からまりからまわり
眠れない夜を過ごした椿だったが、朝のメールで起きる。
麗音愛ではない、川見だ。
サッカー教えてあげるから朝練おいでと言われ、連絡先を聞かれた。
いつもなら絶対に教えないのに、川見には防御が緩んでしまった。
今までの椿を追いかけてくる男子と違う。
自分を持っていて、サッカーへの情熱が伝わってきて、純粋に尊敬できる相手だと思った。
優しい笑顔が麗音愛を思い出させる。
でも麗音愛が
琴音と、美子と一緒に楽しそうにしている姿を思い浮かべてしまった。
ぎゅっとまた胸が痛む。
考えまいと熱いシャワーを浴びて、それから携帯電話を見た。
やはり『良ければ今日朝練おいでよ』とのメールだった。
帰り際マンション前でも言われていたので再確認といったところか。
麗音愛に会ったら、何を言われるんだろう。
『加正寺さんと付き合いたいのに
椿の守護をしないといけなくて迷惑だ』
勝手な想像の麗音愛の声が頭を巡る。
そんな事は麗音愛は絶対言わない。
それなのに、どうして考えてしまうのか――。
振り払うようにして、椿は家を出てしまう。
◇◇◇
麗音愛は、いつも通りに起きたが母から先に行く手紙があったと聞いた。
「そう……」
なんとなく、わかっていた事だったのでそれだけの返事をして顔を洗った。
誰もいないマンションのエントランス。
ガヤガヤと学園に近づくごとに増える生徒達。
それでも麗音愛の耳は静かだ。
毎朝、嬉しそうに話す声が聞こえない。
グラウンドを見ると、走る椿が見えた。
わーわーと観客が増えるなかを横切って麗音愛は教室へ向かう。
◇◇◇
朝練を終えた椿は自分の机に倒れ込むように座って突っ伏した。
「椿~サッカー疲れたの?」
「……うん」
「おい、大丈夫か」
佐伯ヶ原が声をかけると、椿は顔をあげた。
「ほら、やる」
大きな黒糖三角蒸しパン。
朝は何も食べずに出てきていたのだ。
食べ物を見て少し胃が動く。
今までどんな事があっても食べてきた。
飲み込んできた。
生きるために。
「……ありがとう、いいの?」
「食えよ」
「……うん……」
もきゅもきゅと、蒸しパンを無表情で食べ始める椿。
「どうした」
「なにも……美味しい、ありがとう……」
「サラは?」
「……私、サッカーしてたから」
途中で食べるのをやめて
包み直す椿。
「今日、昼休みに美術室に来い」
「え……」
「来いよ」
「う、うん」
どっちにしても購買か学食
また学食で2人の姿を見るのは嫌だった。
自分がどうして、こんな行動をしているのか自分でもわからない――。
◇◇◇
「あれ? 玲央先輩は??」
昼休みに麗音愛の教室にやってきた琴音がキョロキョロと探す。
「わっかんないんだよね~
ね~琴音ちゃん~せっかく来たんだから此処で待てば?」
「いやで~す」
カッツーの誘いに、ペロッと舌を出して逃げる琴音。
椿とは違う、男の子に慣れたイタズラ猫のような琴音にクラスの男子は鼻の下を伸ばした。
◇◇◇
麗音愛は屋上で、こっそりとパンを1人かじる。
椿の教室にはすぐに行ってみた。
だけど姿は見えず椿フレンズに気付かれないうちにその場を離れた。
元々は学校生活はお互いの時間を大事にしていたのに、こそこそと周りをうろついている
なんて思われてしまったら困る。
図書室に行って美子を巻き込む事もできない。
お見張りさんに気付かれない程度の力を使って施錠された屋上に来たのだ。
綺麗でもない、曇った空を見上げた。
携帯電話を見る癖がついてしまった。
こんな時こそ使うべき機械なのに、持ち主が使わなければ、もちろんなんの役にも立たない。
謝らなければいけない――。
それだけはわかっている。
だけれど、やっぱり直接話したい。
初めての行き違い、でも
今まで一緒にいて色々乗り越えてきた。
こんな事で壊れたり……
……きっと、しない。
そう思いながらも
パサパサのパンが喉に詰まって、1人でむせた。
◇◇◇
朝の黒糖蒸しパンの残りだけでお昼ご飯を終えてしまった椿。
座らせてデッサンを少しした佐伯ヶ原。
寝不足の瞳だと、すぐにわかった。
備え付けのポットでココアとコーヒーを淹れてココアを椿に渡す。
「サラと何かあったんだろ」
「な!何もないよ……」
「じゃあ、なんで一緒にいない?」
「そ、そういう時も……あるよ」
そういう時は、今までなかった。
動揺して口ごもる椿。
佐伯ヶ原は自分のコーヒーカップをゴツンと自分用のテーブルに無造作に置く。
「サラが、加正寺琴音と付き合ってもいいのか?」
ぐっと息が詰まる椿。
「なに急に」
「いいのか……?」
「……、いいも、悪いも……
わ、私には何も関係ない……そういえばさ」
笑って、ココアをフーフーと冷まし話題を変えようとしたが佐伯ヶ原はそれを許さない。
「じゃあ、何拗ねてるんだよ」
「! 拗ねてなんかいないよ」
「じゃあ何から逃げてる!」
「何にも逃げてないよ!」
今まで聴こえていたお昼の放送の音楽が2人の大声で聞こえなくなる。
「いい加減に気付けよ!」
「何に!?」
「お前の抱いてる感情が友情だったら、こんなことにはなっていないんだよ」
「え?」
「友情だったら今までの絆が、こんな風になっちまうわけないだろ」
揺れた椿の身体が資材が無造作に置かれたテーブルに当たって造花の薔薇が散らばり落ちていく。
「こんな風って何!? 何にもなってない!!」
「親友だってんなら、早く仲直りしろ!」
「喧嘩なんてしていないもの!」
まだ湯気の上るココアを残して
バタバタと椿は走り去っていく。
佐伯ヶ原は、ふぅっと長い息を吐いた。
「俺は、何やってんだ……?」
教室に戻ろうと、早足で駆けていたら
琴音にバッタリ会ってしまう。
「あ、玲央先輩知りません?」
「し、知らないです」
「えぇ親友なのに?」
何故かその言葉が胸に刺さる。
大切な2人の絆なのに――。
「ま、お友達ってことですもんね」
「それじゃあ行きます……」
「椿先輩」
「な、なにか」
「ただの親友なんですよね?」
椿は何も答えずに教室に入っていった。
◇◇◇
帰りのHR中、
先生に呼び出され表向きは家族の急用ということで白夜団から緊急の連絡が入る。
適任が麗音愛しかいないと学園を出てすぐにバンに乗せられて派遣先に向かわされてしまった。
携帯電話も使用するなと言われ1番に椿に会いに行くつもりだった麗音愛は不安に駆られる。
1人での妖魔討伐が不安なわけじゃない。
椿がいない
椿のいない、この、時間が、空間が麗音愛の心にただ違和感を刻みつけていく。