殺意の再会 ―あの子が来る―
平和な時間が切り裂かれるように緊急警報が鳴ってから
20分後に麗音愛は椿を連れて現場に降り立った。
「急いだけど、大丈夫だった? 痛くなかった?」
「うん、平気」
できるだけ急げと剣一に言われ
スピードをあげてきた。
強く抱きしめ合うように飛んできたが、
呪怨の統制で精一杯で、そこでときめくような事はしない。
ただ椿は麗音愛の身体が冷えていく事を案じたが
ぐっと触れる首元には、どうしても胸の鼓動が抑えられなかった。
今回は
山に近い、住んでいる人もまばらではあるが町のなかだった。
桃純家焼失の際に現れたが
今まで町中に妖魔が突如現れる事はなかった。
ひっそりと、暗闇に紛れ、人を殺し喰う存在だった妖魔。
それが妖魔王・紅夜の封印後の復活で更に凶暴化しだしたのか――。
熊が複数現れたと住民には報じて、避難をさせたが
犠牲者も出ている。
規模が大きいので、剣一は
他でも攻撃がある可能性を予見し、白夜団本部へと向かった。
携帯電話で着いた事を報告すると
妖魔殲滅を第一目的とする事
住民の避難はできている事
そして被害者の遺体をできるだけ回収する事を告げられた。
「……麗音愛」
麗音愛の険しい顔を見て、椿はそっと麗音愛の袖を掴んだ。
チリチリと麗音愛から殺気が放たれる。
「うん……俺から離れるなよ」
「はい」
「最初から、全力で皆殺す」
「はい」
薄暗い街灯
夜の闇より暗い、不快な黒、晒首千ノ刀。
それを照らす、炎の囀り、緋那鳥。
妖魔をおびき出す誘魔結晶を砕けさせる。
目に見える山の麓
森の上から、妖魔の群れがやってくる。
こんなものが身近な山にいたと知ったら
きっと住民は腰を抜かすだろう。
亡者の雄叫びが晒首千ノ刀の斬撃。
斬り込んでいく――!!
もう慣れたものだった。
妖魔との闘いも、結局は脳のない化け物。
食い殺そうと牙を向いて襲ってくる無能な化け物。
それ以上の力があれば斬り落とせる。
椿を守りながらも麗音愛は
報告以上の数の妖魔も斬っていった。
「私、逃げた妖魔を始末してくる!!」
「椿!」
「だって、避難してる方に行ったら大変だもん!」
例え一匹でも取り逃がせば
人間には驚異になる。
それは知っているし、椿の実力も知っている。
「帰兎で狙え!」
「うん! 一匹先に緋那鳥で!」
死にかけの妖魔が、ぐしゃりと崩れながらアスファルトの道路を歩いている。
そのままでは死なない。
麗音愛は見える範囲で、椿が離れる事を許してしまった。
トン!と飛んで
華麗に椿がその妖魔を始末しようとしたその時
「ギャアアアアアアアアーーーー!!」
死にかけた妖魔が断末魔を叫んだと思った途端
椿の足元の
マンホールが吹っ飛び
そこから触手が飛び出した――!
「!?」
足元をすくわれた一瞬で触手に絡み取られる椿。
「椿!!」
椿は緋那鳥を奪われぬように、自らの内に仕舞い込むと
思いきり炎を発した。
「離せぇーー!!」
青い、青白い浄化の炎。
しかし触手は燃える度に次から再生し椿の身体を這っていく。
「再生してる!? ひゃ! いやああああ!!」
腹や胸元に這われ悲鳴をあげる椿。
即座に麗音愛はその触手を素手で掴み、千切り捨て
呪怨に食らい付くさせる。
「椿! 少し我慢しろ!」
「麗音愛っっ!!」
服の中まで入り込んだ妖魔の触手を呪怨で追いかける。
触手と呪怨が肌を這う感覚に椿は皮膚が粟立つ思いだったが
強く抱きしめてくれる麗音愛に必死で抱きついた。
「貴様ぁ!! 咲楽紫千!! 殺すっ!!」
突如として現れた殺気!
すぐに麗音愛は晒首千ノ刀でその一撃を跳ね除ける。
「闘真!!」
椿を置いて、紅夜会・闘真に斬りかかった!
「てめぇええええ!!」
妖魔の除去は終わったが椿の服はビリビリに破け
肌からは血が滲んでいる。
「お前は姫様に何、怪我させてんだぁあああ!!」
「お前らの妖魔のせいだろう!!」
「お前のために妖魔をバラ撒いたんだから
お前のせいだろうがぁああ!!
ふざけんなよぉおおお!!」
「椿、大丈夫か」
「う、うん」
椿は自分で炎をうまく操って見えそうな部分を隠す。
麗音愛はバサッと自分の上着を渡した。
「すぐに終わらせる」
「麗音愛、ごめんなさい」
「椿は何も悪くない……悪いのは
お前らだ!! 紅夜会!!」
「死ね!! 白夜!!」
「いい加減にしろよ!!」
椿を結界で包むと、麗音愛は一気に闘真に斬りかかる。
いい加減
闘真にも我慢の限界だった。
椿は弓矢の、帰兎で山にいる妖魔を狙い撃つ。
しかし感じていた。
あの子が、来る――!!
天海紗妃!!
そして襲う寒気。
「麗音愛!! 結界を解いて!!」
「!!」
瞬時に、言われた通り麗音愛が結界を解くと
カァッーーー!!!っと
椿の周りに
炎がいつもの何倍にも光り、炸裂した。
「!」
浄化の炎は、麗音愛を気遣い使わなかったが
暗い道路が一瞬で明るくなり
「姫様っ!?」
目がくらむ――!!
暗い闇の上空から、椿を狙い飛び降りた紗妃は
椿の閃光で目をやられ
狙いが狂った。
しかし椿の緋那鳥の間合いでは此処までは届かない、と一瞬油断した紗妃を
槍鏡翠湖を構えた椿は見逃しはしない!!
殺せる――!!
心臓を貫ける!!
槍鏡翠湖を貫いた時のように、確定した動作だった。
だが、それは命を断つ動作。
武器ではなく
目の前にあるのは、人間の命――。
「!!」
その迷いはすぐに斬撃となって椿を襲う。
「殺す!!」
自分が果たせなかった殺意を今度は紗妃がまとって
華織月の刃を椿に向ける。
「桃純がなんだ!! 何が姫様だ!! 死ね!!」
容赦のない殺意。
人間だから、とか。
罰姫だから、とかではない。
自分という命を心底憎む
紗妃の瞳は、
様々な人間に蔑まされてきた椿でも、背筋が凍った。
それでも――負けるわけにはいかない!!
ブワッと
辺り周辺をまた華織月の香りが包む。
それでも――!!
椿は紗妃に踏み込んだ。
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