その雫はただ打ち付ける
放課後
椿は、掃除や担任に頼まれた物運びなど手伝ってた。
そのうちに
生徒達はどんどん帰宅していく
廊下にもほとんどの生徒がいなくなっていく。
そこに麗音愛の姿はない。
ジリジリと痛む、心臓。
「自分は先に学校に行っておいて……探すなんて……」
ふぅっとリュックを背負った。
「椿ちゃん」
バッと振り返ると川見だった。
「今日これから部活なんだけどさ
ゲームもやるからどう?
朝に話してたきっついトレーニングも教えてあげる」
「川見先輩……」
椿の様子を見て
何か感じた川見。
「身体動かしたらさ、スカッとするよ」
「……はい」
アイドル的な扱いをしていた部員も焦るほど
椿は一心不乱にトレーニングした。
そしてまたすっかり暗くなって
牛丼を川見と2人で食べている事に気付いた。
携帯電話にはなんのメールも着信もない。
でも散々、身体を疲れ果てさせたので
あまり感じないような気がした。
川見は微笑みながら、気を遣ってくれている。
「あ、俺
サッカーでさ下宿してるんだ。
両親いなくて、さ」
「……そうなんですか」
「だからサッカーうまくないと生きていけないわけ
ごめん、暗い話して」
「いえ……」
「みんな、そんなの知らないんだけど
人って色々あるよね。
オモテの顔だけじゃないっていうか」
「……はい」
「もし、悩みとかあれば聞くよ」
「……ありがとうございます」
今は、ただ自分を攻撃しない存在なだけで椿は
ホッとした。
どうして、佐伯ヶ原は急にあんな事を言って怒ったんだろうか。
夜
麗音愛は緊急任務から帰宅し
リビングにカバンを投げ捨てソファに座り込んだ。
結局、
山奥のトンネルの妖魔を1匹始末するだけだった。
遠出で見知らぬ団員から司令を受けての単独任務は初めてで
疲れて動けず携帯電話だけ制服から取り出した。
メールも結局既読はつかない。
任務の事などもう頭にはなかった。
『俺には咲楽紫千の、継承者の使命があるし、椿の守護もしないといけないし』
しないといけない
なんて言ってしまった。
たった一言が
こんなにこじれるなんて思ってなかった。
義務でも強制されたわけでもなく、自分が望んだ事
しないといけない、なんて思っていない。
大事な……親友をどこまで傷つけたんだろう。
早く会いに行って謝らなければと
麗音愛が立ち上がる。
時計を見ると21時55分
門限は22時だからもう部屋にいるだろう、
麗音愛の家はマンションの最上階で椿の部屋は3階だ。
玄関を出て下を見るとマンションの入り口前に高校生がいるようだ。
「椿と…川見先輩?」
俺が送りたかったから、
そんな会話がかすかに聞こえる。
飛び降りて会話を聞きたい衝動に駆られるが
そこは抑えエレベーターに乗った。
マンション前で
御礼を伝えた椿を川見が引き止め、話を続ける。
「あの……俺さ、告白されたりするけど
どういう感情なのかよくわかんなかったんだ……はは」
疲れ切った椿は無感情で聞いていた。
「でも、椿ちゃんを見てたら
初めて、隣にいきたいなって思ったんだ。少しでも近くに」
「え……?」
「えっと、ごめん、変に思うかもだけど
傍にいたくなる
抱きしめたいなって
胸がぎゅってする感じで……でも大事なんだ
傷つけたくない」
「……」
「これって……恋なのかなって気付いたんだ……」
「恋……
恋……?」
「椿ちゃんが、他の男と話してると
心臓がモヤモヤして
ズキッとするよ」
「……それ……心臓がモヤモヤ……」
「椿ちゃん……?
椿ちゃん」
ぎゅっと手を優しく握られる。
麗音愛のような温かい手。
「椿ちゃんに恋してるよ……」
麗音愛に少し似てる瞳で真剣に見つめられる。
「俺……」
そのまま、振りほどかず川見の瞳を
椿は見つめてしまう。
でも川見を見ているのではなかった。
「椿!もう門限!
大丈……夫か……」
また、いつものように椿に乱暴を!?と思った
麗音愛は声を挙げたが
2人が手を繋いでいることに驚いて声を失った。
「れ、れおっっんぬ……」
「あ、従兄弟君、ごめんね遅くまで」
ハッと椿は手をパッと離した。
「もう少しだけ! 椿ちゃんお願い!」
「お、俺戻るから、もうすぐ門限だから」
「あ……」
椿は麗音愛の後を追えないでいると
川見が、また椿の手を握った。
「ずっとそばにいたくなる
こうやって手を握って」
また真剣な川見の瞳、ついまた瞬間椿も見つめてしまった。
その憂いた椿を見て、川見も自分を見つめていると
思ってしまう。
「椿ちゃん
抱きしめてもいい?」
ズキっと胸が締めつけられる。
ハッとして手を振りほどいた。
「か、川見先輩ごめんなさい……
もう、帰らなきゃ」
「ごめん
じゃ今度、デートしようよ」
「あ、あの、ごめんなさい
私、無理です」
「そんな早くに結論出さないで
もっと、ゆっくり……」
「あの、もう行きます!」
「椿ちゃ……椿!」
走り去ろうとする椿の後ろから川見が叫んだ。
「好きだよ椿!」
麗音愛に似た声が鼓膜を揺さぶり
ズキィと心臓が疼く。
「じゃあ! おやすみ! また明日!」
聞こえてないふりをして
走ったまま
エントランスに入ると
麗音愛がロビーに立っていた。
椿は麗音愛に気づくと
顔を背け
それを見て麗音愛も口をつぐむ。
告白の声は聞こえてきた。
でも
椿の顔は
いつもの困ったような顔ではなく
頬を染めて、涙ぐんだような女の子の顔。
何も言わずに
お互いエレベーターに乗る。
お互いボタンを押して
そのまま黙ってエレベーターは動き出す。
チラッと椿を見ると
まだ頬が赤い
目が潤んでて……
そんな顔で
川見と何を話していたのか。
いや、手を握り合っていたのだ。
そういう事なのか。
「あ、あの麗……」
「邪魔して、ごめん」
「……っ」
ドアが開くと
椿は無言で行ってしまう。
動揺している自分の足元に呪怨の
麗音愛を食い殺そうとする牙がかかる。
それを左足で踏み潰すが
心臓のゆらぎを抑えるのに時間がかかった。
もう、誤解が
そんな話ではないのか……?
椿はすぐに制服を脱ぎ捨てて
頭からシャワーを浴びた。
『抱きしめてもいい?』
『デートしようよ』
『好きだ!』
耳の中に繰り返し流れる声が
手を繋がれた時の真剣な顔が
どんどん……
麗音愛になっていく……。
麗音愛だったら……
麗音愛……でも麗音愛じゃ、ない
痛む心。
麗音愛を見てたら
いつもぎゅってしてほしくて
ぎゅうってしたくて
触れてたくて一緒にいたくて……
それって……
川見の
恋してるんだ……って言葉が耳に響く。
恋の気持ち……?
もしかして、と思った時に
目の前に麗音愛がいて
どうしようもできなくて
目をそむけて
『邪魔してごめん』
って言われて……
苦しくて何も言えずエレベーターを降りてしまった。
引き千切れそうな心を繋ぎ止めるように
椿は自分の肩を抱き締める。
ただシャワーは打ち付けるだけ。
何もしてはくれない。