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涙の傍に

 

 

 麗音愛と琴音は、海岸にいた。

 海辺にある

 琴音がお気に入りのおしゃれな洋服屋で、血に濡れた服の着替えを買った。


 麗音愛は琴音の服を買うと申し出たが

 琴音は断り、2人で浜辺を歩いている。


「気にしないでください」


「でも……」


「先輩の事が知れて、良かったです」


「怖い思いをさせてごめん」


「ずっと玲央先輩は伝えていてくれたし……

 怖かったのは、妖魔じゃなくて先輩が……」


「うん、でも死なないよ俺は……血を見せてごめん」


 麗音愛の身体はもう完全に再生されている。

 あの酷い怪我が治っているのだ。

 異常――


 晒首千ノ刀も、手元にはない。

 麗音愛と同化しているのだ。


 海の風が2人の髪をなびかせる。


 夏に比べ早まった夕暮れが2人と麗音愛の心を染めた。


 琴音と話をしているのに、また椿の事を思い出してしまう。



 椿と2人で来た海。

 電車の中のオレンジ色の幸福。



 遠くを見つめる、麗音愛の横顔。

 それを見つめて、琴音はまた自分の想いを再確認した。


「玲央先輩」


「うん」


 自分を見つめる麗音愛の瞳に心臓が跳ねる。


「……そろそろ帰ろうか」


「え、あ、あの」


「うん、俺は電車で帰るよ」


「え、あの待ってください。お話が」


 海なのに、不快なカラスの鳴き声が波音と聞こえる。


「うん」


 オレンジ色の夕陽に照らされて、麗音愛は浄化されて消えてしまいそうな

 儚い表情を見せるので、琴音は手を伸ばし麗音愛の腕を掴んでしまった。


 ハッとして、謝り離して、また一歩下がる。


「わ、私は、先輩が……

 先輩が……

 晒首千ノ刀と同化していても……!!」


 そこで琴音の告白を打ち消すように

 麗音愛の携帯電話が鳴った。


「ごめん、ちょっと」


 ショルダーバッグから、携帯電話を取り出すと

『剣一』の表記。


 なんなんだ……と思い

 通話を押して耳につけた。


「兄さん?」


『玲央? 今いいか?』


「あぁ、何? さっきの仕事の件?」


『ん? いや、俺今日なんもしてない』


「何か用事? 兄さんは今日……」


 椿と一緒にいるんだろう、そう思うと

 今朝の苛立ちが蘇る。


『椿ちゃん泣いちゃってさ』


 予想外の言葉に心臓がギクリとする。


「! 椿が!?」


『そうなんさ』


「兄さん!! 椿に何を」


『モールにいるからさ、玲央お前に頼む』


「何言って……!」


『俺じゃあ、無理だから』


「兄さんが……無理ってどういう状況なんだよ!!」


『モールの3階にいるから、どこにいんの?

 まだデートしてるのか?』


「もう帰るよ」


『どうする? 来れないなら俺が』


「すぐに行く!! 怪我は!?」


『怪我はしてないけど……急げな~』


「おい! 状況をもっと詳しく……!」


 しかし通話は切れてしまう。

 携帯電話を切ると、すぐに琴音に向き直った。


「ごめん!! もう行くね

 椿に何かあったようなんだ」


「玲央先輩!」


「帰り道、気をつけて」


「私、私……」


「ごめん、急ぐからまた学校ででも!

 今日はつまらない1日にしてしまってごめん」


「椿先輩は!」


「え?」


「椿先輩は……お友達なんですよね?

 親友ってお友達ですよね?」


「……そうだね」


「それなのに、どうしてですか?

 やっぱり、椿先輩が……」


「じゃあ、また。本当にごめん」


 琴音の問いには答えずに

 麗音愛は頭を下げると呪怨を纏って一気に、飛び立つ。


 琴音は風に煽られて砂浜を後ずさるが

 ぎっと足に思い切り力を入れて倒れるのを耐えた。


 小さくなっていく麗音愛を見ることしかできない。

 それでも、その瞳は強く麗音愛が小さく消えるまで見上げていたのだった。




 戦闘や追跡以外での呪怨使用の飛行は処罰対象だ。

 携帯電話から警告音が流れるが無視して椿に電話をかけるが

 圏外……。

 一体……何があったのか。


 兄と買い物を楽しんでいたのではないのか。


 傍にいられなくとも、元気で楽しくしているならと

 思っていたのに――!!


 1人で倉庫に行かせてしまい、血だらけの椿を見つけた時を思い出す。


 モールへと、ただひたすらに急ぐ。



「椿……っ!」


 モールに飛び降りるわけにはいかないので

 人目につかない場所に降りて全速力でモールに入った。


 土曜日の夕方。

 家族連れ、カップル。

 1人でいるなんて麗音愛くらいだ。


 3階までエスカレーターを駆け上がる。

 椿の名を叫んでどこにいるのか探したい気持ちを抑える。


 どこにいる――!!





「はぁ……」


 椿は映画館から出てすぐのベンチに座っていた。


 初めて見たラブストーリーの映画。

 椿は思いきり泣いてしまった。


 全然、涙が止まらないので

 剣一が箱ティッシュを買ってきてくれて傍にいてくれた。


 だが、約束の合コンの時間にも迫り

 椿の方から此処での解散を申し出たのだった。


 沢山の荷物は剣一が運んでくれるというし

 剣一の方が此処で別れる事を謝罪し

 もし合コンに来たくなったら、と

 タクシー代まで置いていった。


 椿はただ、剣一の優しさに感謝した。


「はぁ……」


 また映画のラストシーンを思い出すと

 ポロポロと涙が溢れてくる。


 すれ違う2人

 切なさに泣くヒロイン

 愛しい人への想い。


 見てて胸が痛くなった。


 ラストは2人が再会しても、どうなるのかはわからなかった。

 それが悲しくて切なくて

 あの2人が幸せになってほしいと思うと涙が出てくる。


 そして

 ずっと麗音愛の事を考えてしまっていた。


 不思議な、この胸の痛み。


 血が流れて怪我をしても、こんな痛みにはならないのに


 誰と話をしても

 男子生徒に話しかけられても何とも思わないのに


 でも……

 麗音愛との時間は


 楽しいと心から思え

 すごく幸せな時間になのに

 真逆に

 細い細い剣で心臓を刺された時のように胸が苦しくなる時がある。


 そんな想いになるのは……


 麗音愛だけ……。


 でも麗音愛は……今、琴音さんと……


 また胸が痛い。


 痛いのに、いつも考えてしまう……。


 また涙が落ちた。


「……麗音愛……」


 すっかり濡れたハンカチをぎゅっと握りしめた。

 また涙で滲む視界。


「椿」


「?」


 また麗音愛に呼ばれたような気持ちになってしまう。


「椿!!」


「!!……麗音愛……?」


 涙で滲んだ目の前に、麗音愛が立っていた。




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― 新着の感想 ―
[一言] うえぇ〜〜〜〜ん! 。゜(゜´Д`゜)゜。 。うえぇ〜ん! もう良いじゃん二人とも〜〜〜!!!
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