教育部部長夜十木武十見
椿はその日のうちに退院したが、休日に本部へ呼ばれた。
白夜団団長の母の直美は不在だったが
剣一が出迎える。
「大丈夫か、椿ちゃん」
「はい。もう全然平気です」
会議室には豪華焼き肉弁当が7人前とお茶とお菓子が用意されている。
「これから、ちょっと他の部長さんも来るから
食事会にしておけば報告もしないで色々と話もできるぞー!
2人は先に食べててくれ。2個ずつ食っていいぞ」
「兄さん、どうしてそんな知らない部長さんと……話なんて別に」
「うん、この前話してた訓練の話
それの部署の部長さんだから話聞きたいだろって思って」
あの日電話で麗音愛から自分が椿に怪我をさせたと
報告を受けた剣一は、
麗音愛が一層決意するだろうことをわかっていた。
「あ、ありがとう」
「会議じゃないから色々聞くといい
ごっついけどいい人だから!
んでその後は雪春さんの聴取もあると思うけどそこは勘弁な!」
という事は、雪春も昼食をここで食べるのか。
と思うと少しゲンナリしたが
とりあえずは弁当を食べるかと椿を見る。
慌てて椿は笑顔になったが、まだたまに塞ぎ込む。
あれから二度程、夜中に電話で話をした。
麗音愛に紗妃を殺させてしまった事を思い出すと辛いようだった。
剣一が出ていって、2人で並んで会議用のパイプ椅子に座る。
「椿、これ滅多に食べられない高級弁当だよ。絶対美味しいよ!」
「え? そうなの? やったー!」
嬉しそうに飛び跳ねる椿。
何も気にするなと言っても
戦えば、戦うほどに椿の心は傷ついていく。
今まで以上に、守りたいと
椿を想う気持ちに気付いた途端に
自分自身が、椿の身体を傷つけて、心まで……。
それを思うと、麗音愛もまた心が痛み眠れない日もあった。
ただ2人でいる時は、自然に心癒やされる。
いただきます、をしたと同時に会議室のドアがバーンと開かれた。
「!?」
スーツを着ていても分かる筋肉隆々の大男が
両手に大きな紙袋を持って部屋に入ってきたのだった。
筋肉隆々の大男は2メートルはあるだろう。
顔には傷跡があり、短髪。
年齢は父の雄剣と同じ40代……?
高校生の麗音愛達には見当がつかなかったが
軍人です、と言われても違和感のない屈強の戦士のような男が
急に会議室に入ってきたので
高校生の2人は弁当を開けようとしたまま固まってしまった。
「お疲れさん!」
大きな声の挨拶のあと
男は意外にもニッコリ笑い、ズカズカと歩み寄ってくる。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
慌てて麗音愛も椿も挨拶を返したが
迫力の大男が近寄ってきたので、椿は椅子のまま
つい麗音愛の後ろに隠れてしまう。
「おお!? なんだ、剣一のやつ
こんな弁当があるなら言えよなぁ!!
駅弁やら買い込んできてしまったぞ!!」
ドスン! と2人の目の前に紙袋。
どうやら中身は、駅弁にご当地の銘菓や饅頭らしい。
「まぁ、デザートに饅頭でも食べるといい」
そう言うと、椿に饅頭の箱を一つ手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
「男子は、まだまだ食べられるだろう!」
麗音愛には駅弁を2つ。
「え、いや……あ、あの、あなたは……」
「ん! そうだな自己紹介がまだだったな」
そういうと男は、わざわざホワイトボードに名前を書き始める。
「俺は、教育部部長の夜十木武十見だ」
「それでは……夜十木さんが、俺の……」
「あぁ、剣一から話は聞いてある」
武十見がパイプ椅子に座ると壊れそうな軋む音がした。
「麗音愛、一体、何の話?」
「次男坊が修行がしたいと、いう話だ」
椿にはまだ伝えてはいなかったので、少し驚いた様子だったが
『私もしたいです!』とすぐに答えたのを見て
武十見もニヤリ微笑む。
「いい心構えだ。
しかし、大人の立場としていつも子供の君達を最前線で戦わせ
情けなく申し訳なく思っている」
「いえ、俺の……使命だと思っています」
「私も、私の……使命です」
椿はもちろん、麗音愛も第一に紅夜の存在は憎いが
この状況が他の誰かのせいで起きた不幸などとは思ってはいなかった。
明らかに異質なこの状況を悲観することなく受け入れてしまえている
それこそ異質なのかもしれない。
それでも
戦いの道具にされている不憫な子供なんて自覚は一切ない。
「君達より、弱いであろう俺が
一体何を教えられるか……。
まだまだ強い敵が出てくる可能性はある。
紅夜にも……人間として勝てるかどうか……」
意外な言葉を言われ、麗音愛は少し驚く。
「だが、自分には必ず勝てる!!」
「! 自分に……」
「自分に打ち勝つ方法を俺は教えている」
心に響く言葉。
あの時もっと自分に統制する力があれば呪怨を抑えられたと
何度も思った。
「お願いします!」
「おっお願いします!」
麗音愛が立ち上がり頭を下げたので、椿も慌てて一緒に頭を下げた。
「承知仕った!」
武十見も立ち上がり巨体を曲げて頭を下げる。
「……何やってるんです?」
3人が頭を下げ合っているのを見て雪春が、少々呆れた顔で現れた。