習してくる」
「えっ」
「玲央、無理はするなよ
俺もまたメニューを再検討してみよう」
「……なんとかこの修業は、自分でも乗り越えたいんです」
「椿~こっちでカードゲームでもするべ~?」
龍之介が椿に声を掛けるのが
正直気になるが、何よりも今の目標が大切だ。
靴を履いて玄関の扉を開けた。
「わ、私も麗音愛と行ってきます
今日の復習もしたいし! 麗音愛待って!」
椿はプロテインを一気飲みして口を拭くと
すぐに靴を履いた。
ふわっと近くに寄ってきてくれる温かな存在。
どうしたって嬉しさが滲んでしまう。